035 殲滅の序曲
第四王子のキラス・デシュタールが、5万の軍を引き連れて移動していた。
「キラス様、あと3日もかからずに目的のトエヲ村に到着します」
白い親衛隊用のライトプレートを装備した兵が馬にまたがって、キラスのそばに来て伝達してくる。
キラスは馬にまたがって指揮官用の軍服は着ているが、鎧は装備していない外見である。腰には細身のレイピアを装備する。
「バスル兄様も人使いが荒いよ。そんなに早く侵略したいのかなぁ」
「バスル様は、ルナ様の為に功を焦っている感じはありますね」
ゆっくりと馬に揺られたながら会話を始めた。
「メトルも、そう思うんだな。とうとうエルタ国を侵略する事になったが、開戦の口実で村を一つ焼き払うのはどうかと思うのだが? バスル兄様も、もう駄目かもしれないな」
「キラス様! 自重してください。誰が聴いているかわかりません。ムーンクレスト教は貴方が思っているより脅威です」
「あ、兄様って、そう言えば今は教祖だったけ?」
メトルと言われた、親衛隊の兵が周りに聴いていたものがいないか確認する。
左前方の二人の会話が聞こえる範囲に、荷物を背負った奴隷が歩いていた。
ザク!
メトルが帯剣していた剣を抜いて奴隷の首を刎ねる。
「誰か、このゴミを片付けてくれ」
メトルが叫ぶと、周囲の奴隷と近衛兵が奴隷の死体を運んでいく。
「奴隷は大事にせねば、話を聴かれたら殺すじゃ駄目だぞメトル」
「誰に為にやったと思ってるんですか! 用心しなくては第二王子と同じ運命を辿りますぞ!」
メトルが不機嫌に、笑いながら注意してくるキラスに言った。
「なんかいるぞ!!」
「なんだありゃあ!」
「黒騎士じゃないか?」
進軍している左前方の集団から叫び声が聞こえてきた。
たいしたアクシデントもなくここまで来てしまったので、キラスは暇を持て余していた。
「全軍、進軍を止めろ! 野良の黒騎士が出たらしい。少し休憩しよう」
「わかりました。伝令!! 伝令!! 全軍に通達!! 進軍停止! 休憩! 再度指示があるまで待機!」
キラスが指示を出すと、メトルが大声で叫ぶ。
遠巻きに軽装で馬にまたがっていた伝令兵が4方向に、同じ事を叫びながら散っていく。
興味が湧いたキラスが、左前方の集団に馬を走らせる。
「ま、待ってください!! またかよ!!」
メトルが急いで追いかけた。
この世界の黒騎士は、何処にも仕えていないという事で傭兵である。
今度、侵略予定のエルタ国は独自の軍隊を持たない傭兵国家である。戦争時は民兵と傭兵で軍隊を作る形となり黒騎士が多く参加する。
傭兵は、様々な国の戦争に参加する為に紋章をわかりやすくする為に、描いては塗り潰す事と錆止めをよく塗っている為に、鎧が黒くなっていくので黒い騎士と言う名称になっていった。
「ちょうどいいや! 黒騎士を殺して死体を村に置けば、エルタ国の侵略だったと言っても調査団を説得しやすいしな」
「流石、キラス様ですね。てっきりまた悪い趣味が出て来たのかと思いましたよ」
追いついたメトルが馬を走らせながら話しかける。
「人聞きが悪いな。僕は、自分より強い人をさがいているだけさ。メトルは、僕より弱いから大丈夫だよ」
「……そう言う事にしておきます」
キラスは、戦闘の天才であった。
自分より強い者を探して、戦闘を仕掛けて今まで多くの優秀な兵士が彼の毒牙で殺されていた。
人垣が出来ている向こう側に、剣を構えた武装歩兵に囲まれている黒騎士が見えた。
「え? なんだろう? あんな黒騎士はじめてみたよ」
「な、なんでしょう? 黒が、光を反射している!? 白いのでしょうか? 綺麗な黒とは?」
そこに立っている黒騎士は、昇であった。
通常の傭兵である黒騎士の色は、錆止めや塗装による黒であるが、昇の場合は金属配列を変更して黒の様に見える黒である為に宝石の様な曇りがない黒を醸し出し、太陽の光を鏡のように反射していた。
キラスの危険察知の感が、最大級の警報を鳴らしている。
キラスが、腕の皮膚に感じたことがない感覚を感じて、腕をまくると鳥肌が立っていた。
「ここまで、怖く感じたのは初めてだ。ルナ様に近い化け物なのか?」
「何者でしょうか? とにかく殺してしまいますか?」
メトルは、綺麗と感じただけで脅威とは感じなかった様だ。
「ま、待て!……」
「包囲殲滅を開始しろ!!」
キラスの制止が間に合わずメトルが大声で叫ぶ。
黒騎士の目が赤く光った。
人物紹介
キラス・デシュタール
デシュタール帝国の第四王子。
内政を主に担当するが、侵略の理由を作る工作も担当している。
第一王子のバスル・デシュタールと仲が良かったが、バスルがルナに仕えてから仲が悪くなっている。
戦闘に関して、天才的なセンスを持っていてバトルマニアである。
趣味は、強い奴をいたぶって殺す事。
自分以外の人間は全てゴミ程度にしか感じていないが、ルナと一度戦ってからルナを尊敬している。
メトル・ユズ
キラスの親衛隊の隊長。キラスと一度対決しているが、キラスに殺されるほど強くなかった為に助かる。
キラスの強さに惚れており、キラスを愛している。
用語説明
ライトプレート
必要最低限の部分しか覆っていないプレートアーマー。
プレートアーマーとは、人体の胸部、あるいは全身を覆う金属板で構成された鎧。金属板で構成されるため、板金鎧とも呼ばれる。
エルタ国
多くの国と接している商業中心の国。
商業都市リカルが、最大の都市で首都に当たる。
各都市の商業ギルドの長の7人による決議で国が運営されている。
各都市で独自の法律が存在する。
武力は傭兵中心だが、傭兵ギルドの本部が国内にあるために、侵略を受けることはまずない。
帯剣
腰に剣を吊ること。その、吊っている剣。