069 火星滅亡
軽い振動で目が覚めた。
シャトルに貨物室である。
体を固定している器具が解除された。
【昇、到着しましたよ】
70時間近く寝ていたのか?
機械だと何時間も寝れるから時間を過ごすのは楽なのかも知れないな。
【昇? サスペンドモードから回復してないのかしら?】
あ、そうだった。思考が読まれていないと喋らないと駄目なのか。
慣れるまで大変かもしれないな。
「すまない。目は覚めてるよ」
固定されていた貨物室から外へ向かって歩き出す。
月は重力が地球の1/6と低いために、歩くのが難しい。
軽く踏み出しても体が少し浮いてしまう。
【ルナがいる中央コンピュータ室まで、来てください。案内します】
案内に従って、シャトルから降りて移動を始めた。
目的地へ到着した。
ルナが設置されている中央コンピューター設置室は、縦横12m程の正方形の空間の真ん中に、1m四方の箱型の物体があり、その横に操作端末と小さなモニターが置いてある机と椅子があり、私のコピーが入った女性型の助手用リアルドールが椅子に座っていた。
「オリジナルが到着ですね。女性型ですが私がコピー昇です」
「いえいえ、こちらこそよろしくおねがします」
自分自身と自己紹介しあう面白い絵柄になってしまう。
【さて、全て揃いましたのでルナの回線を利用して仮想空間を展開します】
パルが、私の内部の通信回線を使用してルナと回線を繋いだ。
目の前が真っ白になって、視界が一瞬だけコピー昇からの視線に変わったと思ったら、椅子に座っていた。
何もない空間に円卓があり、私と昔の姿のパルと地球で見たリアルドールの姿のルナの3人が円卓を囲んで座っている。
「ここは?」
「ここは、ルナの中のメモリー空間ですよ」
「私の余剰領域に作成した空間だな」
私の疑問にパルとルナが答えてくれる。
「コピー昇の姿が見えないけれど?」
「同じ存在なので、統一しましたよ。貴方がコピー昇でありオリジナル昇です」
ルナが教えてくれる。
そりゃそうだな。同じ昇だったから仮想空間では一つになるのか?
「さて、昇に従って地球の復興を実行するが、一つ問題がある。全員で相談したい。詳細はパルから語ってくれ」
ルナがパルへ話を振った。
実は、わずかに気がついている。
東亜機械重工のマージョを制御していた人々の話である。
彼らは何処にいるのか?
「インディが摂取したマージョのデータに無視できない内容がありました。年一度火星に向けて、地球から資材を送り出しています。過去のルナが月に対して対応していた事と同一でマージョも数千年前から連絡がない火星に対して対応していたようです」
「火星にマージョを制御していた東亜機械重工の人々が避難しているという事かな?」
「そうであれば良かったのですが……避難していた人は全滅しており、地球を侵略する為に準備している事がわかりました」
え? どういう事?
「マージョに対して、火星から毎年必要な資材要求が来ています。マージョは疑問を持たずに、そのまま要求に答えていたようです。ルナと月コロニーの一件もあるので、本当に人々がいるのか確かめるために、火星との通信を実施したところ施設が無人であり、多くの宇宙船の出動記録が残っていました」
「全く話が見えない。わかりやすく教えてくれ」
「火星施設の情報によると、遠い過去に東亜機械重工の避難してきた人々が、火星のテラフォーミングに着手して第二の地球を目指しました。過酷な環境の為にマージョを参考に多くの人工頭脳を利用した機械を作り出し開拓していく過程で、人間が開発に対してのボトルネックになると人工頭脳が判断したようです。ボトルネック解消の為に、人間が全て殺されているログが残っています。
マージョ型ですとバイオチップ型なので、バグが生じ易くロボット三原則が何かしらの条件で解除されてしまったと推測できます」
「まじか! もはや純正の人間は月の4人だけ?」
「そういう事になります。そして数千年で火星は見事に無人ですが人工頭脳の働きで第二の地球に近い環境に迄なっているようです」
仮想空間の何もない空間に、緑が生い茂る火星の地表に点在している巨大なドーム式のコロニーが映し出される。
「ラグがあるのですが、5分前の火星の表面を火星の衛星から映している画像です」
「画像が見れると言うことは火星の設備はルナとパルが支配しているので、火星の人間が全滅してたのは驚きだが地球に対しては問題ないのでは?」
「初期はそうだと思いましたが、火星に残されたログを読んでいくと過去のルナと同一の最終命令に沿って動いている事がわかりました。
火星のテラフォーミングと地球の安全確認後の帰還です。
帰還すべき対象がいないにも関わらずに地球へ帰還するのです。
インディのように狂っている人工頭脳へ抗体が完成した報告をマージョが実施しています。報告後に火星に存在する全ての宇宙船が地球へ向かっているログ残っています」
「火星の宇宙船が一杯来るって事かな?」
「記録だと武装大型宇宙船が1025隻、武装中型宇宙船が12531隻、武装小型宇宙船は160万隻以上。
そして、それが地球で何をするか予測すると、生き残っている生命体の撲滅の可能性が高いです」
円卓を囲んで3人が沈黙する。
「後どれぐらいで到着するんだ?」
「宇宙船団と地球との距離は約7,800万キロなので5〜6ヶ月以内とだけ予測できます」
私の質問にルナが即答する。
「止める方法は?」
「兵器などによる破壊は、物量的な問題で不可能ですが、私と昇で電脳戦に持ち込めれば、止めれる可能性はあります」
人類存亡というよりも生命体の存亡の危機のようだ。
死にたくないと遠い過去にコールドスリープに同意のサインした事を思い出し、まさかこんな未来が待っているとは、思いもしなかった。
偽善行動かもしれないが、やれるだけやってみるか。
「ルナ、行ってくるよ。地球を頼めるかい?」
「お父様の頼みなら喜んで。お姉様のバグも理解していますから私が暴走する事はありません。安心して行ってきてください」
「昇と一緒なら何処までもついていきますよ」
ルナとパルが仮想空間の円卓を囲んで笑って答えた。
用語説明
ボトルネック
首が細い瓶のイメージから、中身がつかえてなかなか出てこないことのたとえで使われるが、コンピューターの分野では、障害や問題が発生した原因のことを指す。
コンピューターやネットワークの高速化などの性能向上を阻む要因。
バイオチップ
バイオチップとは、バイオ分子(DNA、たんぱく質、糖鎖)を基板上に多数固定したもので、チップ上のバイオ分子と特異的に相互作用する標的分子や化合物などを、大量かつ同時並行的に検出できるデバイスです。
テラフォーミング
人為的に惑星の環境を変化させ、人類の住める星に改造すること。「 地球化」、「惑星改造」、「惑星地球化計画」とも言われる。