第三十六幕 『絶滅』へのカウントダウン 2
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サウルグロスが翼をはばたかせ、帝都の中央へと向かっている頃だった。
彼は、何か、輝く鎖のようなものが周辺に張り巡らされている事に気付いた。
「何だ?」
彼は周囲を見渡す。
瞬く間に、サウルグロスは全身が、鎖か、あるいは網のようなもので空中に固定されている事に気付いた。
何者かが、彼の近くで空を旋回している音が聞こえた。
そいつは、二本の角の生えた悪鬼の姿をしていた。
「ミズガルマ様っ! やりましたぞっ! サウルグロスを捕えましたっ!」
悪鬼は歯茎を剥き出しにして笑い始めた。
サウルグロスは地面を見渡す。
そこには、様々な異形の姿をした者達で溢れていた。
頭が三つある鳥、腕が六本もある巨人の男、巨大なカエル、イソギンチャクのような怪物。
<よくやった。ロギスマ。では、我ら悪魔族による総攻撃を行うぞ>
廃墟と化した建築物の中から、巨大な黄金のスライムが這い出してくる。
サウルグロスは、この者達が何だったのかを思い出す。
「貴様らは何だ? あれか。悪魔族と言う輩か。人型種族及びあらゆる知的生命体が持つ、負の思念が結晶化して誕生する精霊のような種族だったかな? ……そして、天使族の場合は、喜びや愛情、博愛、慈愛といった正の思念が結晶化して生まれる存在であると…………」
サウルグロスは、現れた者達に確認するように訊ねる。
「如何にもそうだっ! ひひひっ、ははははっ! てめぇが思念体を操って亡霊を大量に作っているみたいだがあ、俺達は恨みや憎しみ、怨恨といった思念がより高度に具現化した姿だ。てめぇの生み出す亡霊なんざよりも、よほど強力な存在なんだよっ! 分かったか? このウスノロがああああああああああっ!」
ロギスマはあからさまに、暗黒のドラゴンを侮蔑していた。
「お前達に対する知識に乏しいが。丁度良い。試したい。試す前に訊ねるが、俺に光の槍を向けてきた翼の生えた女。あれは天使という種族か?」
サウルグロスは冷静に訊ねる。
「闇の天使、シルスグリアの事か? 奴はどうだったかな? この俺にも興味がある。奴は天使の姿をしているが、天使の形態を取った悪魔族かもしれねぇな。何しろ、奴の性格は残忍で無慈悲だ。とても天使とは思えないと聞いているからなあああああああっ!」
ロギスマは、嘲りながらも、大地にいる同胞達に指揮を送っていた。
悪魔族達は、それぞれ各々、得意な魔法や攻撃をサウルグロスに向けて撃ち込むつもりみたいだった。
サウルグロスは身体を動かそうとする。
身動きが取れない。
完全に、空中に固定されてしまっている。
だが……。
「これで、この俺を封じたつもりか? 成る程、お前達の力は賞賛に値する。この俺でさえも、まるで身動きが取れない。だが、俺は魔法や、先程、目覚めた能力を使って、お前達を滅ぼす事も出来る。随分と舐められたものだな?」
滅びのドラゴンは、完全に下にいる者達を小馬鹿にしていた。
「やれるものならやってみろよぉ。てめぇが俺達を全滅させるよりも、俺達はてめぇを再び死体に変えてやるぜ。その後は、二度と甦らないように、骨も、細胞の欠片さえも、死体を焼き尽くしてやるよぉおおおおおおおおぉっ!」
ロギスマは片手から、高威力の破壊魔法を生み出そうとしていた。
おそらく、触れたら盛大に爆発するタイプの魔法だ。
サウルグロスは天空を見上げる。
「オーロラが何処に消えたのか。お前達は知っているか?」
サウルグロスはその言葉を口にした後、何かを詠唱していた。
「知らねぇよ。おい、てめぇら、さっさとこのウスノロのドラゴンに盛大なものをブチ込んでやれええええええええええええええっ!」
ロギスマの合図と共に。
ありとあらゆる属性の魔法が、天空に封じられているドラゴンに撃ち込まれていく。炎、冷気、竜巻、刃の嵐、稲妻、水撃、光の球体、高密度のエネルギー波、強酸、爆撃、攻撃の種類は余りにも多種多様だった。
「そろそろ、教えてやろう」
数多の攻撃魔法の猛攻によって、辺り一帯の空間が歪み、空中が煙に覆われる中、ドラゴンは淡々とした口調で告げる。
「オーロラは空の太陽に隠した。今は、真昼頃だろうか。貴様らを照らし出しているな。そろそろ、使用させて貰う」
ドラゴンは楽しげに言った。
「だが。お前達を更なる化け物に変身させても面白くない。オーロラの性質を教えてやろう。オーロラは触れた生命に対して、急速な歪な進化を齎す。オーロラは高密度の生命エネルギーを注入させる存在だからだ。だが、その逆は? オーロラは対象から生命エネルギーを吸い取る事も、俺は研究の結果、理解している。このオーロラの力を反転させればどうなるのか? 大規模にやりたい。お前達を最初の被験体にする」
サウルグロスは自身に攻撃魔法を撃ち続ける、悪魔達に対して丁寧に説明していく。
それは、このドラゴンなりの“弱者に対する敬意”のようなものだった。
「では。オーロラを使用する。生命を急激に進化させ、化け物へと変える力を、逆に、生命からエネルギーを吸い取らせる力として使えば、一体、どうなるのかをなっ!」
サウルグロスは太陽に向けて、自身の力の波動を送った。
すると。
太陽が、一瞬、破裂したように見えた。
辺りが皆既日食のように暗闇に覆われていく。
太陽は闇に染まり、緑色のオーロラを帝都中央付近からルクレツィア全土へと広げていった。やがて、オーロラの光が瞬く間にルクレツィア全てを覆っていった。
「素晴らしいな。このオーロラは。この俺は、このエネルギーの力を見誤っていたのかもしれない。お前達全てを化け物に変える事は可能だ。だが、オーロラに触れても、化け物へと変わらなかった者もいる。元々、進化を促進させる現象は、オーロラ本来の力では無かったのだろう…………」
サウルグロスは、ようやく、オーロラの性質を理解する。
変化させるよりも、滅ぼす方に特化した力であるのだと。
「さてと。生命には個々に遺伝子が存在するな。お前達、悪魔は遺伝子はあるのか? あるいは固有の生命エネルギーのようなものを持っているのか? 試させて貰う、オーロラの力を」
サウルグロスは自身の思念を、オーロラへと送り込む。
「では、オーロラよ。この世界中に存在する、全ての悪魔を皆殺しにしろっ!」
滅びのドラゴンは、そう告げた。
数秒、十数秒程度の時間だった。
オーロラは光り輝く。
そして。
地上にいる悪魔達が、急速に全身が素粒子レベルまで分解されていく。
咄嗟に助かったのはロギスマだった。
彼は即座に危険を察知して、天空から舞い降り、ミズガルマの下へと向かう。彼の主を助ける為に。
「ミズガルマ様ッ!」
ロギスマは黄金のスライムの方へと向かった。
「わたしめは、異世界への扉を開く力を有していますっ! どうか、お逃げくださいませっ!」
ロギスマはスライムの近くの地面に触れる。
すると、大きな暗く底の無い穴が開いた。
「どうぞっ! こちらにっ!」
<ロギスマよ>
黄金のスライムは言う。
そして。
弾力性のある身体によって、ロギスマをその暗い穴へと叩き落とした。
すぐに、穴は閉ざされていく。
<お前が魔王を告げ。我々はもうお終いだろう。新たに悪魔族は生まれてくる。他に知的生命体が生きている限りな。我らの栄光は終わらぬよ>
そう言うと、スライムの肉体は、徐々に蒸発していく。
やがて、ルクレツィアに存在する、悪魔という悪魔の全てが消滅していった。
サウルグロスは、異世界へと逃げたロギスマを除き、ルクレツィアに生きる悪魔族を一人残らず、皆殺しにしたのだった。
しばらくして、空は再び明るくなり、太陽の光が、再び生きとし生ける者達へと照射されていく。……太陽を覆うように、緑のオーロラが空をたゆたっていた。
封じ込められていたサウルグロスは、自らの身体が自由になった事を確認する。
そして、大地を一通り、見渡す。
先程、彼を攻撃していた悪魔達は、全て灰燼に帰していったみたいだった。
サウルグロスは、自らが捕食者の頂点に立った事を理解する。そして、とてつもなく獰猛な笑い声を上げ続ける。
「ふははははっははははっはははっはははははっ! 素晴らしいな、この力っ! そうだな、俺はこの力を『絶滅』と名付けようっ! さて、次はルクレツィアのどの種族を滅ぼしてやろうか?」
彼はそう叫びながら、再び、上空を飛び続ける事にした。




