043 検査
ヘリコプターで移動を開始してから進行速度が桁違いである。
海が見えてきて、王都の王城が見えてきた。
「ノボル、城の中庭がヘリポートになっている。着陸したら私が対応しよう」
キラスが、指示をしてくれる。
「ほう、爪でなんでも斬り裂けるって事か? え! 暗くても見えるの!」
奥の席で見てレベロが自分の目に映し出されるインディの文字を読みながら独り言をブツブツ言っていた。
インディと会話しているのだろうが、第三者から見たらやばい人みたいだ。
かなり大きな王城で中庭も大きい。既に3機ほどヘリコプターが駐機していた。
私達を乗せたヘリコプターが駐機したと同時に、キラスが飛び降りてヘリポートにいた衛兵の所に走っていった。
王城にはキラス直属の部下もいて、揉めずにルナがいる神殿までいけそうだ。
レベロと待合室らしき場所に案内されて待っているとキラスが戻って来た。
「ノボル! 話はつけたんだが、ノボルはロメロ司祭の情報で生贄対象に登録されていた。ロメロ司祭と何かあったのか?」
「生贄?」
「ムーンクレスト教では、司祭が優秀だと認めた人物は検査に合格すれば、ルナ様に生贄として謁見する事になっている。その場合、月に送られて行くと言うが、戻ってきた人がいない為に不明だ。その為に生贄は、殺されていると言う噂は絶えない。唯一、チエミと言う領主の娘が生贄にも関わらず魔女の手助けで逃げ出していると言うはなしがあるが、どうなのかはわからない」
チエミの話は、話題になっているのか。
「ロメロ司祭には一度会ったが、どうしてそうなっているかはわからない」
「まぁ、ほとんどは検査で落ちて生贄に選ばれないって聞くから大丈夫だろう」
チエミが来るまで待った方が良いか、来るまでにルナと話をつけておくか悩む所だ。
【来るまでに話をつける方が良いですね。昇だけならどうにでも対処可能な確率が高いですが、保護対象を守りながら対処するのは、難易度が上昇します】
計算速いインディに従って行くかな。
「すぐにルナ様に謁見できるのか?」
「それが、検査に落ちても受かっても謁見が出来るように手配してあるのだが、検査が先だと司祭が言っていて診査を受けてもらう事になっている。私は既に検査結果が駄目だったから付き添いだけだな」
「了解。じゃぁ移動しよう」
「ノボル、俺も行くのか?」
新しい金属の爪を擦り合わせてレベロが聞いてくる。
なんか、やばいキャラに変わった気がする。
「ノボルの従者としてレベロも検査対象だ。服装がまずいな、今用意させる」
拷問を受けて血だらけのボロを纏ったレベロに綺麗な布の服と皮の鎧が渡されて、着替えてから診査室へ移動する。
長い大きな通路を傾斜にそって地下へ降りて行く。案内された診査室は、体育館ぐらいの広さの地下にある室内広場だった。
「無駄に広くないか?」
「診査の時は、対象者の親族全員で呼び出されるので百人を超える場合があるからな」
キラスが、私の疑問に答えてくれる。
私とレベロとキラスが入ってきた大きな扉と反対側に同じ大きさの扉があった。
反対側の扉の前に、ぶっとい注射器の様な物を持った身長が2m以上の大男が立っている。
大男の容貌が異常であった。服装はボンテージの様なもので露出度が激しく高い。筋肉隆々で男だと体型でわかるが、顔にあるべきものがない。目や鼻が無くなっていて、口と耳だけで後はケロイドの傷や皮膚が変色している。髪も丸坊主である。
「ベグ司祭?」
キラスの見覚えある人物のようだ。
「お前たちが診査対象か? 私は、ベグ司祭である。キラス王子もいらっしゃるのですね。まずは、従者からだな」
どうやって私達を見ているかわからないが、誰が誰だかわかるようである。
ゆっくり接近して、注射器の様な筒型の先に針が付いた物をレベロの首筋に刺そうしたが、レベロが避ける。
「ちょっと待て! なんだそれは!」
「検査器具だ。すぐ終わるから首筋を出せ」
ベグ司祭が少し怒った声を出す。
「レベロ、私も受けたがチクっとするだけだ。血も出ぬよ」
キラスが、アドバイスを送った。
「本気か……そんな針刺して平気なのか?」
レベロは、注射が苦手な様だ。
私は、病気にかかった時は、点滴を毎日打たれていたが、この時代の人じゃ恐怖心しか湧かないよな。
大人しくレベロが、首筋に針を打たれた。
一瞬で針を抜いてベグ司祭が筒状の物を叩いた。
「うむ、外れだな。もう一人がノボルと言う対象か?何か着込んでいるのか? 脱いでくれ」
何か? 見えてないのかな?
【昇、先程からベグ司祭の口から人間の耳には聞こえない周波数のソナー用の音が発信されています。口から出した音の反射を耳で聞いて、対象の位置や形を見ている様です】
特殊能力者かな? ルナ様の眷属って人物なのか?
外装を外せるのか?
【前回消費したナノマシンが減っているので回復中です。まだ偽装できる程のナノマシンが足りないのでメタリックな人型金属の様な感じになりますね。首筋だけ外装を外して、検査は血液の何かを見ているようなので、過去の昇の血液情報から擬似血液を作り出して渡して対処しますか?】
凄いな。その対応で頼むよ。
「鎧を脱ぐのが大変なので首筋だけ鎧を外すので、それで検査は可能ですか?」
「可能だが、お前が着ているのは鎧か? 大変高価なものなのか? 個人で特徴がある心音や呼吸が聞こえぬ。さすがロメロ司祭が推薦するだけあるな」
心音も無いし、呼吸もしてないが鎧の性能で聴こえないと勘違いしてくれた。逆に脱いだら一悶着あったかもしれないな。
首筋の外装を解除して、首筋に偽装した肌が現れる。
皮膚の硬度も人間と同一に変更する。
針を刺して、一瞬で針を抜いてベグ司祭が筒状の物を叩いた。
「うむ、外れだな。これで、診査は終わりだ」
あっけなく、終わってしまった。
ピーーーー!
電子音が鳴り響いた。
「なんだ?」
今まで聴いた事がない音らしくベグ司祭が呟く。
『検査キットからの民間コードの登録を確認しました。現在、地上が汚染区域になっていますので安全が確認されるまで施設を閉鎖します』
突然、検査室に合成音の声が響き渡る。
ガッキン!!
バン!バン!……
検査室のドアが閉まって施錠されたようだ。
ここまでに来る際に通過した通路の隔壁のような部位があったが、そこも閉まった様な音が聞こえてくる。
「まさか、始祖様なのか!?」
「始祖!?」
ベグ司祭が焦った声をあげるが表情がわからない。
ロメロ司祭も言ったが始祖とは、なんだ?
『ハッキングを確認。防衛として接続を解……』
アナウンスが途中で途切れた。
バヒュー……
床が下へ沈み始めた。
部屋全体が昇降機だったようだ。
用語説明
検査(ムーンクレスト教での定義)
血液検査を行っており、血中のDND情報から個人識別コードとバイオハザードの細菌に対する抗体の有無を専用の検査キットで調べている。
抗体
特定の異物にある抗原(目印)に特異的に結合して、その異物を生体内から除去する分子です。 抗体は免疫グロブリンというタンパク質です。異物が体内に入るとその異物にある抗原と特異的に結合する抗体を作り、異物を排除するように働きます。
ボンテージ
性的興奮をおぼえるための拘束行為。からだを締めつけるコルセットや、からだにぴったりした皮革・ビニール製などの服。
ケロイド
赤く盛り上がる「きずあと」である。瘢痕組織が過剰に増殖した病変であり、良性線維増殖性病変に分類されている。
人間の耳には聞こえない周波数
一般に人に聞こえる周波数の範囲(可聴域)は、低い音で20Hz、高い音で20kHzくらいまでの間。
ソナー
音波を利用して探知する機器。信号音を発射して、目標からの反射音を受信する
擬似血液
ヒト血液や細胞の物理特性を模した非生体試料。静置状態では疑似血漿と疑似血球が分離する。