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比翼の烏  作者: どくだみ
6.たとえ魔物に身をやつしても
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恩人の帰還

「……あら。あらあらあらあらぁ? こーれはちょっと信じられませんね。今から楓くんを呼ぼうと思っていたのに、まさか自分から来てくれるなんて。どういう風の吹き回しです?」

「別に何だっていいじゃないか。君にとっても好都合だろう?」

「だからこそ疑ってしまうんですよ。飛んで火に入るのは夏の虫か、我が身に絶望した自殺志願者だけ。楓くんはそのどちらでもない筈ですけど」


 何のつもりです? 首を傾げながら木崎が訊く。本音では今すぐ楓を襲いたいけど、彼の意図が分からないので警戒している、そんなところだろうか。

 楓は楓で恐怖を感じているみたいだった。宣戦布告とも取れるさっきの台詞に反して、木崎と真っ向から対峙したまま、積極的に手を出そうとはしない。

 横たわる私に一瞬だけ目線を向けてから、自分自身を奮い立たせるように彼は宣言した。


「黒羽を守りに来た。それだけ」


 滲み出る覚悟に胸の奥がギュッとなる。だけど……駄目だ。楓じゃ木崎には勝てない。彼だってそれは分かっているだろうに。……いや待てよ。まさか楓は、自分を犠牲にして私を見逃してもらうつもりなんじゃ……。


「かっ、楓! 逃げろ!」


 咄嗟に叫んだ。私のために死ぬなんて、そんなの絶対に嫌だ。


「大丈夫」

「大丈夫じゃない! 汝じゃこいつには――――うぐっ!?」

「はいちょっと静かにしましょうね。これはわたしと楓くんの問題です。余所者は黙って見ててください」


 足の裏で腹を踏み付けてくる。傷口が開いて私は呻き声を上げた。


「……今すぐその足をどけろ」

「わぁ怖い。好きな娘が虐められてお怒りですか?」

「どけろと言ってる!」

「はいはい分かりましたよ。どけますどけます。どっちにしろこの人にもう用は無し。楓くんが来てくれましたもんね」


 大人しく私から足を離したあと、木崎は楓を見据え、小さく膝を曲げる。荒々しい吐息はまさしく肉食獣のそれ。私が何かをする間もなく、次の瞬間には地を蹴って楓に跳びかかっていた。

 嫌だ、やめ――!


「……え?」


 二度あることは三度あると言うが、目を疑いたくなる出来事がここまで続けざまに起きたのは初めてだった。

 楓が、木崎の攻撃(・・・・・・・・)を受け止めていた(・・・・・・・・)


「……嘘。ただの人間にこんな力……しかもその目は」

「ああこれ? ……カラーコンタクト、かな」


 明らかな冗談を呟いて、困惑する木崎を投げ飛ばす。彼女はすぐに立ち上がろうとしたが、少しの反撃すらも許さないように楓が素早く距離を詰めた。

 そこから先は鮮やかだった。

 狐火を躱し、かぎ爪と尻尾を掻い潜り。常人離れした動きで背後に回り込むと、狐のうなじに鋭い一撃をくらわせる。私を散々に煽り倒し、蹂躙しつくした筈の相手が。余裕を失う暇さえなく、ものの十秒足らずで気絶させられていた。

 倒れ込む木崎を受け止め、近くにあった植物の蔓で縛り上げる。

 それから私の方に歩いてくると、翼の杭を一本ずつ無言で引き抜いた。


「……ごめん。遅くなった」


 疲れ果て、けれどどこかやり遂げたような顔で、出雲楓が私を抱き起こす。汗と血の臭いに混じった彼だけの優しい香り。事態はまったく理解出来なかったけれど、これが夢でも偽物でもないってことだけは確かだった。


「汝、どうして」

「話すと長いから後にするけど、まあ色々とあったんだ。……取り敢えずは、君のことを最優先にさせて。怪我の手当、しないと」


 その言葉に私は、他人から今の自分がどう見えているかを想像してみた。服は血まみれ、両方の翼に大穴。髪は乱れ、全身にはたくさん痣がある。目を覆いたくなるほどの悲惨な状況。こうしてみると、我ながらよく無事でいたものだ。


「あいつに何されたの」


 それは……言いたくない。弄ばれ、しかもこれから拷問されようとしていたなんていう無様な姿、好きな相手には知って欲しくない。


「また今度、話す」

「分かった。じゃあ治療……と思ったけど、これどうすればいいんだろ」


 楓が困った顔をして、私の服の裾をおそるおそる持ち上げる。そしてすぐに真っ青になった。彼の心境は察するに余りある。私だって、もしも楓の立場なら、同じように己の無力感を噛み締めていた筈だ。

 けれど事態はそこまで深刻でもない。木崎が言った通り、妖怪の身体は人間より頑丈なのだ。このくらいの怪我じゃ死ぬまでには至らない。

 放っておけば自然に治るぞ。そう言いかけたところで、楓が思い詰めたような表情をして呟いた。


「……僕にも出来るかな」

「え?」

「いや、その、霊力を移して回復させるやつ」


 えっ。


「その顔は何さ。君が川原でやってくれただろ。忘れましたとは言わせないよ」


 もちろん覚えている。傷付いた楓の傍らに跪き、強引に彼の唇を奪ったときのことを。治療のためだと自らを諭してみたけど、実を言うとあれは半分くらい嘘。私だって、口付けの持つ意味を知らないわけじゃない。まるで人間の恋人のごとく、仕草だけでも愛を確かめ合うような振る舞いの最中、私の心が早鐘のように高鳴ったのもまあ否定は出来ない。

 要するに何が言いたいかというと、今、私は動揺していた。

 自分がしたのと同じ所業を、今度は想い人からされそうになって。世界がぼやけて頭は熱くて、正常な判断が何一つ不可能になる。

 楓は体勢を整えると、フリーズ状態に陥った私にゆっくりと顔を近付けた。


「ま、まって」

「待たない」

「いや、ちょっ、あの、その」

「動かないで」

「……はい」

「……」

「……」

「……」

「……」


 ……ああ、また貰ってしまった。

 温かく眩しい無二の希望。一度目はあの夏、二度目はこの夏。絶望の中で伸ばした手を、ただ一人握ってくれたのが楓だった。

 歴史は繰り返す、という諺が人の世にはあるらしい。

 本当だな、と思った。

 人間にしては明らかに多すぎる霊力が、唇を通して私に流し込まれたあと、楓は慎重に顔を持ち上げる。視線と視線が絡み合ったそのとき、私はあることに気付いて目を見開いた。楓の瞳が、左の方だけ、鮮やかな黄金色に染まっている。


「汝、それ……」


 回復した身体を起こしながら訊けば、楓は自嘲気味の笑みを浮かべた。


「副作用、みたいなものだと思う」

「副作用?」

「うん。……っと、どこから話せばいいんだろ。君に逃がしてもらってから色々とあったんだよね。でもって色々と変わったし。君を助けるにはどうすればいいか考えて、最終的にこうなったの」


 一拍の間。直後その口から放たれたのは、耳を疑いたくなるような衝撃の告白だった。


「実はね。僕、もう人間じゃないんだ」

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