064 脱出
ロメロ司祭と一緒に甲板下の航空機が格納されている倉庫へたどり着く。
レベロが先に到着して待っていた。
「目に見える伝言の指示に従って来ましたよ。何かあったんですか?」
レベロは自分の義眼に表示された、インディからのメッセージを読み取ってここまで来たようだ。
「説明は後だ。この船から脱出するぞ」
「ルナ……様と違って上手くいかなかった感じですね」
ロメロ司祭を見ながらレベロが肩をすくめて回答する。
少しは説明しようかと思ったが、レベロの背後の格納庫を見て驚いた。
「ロメロ司祭これは、どういう事だ?」
本来、艦載機が格納されていると思われる船内格納庫は、何もない状態であった。
「航空機は、全て下ろした時の出航でした。今回は強制揚陸艦で行く予定でしたので、不要だと考えていました。現在、この船は小型船舶しか搭載していません」
やられた。完全に航空機が使えない事は、事前にマージョに計画されていたのだな。
【簡易な条件だけで推測しても短時間で熱核兵器の攻撃圏外へ航空機を使用しないで抜け出すのは不可能です。水中への回避を推奨します】
インディはロメロ司祭とレベロを見捨てる方向性から進路を変えないな。
ん! 閃く名案を思いついた。
インディ、この船に搭載されている兵器と船の詳細情報を全て教えてくれ。
【わかりました】
なぜか、自分自身が機械化されていても情報を覚えるのに生身と同じ苦痛を感じるが仕方がない。
頭に兵器のデータが流れてくる。
目的のものは……見つかった。
搭載されている中距離弾道ミサイルの先端の構造を教えてくれ。
【まさか! まぁ可能ですがレベロとロメロ司祭は、発射時の加速に耐えられる可能性は低い上に落下時の脱出は不可能……ではないですね。レベロのインプラントとロメロ司祭の特殊技能であれば生存率がかなり高いです。昇にそこまで判断する能力がある事に感動を覚えます】
インディなら既にわかっていたのでは? インディは二人を助ける方向性に判断してないのはわかっていたが少しは手伝ってくれても良いのでは?
【その手助けをすることにより昇の危険度が上昇します。今回の判断は死ぬ可能性がある計画に二人を参加させると言う事なので、ロボット三原則の規約がある私には、昇の判断なしでは実施できませんし思考の誘導もできません。それぐらいわかっているかと?】
ほう、言い訳っぽいが納得しよう。口論している時間がないので実行しよう。
「簡単に説明する。マージョと話し合いで敵対する事になってしまった。船に爆発物が仕組まれていて、数十分したら爆発する可能性がある。脱出方法は考えてあるからついてきてくれ」
「え? 本当ですか!」
「また、トラブルなのか! ついてこない方が良かったのか?」
ロメロ司祭とレベロに、手短に説明すると弾道ミサイルの設置場所まで、3人で走り出した。
艦内情報は、既に覚えているので最短距離で到達した。
設置場所に入ると2本のロケットの先端部分が床から生えていて、発射時に天井が開いて床が二つに割れていくような仕組みのような場所だった。
【ミサイルの推進器などは床の下です。先端部をここで様々な装備に変更する場所ですね】
壁を見ると、いろいろな種類のミサイルの先端が存在していたが、入れ替えている時間はない。
2本中、1本には何もついていないが、残りの1本には先端が既にセットされていた。
ミサイルの先端部にあったメンテナンスハッチを開けると、搭載されてている爆発物と外装の隙間に人が入れるスペースがあった。
メンテナンスハッチも人が通れる大きさであった。
「レベロ、ロメロ司祭は、ここに入ってくれ。あとはレベロの義眼に指示する」
「これって爆弾じゃないのか? ノボル?」
「義眼に指示? これはまた。ノボル様とレベロ様は特殊な通信機を持っているんですね?」
勘が良いレベロが、自分が乗り込む物が兵器だとすぐにわかったようだが秘密にしておこう。
ロメロ司祭は、なんの疑問も持たずに私とレベロのやり取りに興味があるようだ。
【安全の為に発射制御に関して遠隔での制御は不可能。発射の制御は艦橋で2名が手動でやる必要があります】
2名?
【その点は、私と昇でどうにでもなりますよ。急ぎましょう】
二人が中に入ったのを確認すると、メンテナンスハッチを外側から閉じて、艦橋へ走り出す。
【あとは、私の計画通りであれば2人の生存率は70%以上ですね】
思ったより低いが何もしなければ0%なので、それよりはましである。
【計画を聞かないのですか?】
聞いてほしそうだ。インディがかなり人間じみてきたな。
【別にそういう訳ではないんですよ。昇の承認が……わかりました艦橋に着くまでに手短に話せば、打ち上げの仰角をかなり下げて斜め方向に飛ばして安全圏内で上部の切り離しを行い、大陸まで泳いでいける場所へ着水。レベロの爪で外装に穴を空けて脱出です。発射時の加速と着水時の衝撃に二人が耐えれれば生存できます】
一緒に搭載されている爆発物は?
【かなり強力な火薬ですが、信管を安全の為に初めから抜いてある事と着水なので火花などによる爆発の危険はないと考えています】
なるほど。あとはインディに任せるよ。
残りの心配事項は、発射するのに艦橋で2人必要という点だ。
艦橋に到着すると先ほど座ってマージョと謁見していた場所の横に、大きな制御盤がありガラスケースにカバーされたボタンが4mほど離れて2個並んで存在した。
【既に遠隔操作で可能だった発射準備できてます。あとは、そこの発射の為のボタンを同時に押すだけです】
船橋から甲板を見ると、甲板の一部が開いて1本のミサイルの先端が見えていた。
なるほど、離れたボタンを同時に押すので2人必要なのね。
たしかに一人では押せないが、道具を使えば可能だ。
黒い剣を出すイメージをすると、目の前に突き出した手に青いスパークを発生させながら外装から一気に動いて集まった剣を構成するナノマシンが本来の形に戻って行く。
右手に刃渡り1.5m程の日本刀のようなしなりが付いた刃も柄も黒い剣が握られていた。
剣の長さを伸ばせるか?
【無論です】
剣が細くなっていくが伸びて、左手でボタンをおしながら右手で持った剣で離れたボタンも押せる長さになった。
じゃぁ押すぞ?
【0.5秒以上の誤差で押されると、再度発射準備をする事になるのでミスらないでください】
パキン!ドン。
ボタンのガラスケースを無視してケースごと上から叩いてボタンを押した。
ケースが割れて同時に離れたボタンが押された。
甲板上で煙が上がり、弾道ミサイルが大陸があった方向へ斜め方向に発射されていく。
【かなりの時間が取られたので、あと数分で船が爆発する可能性が高いです。甲板上に急いで降りてください】
自分の脱出方法は、全く考えていなかったがインディなら既に回答を出していると思って指示に従った。
艦橋の強化ガラスを剣でくり抜く。
凄い斬れ味だな。
ロボットになってからの経験で、この程度の高さから飛び降りても大丈夫だと考えて、空いた穴から10m以上の落差を甲板まで飛び降りた。
ドスン!!
着地と同時に目の前に火花が散ったイメージがあり、かなりのダメージを受けた気がする。
【昇は、計算も出来ないのですか? この船の甲板は、耐圧能力が高いので変形によるエネルギー吸収率が低い為に、もろに着地の際の衝撃が足にかかりました。足の機能が一部と関節が破壊されました。修復まで走れません】
よく見ると甲板上は、凹みすらなかった。航空機の発着用の甲板の強度をなめていた。
【確かに土の上であれば大丈夫でしたね。場所よりも昇の頭が悪かったという結論かと思います】
インディの癖に……
腹が立つが、私のミスでもある。
ゆっくり歩きながら、いつのまにかに甲板上に下から出てきた新しいミサイル発射装置を目指す。
【ミサイル発射装置Mk 26 GMLSですね。かなり旧式の筈です。この強制揚陸艦は、武装年代がチグハグな気がします。製作された背景が気になりますね。発射装置についているミサイルの先端に両手で触ってください】
まさかと思うが、やな予感がする。ミサイル発射装置に接近するとミサイルの大きさがわかった。
長さ……いや全長6mほどで直径50cmほどのミサイルで、先ほどの弾道ミサイルよりも小型でこれを利用するとなると……
【艦対空ミサイルのSM-2MRに外見は似てますね。燃料部分が大きくなっているので改造されて射程がかなり伸びているようです】
先端部を両手で挟むとインディがミサイルの説明をしてくれた。
手のナノマシンが液化してミサイルの先端部と結合していく。
バシュ!シュ……
ミサイルが、そのまま点火して発射された。
方向は、大陸方面ではなく真逆の方向である。
ガッチリとミサイルと手が結合している為に、ミサイルに引っ張られて全身で万歳をしているような感じになっている。
海面から数メートルの場所を飛んでいるので、目の前で波が高速で流れていく。
【改造された中距離艦対空ミサイルなので250kmは行けそうです。マージョがある島まではギリギリ届きそうです。昇を下に見たマージョを壊しに行きましょう】
よほど、マージョに対してなにか思うところがあったのか?
インディのマージョに対する感情がおかしい気がする。
既にミサイルの速度がマッハ2を超えた気がする。
手を先端に付けた途端に、何の説明もなく発射するか?
人間だったら即死! せめて、心の準備をしてから……
【船を見てから言いなさい。いま爆発したわよ】
船を見ると、火の玉がゆっくりと船の中心から膨れて来ていた。
【昇の処理用のクロックが危険を感知して1000倍まで上がってるようね。爆風と衝撃波が来る前に着水するから大丈夫ですよ。私に感謝しなさい。すぐに発射してなかったら爆発に巻き込まれなくても衝撃波には、やられたかもしれないわよ】
火の玉がゆっくり大きくなって船を呑み込み、海にあたると水蒸気爆発も発動し白い煙がゆっくり噴出して視界が光に満たされた。
なにも見えないと思った瞬間に水中に投げ出された。
かなりの速度で海面に突っ込んだのか、周りが気泡だらけで自分のがどこに居てどの方向を見ているのか上下もわからなくなる。
少しして軽い振動があったと思ったら、自分が深さ10m程の海の底に居ることが分かった。
既に、手からミサイルは外されている。
【島までは、浅瀬が続いているようね。あと4kmほどは海底を歩いていきましょう。海上の爆発で地面がほとんど揺れなかったので津波の心配はなさそうね】
目に映るインディからの島の上空写真と自分の位置を確認して、島へ歩きはじめた。
用語説明
小型船舶
総トン数20トン未満の船
中距離弾道ミサイル
弾道ミサイルのうち射程3,000-5,500km程度の物。
弾道ミサイルは最初の数分の間に加速し、その後慣性によって、いわゆる弾道飛行と呼ばれている軌道を通過し、目標に到達する。
船に搭載されていたミサイルは、大型火薬式の弾頭の物であった。
メンテナンスハッチ
修理や点検の出入りのための小さな潜り口。
信管
爆弾を炸裂させるため弾頭または弾底につける装置。
耐圧能力
圧力に変形せずに耐える能力のこと。
強度
強さの度合。また、度合が強いこと。
ミサイル発射装置
作品中に出てきた装置はMk 26 GMLSである。
装置から突き出た2本のミサイルを同時に発射可能。
旋回や仰角などの発射角度と方向を変更可能。
艦対空ミサイル
艦船から空中目標に発射されるミサイル。 敵航空機だけではなく、敵対艦ミサイルの迎撃にも使われる。また、対空攻撃だけでなく対艦攻撃などに使用できるミサイルも存在する。
マッハ
飛行機など高速で移動する物体の、超音速の速さを表す単位。マッハ一は音速(=時速約一二〇〇キロ)と同じ。
爆風
爆発によって起こる強烈な風。
衝撃波
爆発に伴う圧縮波のように、音速よりも速く伝わる強烈な圧力変化。
水蒸気爆発
水が熱せられて急激に気化し、高温・高圧の水蒸気となることによって引き起こされる現象。
水が非常に温度の高い物質と接触することにより気化されて発生する爆発現象のこと。




