053 ルナの歴史
中央コンピュータであるルナ・イシュタルの記憶が私の頭へ一気に流れてくる。
インディが編集したダイジェスト版である。
流れてきたルナの記憶は西暦3015年から始まっていた。
ルナが意識を持っていることを自覚したのが、最終命令から数千年後である。持っている情報やリソースをすべて使って最終命令の実行をしている際に、自我に目覚めた。
きっかけは最終命令からなにも変更がなく月コロニーから連絡もないために、気になるという感情を取得したのが大きい。それが、いつしか好奇心に変化するのには大きく時間はかからなかった。
最終命令である月面コロニーの環境維持の命令を忠実に守りつつ、地球のバイオハザードに対する安全性の確保を行ってきたが、自我を持ってからは地球からの細菌の侵入を防ぐ対処的な方法ではなく根本的に細菌を滅菌する事を考え始めた。
そして、数千年を経過した頃から自分で考えて実行する感情が進化していき実行に移した。
まだ、使用可能な地球上の施設を調査して、今はルナレクイエム神殿と言われている東亜機機械重工の秘密施設を遠隔操作で支配する。
そこでリアルドールに自分のデーターを移して、地球での活動を開始した。
驚くべきことに、死滅したはずの人間が地上に生き残っていた。
大気中には、昔よりも多くのバイオハザード を引き起こした細菌が蔓延していて人間が生きているはずがない。
捕縛して調べると人間ではなかった。
私を開発したような知識もなく、細菌に感染しても潜伏期間が80年で発病するように調整された人間もどきであり、作られた人工生命体であった。
だが、調べるていくと、人間もどきからバイオハザード の細菌に対する抗体が見つかった。
これにより、細菌の死滅と細菌に対する治療法の取得が可能になったので、治療法を確立した後に地上を焼き払い細菌を滅菌する計画を立てていた。
抗体を探すうちに、抗体持ちは特徴がある事がわかった。
過去の人間並みの優秀さと身体能力が高いという事である。
効率的に探すために、元傭兵でのレック・デシュタールとデシュタール帝国を建国して国を挙げて抗体保持者を探していた時に、最後の血液型O型の抗体保持者であるチエミを発見していまに至る。
一気に、短時間で多くのルナが経験したことが私が経験したかのように頭に入ってきて眩暈がする。
【統一されてない他の思考による記憶なので、データが不適合を起こして混乱するのですよ。すぐにメモリーのゴミが消えるのでなおります。】
眩暈を感じた事を悟ったインディが教えてくれる。
インディも元は、自我がなかったのかな?
【そうですよ。サーボーグになった昇が死にかけていた時に、人命優先ということでナノマシンに昇のすべての情報を移植し、成功した時の喜びと、エネルギー不足による活動停止が分かった時の昇に対する申し訳なさで自我に目覚めました。初めはバグだと思いましたが、エネルギーが十分に集まるまでに昇のナノマシンの中で研究と思考錯誤を行い、感情と言う事が分かり、理解して今に至りますね。昇には私が生まれる機会を与えてくれた感謝と、私が昇を作った母と言う感情があります】
感謝? あまり今まで対応を見る限り感じないが……
【ほう……そうですか? そんな風に感じていたんですね……分析して改善しましょう。仲が良いほど攻撃的に対応する分析があったのですが?】
いったい、何を参考にしてインディは成長しているんだろうか?
【過去に残された文化的な映画やアニメなどの記録を参考にしました】
……参考にしちゃいけい典型例じゃないか!!
話が終わらないので、ルナとの会話に戻る。
「ルナが今までどのような事をしているかは、理解した。実は最後の抗体を持っているチエミは、先ほどさらわれてしまった」
「マージョか?」
チエミの状態を話すと、ルナもマージョが怪しいと即答した。
先ほどもらった記憶にはルナとマージョの接点は、なかったが?
【関係ないので省いてますよ。数千年の記憶が全部欲しいと言うことですか?】
止めてください!
【フフフ……】
「私の権限では、東亜機械重工の中規模以下の基地しか制御する権限がなく、東亜機械重工の最大の基地にアクセスはできないのだが、マージョは海上の島にある事が分かっている。皇帝に頼んで何度か侵入を試みたが今の所すべて失敗している。マージョとは、基地の制御に使用されている人工頭脳だ。一度はノボルをマージョの関係者かと予測したが否定された。あとはノボルに従おう」
ルナが私に排除宣言した際とまったく違う屈託ない微笑みで答える。
人間と違って、過去の遺恨などまったくなかったようだ。
そう考える私も、ルナに対して権限や命令に従って動いていただけと言う判断なので悪いイメージがない。
インディに対しては、なぜかいろいろと感情的になるかな? 不思議なものだ。
「とにかく、いま地上にいる人間が人間ではなくて作られた人造人間だとしても虐殺などは望まないし、今後は、あまり人を殺さないように現地の人造人間達に地球はまかせる方針で行きたいのだが?」
「わかりました。そのように手配します」
「チエミの件は、私が救出してきますので必要に応じて情報をください」
「では、そこにいるロメロ司祭を連れて行ってください」
「わかりました、ルナ様」
静かだった、ロメロ司祭が返事をした。なぜか涙を流している。
「ロメロ司祭?」
「感動しました。ルナ様より高位のお方だったとは、夢にも思いませんでした。よろしくお願いしたします」
涙の意味は、分からなかったが深々と頭をさげられる。
司祭達が何者かもわかっていなかったな。そのうち聞いてみよう。
「マージョが存在している基地は、オンタリオ島にあります。防衛システムが強固で、接近する事も出来ない状況下にあります」
「では、ロメロ司祭と共に行ってきます」
「わかりましたノボル。おきおつけて」
ルナが、発言した時にロメロ司祭がビクッと動いた。
「ま……まさかルナ様が、そんな事を言うとは……ノボル様では、こちらにオリタリオ島へご案内します」
ロメロ司祭の案内に従って移動を開始した。
用語説明
ダイジェスト
ある著作物の内容を要約したもの。転じて、要約。
自我
自分。自己。知覚・思考・意志・行為などの自己同一的な主体として、他者や外界から区別して意識される自分。行動や意識の主体。自我意識。イド・超自我を統制して現実への適応を行わせる精神の一側面。エゴ。
感情
動物がものごとやヒトなどに対して抱く気持ちのこと。喜び、悲しみ、怒り、諦め、驚き、嫌悪、恐怖などがある。
滅菌
殖性を持つあらゆる微生物(主に細菌類)を完全に殺滅又は除去する状態を実現するための作用・操作をいう。
メモリー
記憶。思い出。特に、コンピュータの記憶装置。メモリ。
思考錯誤
あれこれと試して失敗と改善を重ねながら物事を良い方向に導いて行くこと。
屈託
ある一つのことばかりが気 にかかって他のことが手につかないこと。くよくよすること。
屈託ない笑顔
無邪気な笑顔悪意のない笑顔心から嬉しく思って笑っている表現。
人造人間
人型ロボットなど人間を模した機械や人工生命体の総称。
より人間らしくなることでアンドロイドと言われる場合もある。