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048 最後の一人(回想)

 今日は、生贄の儀式の日であった。

 ルラ自治領土の王様であるヒルト・ルラは、終始機嫌がよかった。

 昨日の検査の結果、自分が合格して月での上級管理職に就けると言うのだ。

 自分がいなくなってからは、第一騎兵団のルビテに王位を委託する引き継ぎも済ませている。


 グティ司祭に案内されて、50人ほどの血族全員でルナ様への謁見の間へ移動する。

 部下からの報告や自分で知り得た情報をまとめると、ヒルトは次のように考えていた。

 生贄の対象は二度と戻ってこない事から、陰では殺されているなど噂されているがそれはありえない。

 ムーンクレスト教に入ってから様々な奇跡を見ている。

 特に、ムーンクレスト教団とルナ様に関しては嘘をつけないと言う話を聞いている。

 教団の悪い噂は、活動の妨害をしているとうわさされる魔女達の嘘の拡散だと思っている。


 移動しながらグティ司祭に、再度確認で質問をする。


「生贄とは、月での上級管理職に就けると言う事なのでしょうか?」


「その通りだ」


 無表情にグティ司祭が答える。


「あの、月へ行くことができるのですね」


「その通りだ」


 無表情にグティ司祭が答える。


「疑問に思ったのですが、検査とは何を調べているのですか? 優秀だからという事ですか?」


「その通りだ」


 無表情にグティ司祭が答える。


 毎回、同じ回答になぜか不安が生まれた。


「検査に合格した人は誰なのですか?」


「チエミだな」


 私ではないのか? ヒルトは、不思議に感じた。


「私ではないのですか?」


「お前が合格したわけではない。だが対象の血族全員を検査して、一人でも合格すれば血族全員の血を抜いて抗体を作る実験体として使用する。完成された抗体は月の人間の血清として使用される。そうすれば、月の人間と同化して上級管理職となる」


 なにを言っているか理解はできないが、これは殺されると同義語ではないか?

 噂は本当だったのか? ヒルトの目が覚めた。


「血を抜かれた、私たちはどうなるのですか?」


「抗体から血清ができ次第、排除する」


 無表情にグティ司祭が答える。


 やはり、おかしい。この話は私たちが考えている内容ではなかった。

 周囲を見渡すと、グティ司祭以外は血族である。

 ここに来るまでに忠義が高い第二騎兵団を護衛に連れて来ていて外に待機させている。

 合格したのは、チエミだと言っていた。チエミを渡さねば抗体と言うものができない可能性がある。

 出来なければ排除されないかもしれん。


「グティ司祭、私が引き連れてきた第二騎兵団に、私たちが戻らなかったらどのように行動するから伝え忘れていました。一度戻ってもよろしいでしょうか?」


「かまわぬよ、ここで待っていよう」


 無表情にグティ司祭が答える。


「ここまで、歩いたのにまた戻るんですか?」


「ヒルト様、伝令を出せばよいのでは?」


「月とは、どんなところなのでしょうね? 早くいきたいです」


「私たちは、ここで待ってますよ」


 ヒルトの考えを知らない家族や血縁の者が、次々に不平不満を言ってくる。

 確かに、全員で引き返すのは別の意図を怪しまれるかもしれない。


「チエミ。たしか第二騎兵団に、仲が良い友人がいただろうしばらく会えなくなるかもしれないから一緒に行って挨拶してこないか?」


「わかりましたお父様。急に決まった事だったのであまり話もしていないので、一緒に行きます」


 チエミが笑顔で答えた。


 特にグティ司祭は、反応せずに他の人を置いてチエミとヒルトで、外に待機している第二騎兵団の所まで戻った。


「隊長のロクエルは、いるか?」


「は! ここに居ます」


 50頭の馬と50人の騎士の中から、馬を引きながらロクエルがやってきた。

 今までの話と予測した内容をロクエルへ伝えて、チエミを連れて国を脱出するように指示する。

 ロクエルは、意外な顔をしていたが、ヒルトの真剣な顔を見て納得する。


 チエミは、第二騎兵団で仲が良かった女騎士と話していた。


 速やかに、第二騎兵団がロクエルの指示で脱出の準備を進め始めた。

 規律が取れており誰も質問せずに準備が進み全員騎乗する。


 ロクエルの後ろにヒルトが乗り、女性騎士の後ろにチエミが乗った。


「お父様、戻らないのですか? 何故、騎乗するのですか?」


「チエミ、よく聞くんだ。生贄の儀式は、私の考えたものとは違うものだった。逃げるんだ」


「え? 逃げる?」


 チエミが理解できない顔をする。


「ヒルト様? どこに行こうとしているんですか?」


 声のする方を見るとロメロ司祭が立っていた。

 ちょうど、第二騎兵団と城の外へ向かう入口の間に一人立っている。


「かまわない、ロクエル行くぞ! 突破しろ」


「騎兵隊全軍突撃!!」


 ヒルトの命令でロクエルが叫ぶと、50騎の騎兵隊が一斉に城の外へ向かう。


 ロメロ司祭が、懐からデザートイーグル .50AEと言われていた拳銃を取り出して両手で構えてヒルトへ発砲した。


「う!」


 ヒルトがうめくと、心臓付近から大量の出血が見えた。

 吐血して被弾したヒルトが馬から落馬する。

 発砲後に、一斉に走ってくる騎馬に、ロメロ司祭が轢かれて馬に踏まれつづける。


 ヒルトが落馬したためロクエルがたずなを引いて馬を止めた。それを見た落馬したヒルトが叫ぶ。


「ロクエル構わん私を置いてチエミと共に逃げよ」


 ロクエルが、落馬したヒルトの向こうから、他の司祭や教団員が走ってこちらに向かっているのが見えた。ヒルトの大量の出血を見て悟ったようにロクエルが回答した。


「わかりました」


「お父様!?」


 不安げに、女騎士の後ろに乗っていたチエミが振り向く。


「チエミ! 逃げるんだ」


 青ざめた必死の形相でヒルトがチエミに叫んだ。

 聞こえたチエミが、ヒルトの様子を確認して最後の願いであることを悟る。


「わかりました」


 力強く答えて振り向かずに、ロクエルが動き出した場外への道へ女騎士の馬の背に乗って走り出した。

 ヒルトを置いてチエミがロクエルと共に城を脱出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 後からヒルトを追ってきた他の司祭と教団員は、第二騎兵団を追って、城の外へ向かっていった。


 第二騎兵団の馬に踏まれ続けて、司祭服がボロボロになったロメロ司祭と、虫の息であるヒルトが、城の外へ向かう道に取り残されている。


 本来、大怪我をしているはずのロメロ司祭が、何事もなかったように立ち上がってヒルトの側まで歩きてくる。


「な、何故だ? いま、お前は馬に轢かれた筈だが?」


「あ、私はすぐに再生するので全く問題ありません」


 破れた司祭服から覗く無傷の身体をヒルトに見せる。


「全く、せっかく生贄になれたのに、どうして謁見しないのですか?」


「何を馬鹿な、私は勘違いをしていた。生贄とは月での永住か神への奉仕活動かと思っていたら、完全な供物ではないか!」


「何を言っているんですか? 自分の血が月の神々に使われるのですよ? 大変な事じゃないですか!」


 頭を掻き毟りながら、ロメロ司祭がヒルトへ叫んだ。

 周囲を見回して、騎兵団に踏まれた際に手放した拳銃を拾ってくる。


「月の神々とは、そもそも誰なんだ?」


「ルナ様の創造主で、始祖様ですよ。まぁ、ヒルト様は知る必要はないですよ。私が新鮮なうちにルナ様の所を連れて行きますよ。チエミ様は、免疫血清の完成まで最後の一人と言う事ですよ。免疫血清ができれば、地上の人々は死滅するのですから貴方がうらやましいかぎりですよ。何しろ血液だとしても未来に残るのでから」


 パン!


 ロメロ司祭がヒルトの頭に発砲した。

人物紹介


ヒルト・ルラ

デシュータ帝国にあるルラ自治領土の王様である。チエミの父親にあたるが母親は複数いる妾の一人のために、チエミは地位的には低い立場にいる。チエミを子供の中で3番目ぐらいにか可愛がっており、かなり非道な人物であったがチエミから見るとやさしい親父であった。エテロ王国への侵略の完全勝利によって、親族全員が検査対象にあがったが検査結果で月の上級管理職に組み込まれる事になり生贄になったはずだったが、思い描く生贄ではなかったのでルナ様へ謁見せずに脱出を試みて、失敗して死亡する。


用語説明


血族

血のつながりのある人。したがって生物学的な親子関係もしくはその連鎖で結ぶことのできる関係者をいう。


上級管理職

物事や組織を管理する地位にある者を更にまとめる人。


抗体

病原体などが体内にはいったとき、それと特異的に反応する物質として体内に生ずるものの総称。免疫のもと。


血清

血液は血球と血漿から成っているが,採取した血液を容器に入れて放置すると,血球などの有形成分は凝固して血餅となり,液体成分は黄色の上澄みになって分れる。この液体成分を血清という。


免疫血清

特定の毒素に抵抗力がある人の血液から採取した血清。


血清療法

免疫血清を注射して感染症を治療する方法。



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