063 見えざる脅威
ここは、東亜機械重工の秘密基地で最大の基地であるオンタリオ島の中枢部に位置する大きな空間である。
大きなコンピュータのような物体の上に直径5mを超える水槽が3個あり、それぞれに人間の脳のような外見の大きな物体が培養液に浸かって存在していた。
脳には、多くの針のような電極が刺さっていて、時折スパークの様な青い光を発光していた。
「マージョ様、船との回線がつながりましたモニターに映します」
ムーンクレスト教の司祭服を着たバドム司祭が、操作パネルを操作すると空間の壁にプロジェクターの様な画像が浮かび上がり、船に居る黒鎧の人物とロメロ司祭の姿が映し出される。
船の艦橋ブリッチで、モニター越しにマージョの本体と黒鎧の昇が対峙している。
初めてみる昇の姿にマージョが違和感を覚えた。
最先端であった自分が開発された時代のさらに上の技術力を感じさせるフォルムだった。
マージョに軽い嫉妬心が生まれた。
「貴方がマージョなのか?」
画面に映し出された黒い全身鎧の昇が質問してきた。
ロメロ司祭の情報から彼が昇と言う人物である可能性が高いことを知っているので、確認をしようとマージョが返答した。
『その通りだ。白鳥 昇』
「何故、私の名前を知っている?」
すぐに肯定の返答が黒鎧から来た。マージョは黒鎧が昇であると断定した。
『過去の多くのデーター残っている。ロメロ司祭の情報から、君を割り出した。今度は、私の番だな。君は何者だ?』
白鳥 昇である事は確認できたが、何も答えずに沈黙してしまった。
彼が助けようとしている人物は、私の手の中にあるのだから少し強く出てみようとマージョは判断した。
これが、マージョと昇の関係を決定してしまう一言となる。
『回答しないのか? これは質問ではなく命令だ。白鳥 昇。君は医療目的でコールドスリープしてビックテスラの施設に移動した事はわかっている。それ以降の話をしてもらいたい。ルナを従える権限保持は、月コロニーと研究所の管理者である製薬会社アンベンの幹部でなければ不可能だ。君の記録は西暦3000年から途絶えている』
少し間があってから昇が回答した。
「コールドスリープから目覚めたら西の大陸に居て、民間コードを保持していたのでルナが従ってくれた。この程度ですよ」
マージョの知っているデータと照合しても矛盾だらけの回答である。昇は、私をみくびっているのだろうか? さらに深くマージョが質問を繰り返す。
『……それはおかしい。西の大陸は暴走した兵器を殲滅した後に多くの司祭を送り込んで調べているが、ビックテスラの施設は発見されていない。何処から現れた?ルナの対応は、君に対して完全なる従僕になっている。いくら民間コード保持者に対してルナに保護義務があっても従う理由にならない。そもそも君は何故、生きている?バイオハザードの中で病気に発病しないのか?その鎧が気密を保持しているのか?』
「だが、これが全てだぞ」
信じられない回答をしてきた。既に調査もしている。
対話を求めていたが、回答があまりにもマージョの知っている事実とかけ離れていた。仕方がないので強制的に聞くことにしようとマージョは昇の弱みとなる事を発言した。
『信じない。全てを語るのだ。君が助けようとしている対象は私の手の内だ。返答次第で対応しよう』
そこまで、語った時に通信回線の異常に気が付いた。
画像と音声だけの筈なのだが、通信量が想定の1000倍近い。現在の施設の通信は昇との通信用のみで使用している。
目の前の昇が何かをしている事は確実だ。
急いで、原因と何をされているか調べると既に施設の一部が操作不能に陥っていた。
しかも、このような攻撃をするには、多くのシステムが必要であると判断するが、通信元は小さな黒鎧の彼のみなのだ。
彼の鎧には高度な通信システムとそれを演算する集積回路があると言うのか?
『な……貴様!! 馬鹿な選択をしたな。私は貴様ごとき容易に消し去れるの……』
このような内部的な攻撃は何千年ぶりである。完全に無効化できる方法もあるので、珍しさと安心感と怒りで思わず混乱してしまった。
会話の途中で島の外に向けていた通信回線が、膨大な情報量に耐えきれずに熱によりショートした。
ブツン!
目の前のスクリーンに映っていた画像が消えた。
『なんて事だ! まぁ無駄な事だがな。
バドム司祭、メインシステムをダウンして物理的に侵入してきたウイルスを消去だ。
システムを再起動!』
「了解しました」
バドム司祭が、マージョの横にあるレバーを倒すと、記憶媒体であるメモリー類の全ての電源が落ちる。
再度レバーを戻すと再度電源が付いた。
東亜機械重工のシステムの記憶媒体は、通電で記憶を保持するメモリーとマージョなどのバイオ素体のみである。
電源が落ちた際にバイオ素体以外のデータは全てロストする。そのため記憶媒体の再起動をするだけで外部からの電子的攻撃は全て無効化されるのである。
『東亜機械重工へのハッキングは、バイオコンピュータを利用しているので不可能だが攻撃をしてきたという事は、昇は私の事を知らなかったようだな。保険で設置した爆破装置は動いているのか? こちらから爆発させる事は可能なのか?』
「最後の解除キーを送信から10分ほど経過していますので、あと20分以内にキーの送信をしなければ、爆破されます。こちらから爆破の解除キーではなく爆破コードは通信システムが故障してるため修復まで不可能です。手が空いた司祭を修理に行かせるように指示をだしました」
バドム司祭がマージョの側にあるコンソールを凄い速度で操作しながらマージョに答えた。
ロメロ司祭には悪いが、全て消えてもらって安全を取ることにした。
設置した爆発物は、半径40kmを死傷させる熱核兵器である。事前に航空機を全て排除してあるので自動で爆破する残り数十分で脱出は不可能である。
爆破後の被害規模の演算をして、昇が生きている可能性が皆無である判定をしたが不安になる。
昇と言う存在が、見えない。彼には謎が多すぎる。
いったい、彼は何者なのだ?
用語説明
嫉妬心
一つの感情であり、主として何かを失うこと、または個人がとても価値をおくものを失うことを予期することからくる懸念、怖れ、不安というネガティブな思考や感情に関連した言葉である。
命令
上位の者から下位の者に言いつけること。
通信量
二点間で情報のやり取りする情報の総量である。
今回起きた現象は、同時にデータ送受信を行おうとする内容が増えすぎることで、無線上の割り当て単位が足りなくなり、飛び飛び割り当て間隔も伸びて一般的な上位プロトコルやアプリケーションがタイムアウトを起こすし再度起動するなど、重複して起動することによる熱暴走による回線の融解。
メモリー
コンピューター本体の、情報を記憶しておく場所。また、記憶機能のある素子。
常時通電しなければ、中の情報は消えてしまう。
今回の概念では、補助記憶装置のラム(RAM)やロム(ROM)は除く。
マージョのシステムは、脳細胞を利用したバイオ記憶素体とメモリーだけで構築されていて読み書き可能な電子的な部品がないための再起動による初期化で全てが正常になる。
ハッキング
不法に他のコンピューターシステムに侵入し、データの改変やコピーを行うこと。
熱核兵器
船に使用されている爆発物は、トラック程度の大きさだが核融合(水爆)を利用した兵器で火薬にすると約50Mt(第二次世界大戦中に全世界で使われた総爆薬量の25倍)
爆風による殺傷範囲は15km、致命的な熱線の効果範囲は40kmのため、残り20分での航空機以外での回避は、速度的にすでに不可能(昇なら可能)。




