表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
比翼の烏  作者: どくだみ
2-2:狂乱の蛇神
52/95

宮野絢音

 謎の少女が助けてくれたおかげで、無事に麓まで降りて来られた。

 蛇神の気配は遥か彼方に遠ざかり、意識すれば辛うじて感じ取れる程にまで弱まっている。追いかけては来ないらしい。見逃されたか、相手にするまでもないと判断されたか。どっちにしろ好都合だ。

 僕たちが今いるのは、南北に細長い村の、ちょうど真ん中辺り。

 そして少女が指し示すのは、小川のほとりに建てられた二階建ての一軒家だった。


「オッケー、着いたよ! アタシの家。ここまで来れば安全かな」


 ホッとした様子で息を付くと、扉の鍵を開けて中へ入っていく。それから振り向きざまに顔だけを出して、ちょいちょい、と手招きをした。


「ささ、遠慮無くどうぞどうぞ」


 流れのままに付いてきた僕も、流石にここで躊躇いを覚えた。

 入っていいものか。決めかねた末に、黒羽たちへ視線を送ってみるが、帰ってくるのは曖昧な反応ばかり。三人も僕と同じように、この少女を信用するべきかどうか迷っているようだった。


「どしたの?」

「ま、待って」


 動こうとしない僕たちを見て、少女が再び外に出てきた。太陽の光がその顔を照らし、これまで落ち着いて確認出来なかった容貌に、僕は始めて正面から向かい合う。

 活発そうな子。

 それが第一印象だ。

 見た目は僕より少し年下。高校生くらいだろう。英語が書かれた長袖の白シャツと、黒地に縦縞の入ったトラックパンツを合わせ、グレーのパーカーを腰に巻き付けている。微かに茶色の混じった髪は爽やかなショートヘアで、遠くからなら男の子に見間違えそうな出で立ちだ。走りやすそうなスニーカーが、そのボーイッシュさに拍車をかけている。

 なんとなく、同姓の子からモテそうな雰囲気だった。

 その瞳から悪意は感じない。……今のところは、だが。


「……聞きたいことがある。君は誰だ? 何を知ってる? それに……どうして僕たちを助けてくれた?」

「え? ああ、ごめんごめん忘れてたよ。名前も知らない相手の家に入るとか、そりゃ警戒するよね」


 対応を図りかねている僕に、少女は納得した様子で頷いた。友好の意を示すかのように頬を綻ばせ、ぺこり、と小気味良く頭を下げてみせる。


「改めまして、こんにちは。アタシの名前は宮野絢音。蛇神様の友達で、多分お兄さんたちの味方だよ」


 ※


「小さい頃から、他の人には見えないものが見えたんだ」


 僕たちを応接室に案内した絢音は、全員の自己紹介が済むやいなや、開口一番にそう打ち明けた。


「幽霊とか……オーブ、っていうのかな? 変な光を写真に撮っちゃったり。死んでる筈の人と話せたり、不思議な生き物に出会ったり……アタシにとっては普通でも、友達には理解出来ないことをよく言う子だったの。そんなんだから、小学校時代はいつもいじめられてた」

「いじめ」


 反復する声が自然と重くなる。

 小学生とは無邪気なもの。良く言えば純粋で、悪く言えば残酷だ。


「ま、よくあるようなこった」


 そう言って、嘲笑を浮かべたのは結城だった。


「人間ってのは陰湿な生きモンさ。ガキだけじゃねぇ、成熟した野郎だって自分と違うものを怖がり、否定しようとする。幽霊が見えるなんて言った日にゃ、そりゃいじめられ――――いってぇ! 別に叩くことねぇだろ!?」

「デリカシーのない人は黙っててください。この子が悪いわけじゃないでしょう?」


 木崎に叱られてションボリと肩を縮める。萎れた姿がらしく(・・・)なくて、横に座っていた僕はつい笑ってしまった。


「尻に敷かれてやんの」

「……おう。どっかの誰かさんと同じだな」

「誰のことかな?」

「自己分析力皆無かよ。もっと鏡見ようぜ?」

「あはは、お兄さんたち仲いいねー」


 さりげなく凄まじい誤解をしながら、絢音が話を再開する。


「でね、たしか小学四年生だったかな。その日も学校でいじめられたアタシは、もう何もかもが嫌になって、誰もいない山奥に逃げてったの。誰も分かってくれない! 誰にも会いたくない!ってなってね。そこで……蛇神様と出会った」


 過去を想うように瞳を細める。柔らかな彼女の表情に、僕は蛇神と似たものを感じて息を飲んだ。


「祠で塞ぎ込んでたアタシに『泣いているのかい?』って向こうから声を掛けてきたんだ。そっから悩みとか全部ぶちまけて、色々と話を聞いて貰う内に、仲良くなった」

「……怖くなかったのか? 霊感があっても、喋る蛇などそうそう見掛けないだろう」


 ソファの端から黒羽が訊く。絢音は「全然?」と笑いながら応えた。


「さすがに最初は驚いたけどさ、すぐに優しい方だと気付けたよ。威厳はあるけど偉そうにはしないし、おっとりしてて神様っぽくなかったんだよね」


 ああ、確かに。僕も実際に話したから分かる。心の距離感が近いというか。あるいは気配が柔らかいとでも言おうか。要するにあの蛇神は、こちらの警戒を解かせるのが上手いのだ。間違っても、さっき相対したような性格ではない。

 木崎が口元に手を当てながら、言った。


「前に蛇神様から聞きました。麓に友人がいる。人間の女の子だ、と。……あなただったんですね」

「友人、か。そう思ってくれてたなら、嬉しいな」


 切なげに先細っていく声。きっと彼女にとって、蛇神は大切な存在だったのだろう。それがあんな風に豹変したのだから、不安や心配を(いだ)くのも当然のことだ。

 とはいえ、湿っぽい雰囲気はあまり好きじゃない。

 仕切り直しの意味も込め、僕はパチンと手を叩く。絢音が顔を上げた。


「……えっと、宮野さん」

「名前でいいよ」

「じゃあ……絢音ちゃん。ちょっと質問してもいい?」

「うん」

「蛇神様がああなった理由、心当たりはある?」


 長い付き合いの彼女だからこそ、何か気付けることがあるかもしれない。

 絢音がこめかみに手を当てて唸る。微妙に動物みたいな声だった。


「……駄目だ、分かんないや。蛇神様がああなったのは一か月くらい前で、そっから一度も話してないから」

「なるほどね。じゃあ、絢音ちゃん以外に蛇神様のことを知ってる人は?」

「私だけだよ。神様と友達なんだ、なんてさ、もし言ったら狂ってるって思われるじゃん。だから秘密にしてた。ごめんね」

「謝らなくていいよ。僕だって多分そうするから」


 気を遣わせないように笑ってみせれば、絢音もふわりと微笑みを返してくる。


「お兄さん優しいんだね」

「よく言われる」

「霊感があること、普通に受け入れてくれたのはお兄さんたちが初だよ」

「昔は疑ったかもしれないけど……色々と見てきたから」

「お兄さんみたいな人、アタシ結構タイプかも。……あ、待って、ちょっと待って。一つ思い出した! 蛇神様がおかしくなった切っ掛けかもしれないこと」


 絢音が声を弾ませる。僕は堪らず身を乗り出した。


「詳しく聞かせて」

「オッケー。あれは確か……七月の終わり頃だったね。受験勉強が忙しくってさ、しばらく蛇神様と話してなかったから、久しぶりに会いに行こうと思って祠まで出掛けたんだ。そんで、一緒に山の中を散歩してたときのことなんだけど――」


 何かを見つけたの。

 少し声を低くして、絢音はそう続けた。


「……何かって、何?」

「分かんない」

「分かんない?」


 首を振った彼女へ、オウム返しに問い掛ける。


「それは……覚えてないってこと?」

「うん。何かを見つけたってところまでは記憶にあるんだけど、そこから先がさっぱり。気付いたらアタシは地面に寝転がってて、蛇神様はいなくなってた」


 祠に戻ってはみたものの、案の定もぬけの空だったらしい。何が何だか分からぬまま、その日の絢音は大人しく家に帰った。そして、日にちを跨いで再び蛇神の祠を訪れたところで、変貌した蛇神に出くわしてしまったのだそうだ。

 恐ろしくて傍には近付けず。けれどやっぱり気になって、時折密かに様子を窺うようにしていた。僕たちが現れたのはそんなときだったという。こっそり尾行をしてみたところ、蛇神が僕たちを攻撃していたので、咄嗟に大声を上げて気を逸らしたのだ、と。


「そう言えば、まだお礼を言ってなかったね。君のおかげで助かったよ」

「どういたしまして。ほっといて逃げると寝覚めが悪いからさ」


 なんて良い子なんだ……。

 どこぞの狐とは似ても似つかない。爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ。


「さーてとっ。話してたら喉が渇いてきちゃったねー。せっかくだしコーヒーでも淹れよっか。お兄さんたち、砂糖は何個がいい?」

「気遣いありがと。二つでお願い」


 指でチョキを作る僕。ブラックは苦手なのだ。


「イエッサー。他の人たちは?」

「コーヒーか。飲むのは始めてだな。取り敢えず楓と同じで頼む」と黒羽。

「俺はゼロでいいぜ」と結城。

「紅茶はありませんか?」


 最後に図々しい木崎。大人しく出されたもん飲めや。


「お姉さん、コーヒー嫌い?」

「タールを飲む方がマシです」

「そっか。紅茶は無いけど、他に適当なの持ってくるね」


 そう言って絢音は部屋を出て行き、僕たち四人が応接間に残された。


「……一時はどうなるかと思ったが、ラッキーだったな」


 リラックスした様子で、黒羽がソファの背もたれに身体を預ける。しばらく同じ体勢でいたからか、首を回せばポキポキと小気味よい音が鳴った。


「無事に逃げ切っただけじゃない、現地の協力者まで出来そうだ。肉を切らせて骨で立つ、ってやつだな」

「間違ってますよ。骨を断つ、です」

「意味が通ればどっちでもいいだろ」


 ぶっきらぼうな黒羽の応答に、木崎はわざとらしく目を見開く。余計な一言が飛んで来そうだったので、僕は先んじて彼女に睨みをきかせた。

 不満げな顔をする木崎だったが、無駄な喧嘩は向こうも望んでいないのだろう。僕の意図を察して、開きかけた口を大人しく閉ざした。

 黒羽は黒羽で僕たちの攻防に気が付いた様子もなく、変わらぬ口調で話を続ける。


「それより私は、さっきの話にあった“何か”ってのが気になってるんだ」

「……今回の件に、関係があるかもしれないと?」

「あくまで勘だがな。ただ、絢音は“何か”の正体を覚えてないし、蛇神はあの通り記憶喪失だった。興味深い共通点でーー」


 そこで黒羽は言葉を区切ると、立ち上がって警戒するように辺りを見回した。


「何だ……?」

「黒羽? どうかした?」

「いや。今、一瞬だけ、何かの気配を感じたような」


 訊けば、彼女は困惑した様子でそう応える。僕も意識を集中させてみたが、それらしき霊気は感じない。ならばと耳を澄ませるも、野山の音以外はこれといって聞こえなかった。

 狐たち二人も、不思議そうな顔で首を傾げるばかりだ。


「気のせい、だったか……?」


 しばらく待っても何も起こらず、黒羽は再び腰を降ろす。

 そうしていると、絢音が人数分のカップをお盆に乗せて戻ってきた。

 湯気と共に漂う香ばしい匂いに、不穏な空気がかき消されていく。僕たちにはコーヒー、木崎にはわざわざ緑茶を淹れてくれたらしい。なんとクッキーまで付いている! 至れり尽くせりだ。


「さてさて、次はお兄さんたちが話す番だよね。どうしてここに来たかとか、そもそも四人は何者なのか、とかさ。良かったらアタシに教えてよ」


 まるでこちらの正体に勘付いているような言い方に、僕は即座の返答を躊躇う。

 コーヒーを啜りながら無言で絢音を見つめ返していると、彼女はクッキーを一囓りしてから、僕たち四人を順繰りに指差した。


「何となくだけど分かるんだ。お兄さんたち、普通の人間じゃないでしょ?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ