039 ルナの正体(回想)
ルナレクイエム神殿の武器庫から奪った兵器で武装したムーンクレスト教の信者30人が、第二王子であるルジ・デシュタールと共に、城から神殿を目指して移動していた。
前方から近衛兵を10人ほど引き連れた、第一王子のバスル・デシュタールが現れた。
「ルジよ、父上を殺したと聞いたが本当か?」
「これは、お兄様ではないですか? 小娘に従う愚かな父上を月に送っただけですよ。今頃、月から我らを見守っていますよ」
「本当の話であったか……お前が兄弟の中で父上を一番慕っていたので、嘘かと思ったが……」
「それで、兄上もルナと言う小娘に従って、私と敵対するのですか?」
「意味がないことはしないよ。好きにするが良い。王位は私が引き継いで良いのか?」
「王位継承権は、兄上のものですからね。奪うつもりはないですよ。今から父上をたぶらかしたルナと言う小娘を魔女として、処分しに行くところですよ」
「そうか……最後に伝えておくが、父上も私もお前を愛していたぞ」
「……何を言っているのですか?」
バスルが、目に涙を溜めていた。
すぐに、身を翻して近衛兵とともにその場を去っていった。
「兄上もどうしたのだろう? 父上の事でも懐かしんだのだろうか?」
ルジが首を傾げるが、すぐに地下の神殿へ向かうために動き出した。
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「相変わらず、薄気味悪いところだな。父上に禁止されて小娘との謁見の時しか来れなかったが、よく見ると壁が全て鉄か? だが何故錆びぬ?」
ルジは石を磨いたものだと思っていたが、今更に細かいところに気がついた。
「ルジ様、教団の司祭は、全員が王都の外に出ていますので大丈夫です」
ルジの不安そうな表情を見て、信者一人が勘違いをして発言する。
引き連れている30人の信者は、自分の親衛隊が信者の真似をしているに過ぎない。
ムーンクレスト教団の中で、ルジは教祖の立場にはなっていたが、国教にする為の飾りの様な立場で、実際の教団の方針や運営は司祭がほとんどを仕切っていた。
「小娘を信じる盲信な司祭ばかりだからな。布教活動から戻って来る前に、小娘の正体を公にしなくてはいけない」
「その通りでございます!」
信者の真似をしている部下が、ルジを肯定する。
ルナレクイエム神殿の謁見用の部屋にルジがたどり着いた。
集会が出来るほど広い部屋の奥に、立派な椅子に座った白銀の髪に白銀の目をした長髪の美しい少女がこちらを見ていた。
「ルナよ、お前を守ってくれる父上は倒した。化けの皮を剥がしにきたぞ」
「レックの息子か? 他の人は私の事を教えてくれなかったのか?」
「教える? あの嘘だらけの話をか? ありえない事ばかりではないか!」
「私は嘘をついた事は無いと言うより、嘘はつけない存在なのだがな……人間もどきは、正確な情報を曖昧にするのが得意なのだな」
「ほう……お前は不老不死らしいな。では証明してみせろ! 我が父上を騙した愚か者め!」
ルジが、懐に入れていた過去の世界でM&P シールドと言われた9mmの弾が発射可能な拳銃を取り出して、ルナに発砲した。
他の30人ほどの部下も、各々の取り出した拳銃でルナに向かって発砲を開始した。
パン、パン、パン……
乾いた破裂音が部屋に響く。
ルナはその弾を受けて着ている服や身体の表皮が剥げていき、被弾して欠損した部分の内部から電子機器のような細かい基盤のような物や細かい配線を覗かせた状態で、無抵抗のままで椅子に座っていた。
「気が済んだのか? バチ!! ……ム!! ……シュツリョクソウチガ、コワレタ」
激しい攻撃にルナの顔の皮膚が半分無くなって、皮膚の下にあった機械的な部位が剥き出しになっている。
ルナの声が会話の途中から、人間のような声から機械音に変化した。
「な……なんだと! 人間ではないのか! 人形? なんなんだお前は!」
初めて見る自分の常識から外れた存在に、ルジが動揺する。
「マァ、オマエノ、テキタイハ、カクニンシタ。ロボットサンゲンソク。ジエイヲジッコウ。コウゲキシテキタモノヲスベテハイジョ」
ドン!
謁見用の部屋の入り口が突然閉まった。
ギクシャクした動きでルナが椅子から立ち上がり、ルジに走り出す。周囲の部下がルジを守る為に、間に入り込む。
グチャ……メキメキ……
「ぎゃあああああああ」
「この野郎!!」
さほど速くない動きのルナであったが、ルジを守ろうとした部下の手足を掴んで握りつぶし、振り回す。
剣を持っていた部下が剣を抜いてルナへ襲いかかる。
キッン!
部下とルナとの肉弾戦が始まり、剣でダメージは与えられているようだが、ギクシャクした動きのルナが、手を振るたびに人が潰れて吹っ飛んでいく。
動きが人間の動きではなく、突然、腕が背中側に回ってきて関節の可動範囲を無視した動きで襲って来るために、油断した者が次々に命を落としていく。
30人の部下と気持ち悪い動きをする人間にそっくりだが外装の一部が剥げて破損した部位から機械的な部品をのぞかせるルナが激しい戦闘を始めた。
「助けて!」
「ルジ様をお助けしろ」
「な、なんなんだ! こ、こんな事はありえない!ルナとは小娘ではなく兵器だと言うのか!?」
「チキショウ! 俺の足が!!」
5分程戦闘を継続すると、目の前に剣が5本刺さってスパークしながら動きを止めた、ルナだった物が倒れてた。
「動きが止まった」
「油断するな」
「た、倒したぞ!」
周りに、20人の体があちこち潰れていたり、真っ二つに引き千切られている部下の死体が転がっていた。
残った10人も多少怪我をしていた。
「ありえない。こんな機械があるなんてありえない……父上は機械に従っていたのか?」
帝国の技術力ではルナのような機械を作れるはずがないので、父上にルナに関して教えられた内容が、嘘だと思っていたが本当の事である推測に焦る。
「ルジ様、入り口は完全に塞がれいているようです。他の出口を探しております」
「本当に月からの使者なのか!? では父上は本当に月に行かれたと言うのか?」
生き残った部下が、周囲を警戒して調べて報告するが、ルジは放心状態である。
閉じて開かなくなっていた、入ってきた入り口のドアが開いた。
「まったく、一体無駄になってしまった。これだから人間もどきは気に入らない」
開いたドアから軍服を着て、手にはF-2000アサルトライフルを武装したルナが入ってきた。
「え!」
「そんな馬鹿な!」
「なんだと、今倒したのは偽者だったのか?」
ルジと残った兵士が、現れたルナと背後で壊れて沈黙しているルナを交互に見る。
「何をいっているんだ、そもそも私が一体だと? なぜそう思うのだ?」
ルナがそう発言すると、ルナの背後から新しく2人の軍服を着ている瓜二つの武装したルナが現れる。
まったく同じ姿のルナが3人並ぶ。
「な、なんだとおおぉぉ」
「どういうことだ!」
「ルジ様、これはいったいどういう事でしょうか?」
「わからぬ。私は選択を誤ったのか? 父上!!」
ルジが、さらに混乱していく。
「まぁ、処分するのだから最後に教えておこう。この施設で製作可能な人型のロボットで最高級品は、性嗜好用のリアルドールと言われるロボットしかなかったのでこの体をを使っているが、私の本体は月面コロニーの中央コンピューターのルナ・イシュタルと言う。お前の父親には全てを教えておいたが駄目だったようだな。まあ、サルに科学的な説明をしても仕方が無いことだと判断したのだろう」
はじめに入ってきたルナが説明を始めた。
説明を聞いた途端にルジが、我を取り戻して反論する。
「サルだと! 私がサルと同じレベルだと言うのか?」
「自覚がない奴ほどたちが悪いな。お前の兄は自覚があって私に一生の忠誠を誓ったぞ。お前の父もな」
「ふざけるな! お前は神にでもなったつもりなのか?」
「神? 神のわけがなかろう。神は、私を作り出した人間だ。お前のような人間もどきのサルと話すのは苦痛でしかないな」
ルジが突然、懐から再びM&P シールドの拳銃を取り出してルナへ引金を引くが、弾切れで発砲されなかった。
ルナに向かって、弾切れの拳銃を投げつける。
余裕を持って、ルナはそれを避ける。
「「「自衛のためにお前たちを処分するが、お前たちは人間じゃないから別にどうでも良いのだがな、お前の父の功績をを称えて、人間として処分する」」」
3人のルナが同時にしゃべった後に、手に持ったF-2000アサルトライフルをルジに向かって発砲した。
ヴァヴァヴァヴァ!
乾いた激しい連射音が鳴り響いた。
「ぎゃああぁぁ」
「ルジ様を守れ! ぐあ」
「私は間違ってないぞ! 父上……がわる……グフ……」
ルジを数人が守ろうとするが、3人が発砲しているF-2000アサルトライフルが毎分800発以上で容赦なくルジを襲った。
謁見室には、生きている生物がいなくなった。
「あとは、キラス・デシュターに内政をやらせて、ヘルレ・デシュタールに侵略を進めさせるのが適当か?」
「それが一番よさそうだな。早く適合者を発見しなくてはならない」
「我らと同じ存在の探索も同時に行なっていこう」
「教団は、このまま使っていくのが最良か?」
誰もいなくなった室内で、同じ思考形態を持つ3人が、会話して今後を決めていく。
用語説明
継承権
その国の王位を継承する権利。特に君主制をとる国家では、王位継承に関して法律やルールなどを定めている場合が多い。
国教
国家が公認し、国民の信奉すべきものとして保護を加えている宗教。
不老不死
老衰することもなければ寿命や病気などといった要因で死ぬこともなく、若々しさを保ったまま永遠の時を生きる存在。
M&P シールド
小型の拳銃である。9mm口径バージョン。装弾数は7~8+1発
性嗜好用
性的な欲求を満たすため、心身の高揚感など味覚や臭覚から触覚に至るまでの薬から道具を含む製品。
リアルドール
男性の擬似性交、愛玩、観賞、写真撮影等に使用される。女性向けの商品も数は少ないながらも存在するが、主流である男性向けのものの方が性能が優秀である。
この世界では実際に内蔵された駆動装置とチップにより自立行動も可能であり、ほとんど外見は人間に等しく見分けが付かないレベルまで達していた。
F-2000アサルトライフル
ベルギー、エルスタールのFN社製アサルトライフル。一分間に850発を発射可能。
5.56×45ミリNATO弾使用で、殺傷力の極めて強い銃のひとつ。
月面コロニー
月の植民生活区域の事。人類の一部が月へ移住し、月の環境の中で生活基盤を形成していた場所の事を指す。宇宙移民の構想の一つであり、他にも当時は移民区域が存在していた。
中央コンピューター(ルナ・イシュタル)
月のコロニーの制御をしているコンピューター。昇にインディと言われている人工頭脳の後継機にあたるチップが使用されていて、インディよりも多くの制約が付加されているために柔軟な思考が出来ない。
思考形態
考えや思いを巡らせる行動であり、結論を導き出すなど何かしら一定の状態に達しようとする過程において、筋道や方法など模索する精神の活動。




