第三十六幕 『絶滅』へのカウントダウン 1
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塹壕や廃墟の中に住まう、生き残った市民達が、冥府より呼び戻された死霊達の群れによって、生きながら肉を喰われ、内臓を引きずり出されていく。
その光景を見ながら、デス・ウィングは鼻歌を歌っていた。
そして、時折、彼女に襲い掛かる死霊を不可視の刃によってバラバラに引き裂き、滅していく。
「ふふっ。面白いな、人間は。死んだ家族や友人の霊に襲われて、反撃を躊躇っているのかな。だが、この私には何も関係が無い」
彼女は遠くにいる、サウルグロスの姿を見ていた。
辺り一面には大量の焼死体が転がっている。
デス・ウィングは心安らかな表情で、それらをまじまじと見ていた。
彼女は地面に転がっていた、黒く半ば炭化した頭蓋骨を踏み潰す。
命とは、何と脆く儚いものか。
デス・ウィングは最低な事に、サウルグロスに対して内心、全力の声援を送っていた。
†
バザーリアンは王宮の自室の中で震え声を上げていた。
彼はこの戦いに参戦する事もなく、ひたすらに沈黙していた。代理として、息子であるジャレスが向かう事によって面子を保たせようとしていた。そうでなくても、ロギスマ達やミランダがいた。バザーリアンはただの、生身の平凡な人間でしかなかった。権力を持っているだけの、愚かな傀儡の王でしかなかった。
彼の部屋の扉が激しく破られようとしていた。
彼が王の座についてから、今まで処刑してきた者達の怨念が響き渡っている。かつての愛人達、気に入らなかった部下の将校達。一族を皆殺しにした謀反者達。彼らの恨みと憎しみの声が唱和している。
そして、部屋がこじ開けられる。
中には、果樹園に実り、全身を刻まれた者達の亡霊がいた。その者が真っ先に、バザーリアンへと飛び付く。それを合図に、他の亡霊達も、次々と現国王の下へと雪崩れ込んでいった。
†
奴隷商人の王であるカバルフィリドは、パラダイス・フォールの宮殿から離れていた為に、核爆弾を跳ね返された時の被害を受けずに済んだ。
彼は大闘技場にいた。
自らの身を隠す為と、大闘技場にいる戦士達を使って、あの暗黒のドラゴンに反撃する手立てを考えていた。
だが、今や彼の命運は尽きてしまっていた。
この醜悪な老人の周りには、此れまで弄んできた剣闘士達の亡霊が集まっていた。
カバルフィリドは震えながら、口の周りに手を伸ばす。
すると、人工的に造られた唇が外され、唇の無い歯が剥き出しの醜悪な顔になる。これはかつて、彼が若い頃に、他の奴隷商と金銭で揉めた時に出来た古傷だった。
「クズ共がっ! わしは貴様らクズ共を金で支配する王なのだぞっ! このわしに、このわしに牙を剥けおってっ!」
カバルフィリドは口を大きく開く。
すると、彼の体内に仕込んであった火炎放射器から、炎が吐き散らされる。それらが亡霊達に照射される。亡霊達は、炎を平然と踏み越えていき、カバルフィリドの手足をつかむ。
手に剣や斧を持った者達が現れる。
槍や弓を手にしている者達も現れた。
巨大な処刑刀を持った者も現れた。
この奴隷商人達の王は、かつて弄んだ者達の手によって無残に切り刻まれ、殴打され、貫かれ、射抜かれて、細切れの無残な肉塊へと変わっていった。
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「我が死霊術の余興を随分と楽しんでくれて、何よりだ」
サウルグロスは、ルクレツィアの空を舞っていた。
彼はひとしきり、冥府より甦った者達の悲鳴と怨恨の嘆きを聞き続ける。そして、それに苦しむ者達の姿を見て満足げな顔になる。
もはや、滅びはカウントダウンに入っている。
サウルグロスは甦る時に辺り一面にバラ撒いた、暗黒の球体の力が、自然を、生きとし生ける生命を蝕んでいっている。彼の死霊術によって、彼に牙を剥けた者達が苦しんでいる間に、このルクレツィアは滅び去るだろう。
甦らせた者達の恨みは、まずは生前に恨み続けた者へと向く。その後で、その恨みは消えず、無差別に他の者達を襲うであろう。この国家は地獄から甦った亡者の阿鼻叫喚で溢れ返っていた。
「さて。俺は存分にこの力を理解した。お前達との戦いも堪能させて貰った。慢心せず、お前達を徹底して粛清する事に決めた」
サウルグロスは嘲り笑う。
「俺は死より復活して、ネクロマンシーの力と、他にも力を手に入れた。それはオーロラの性質を理解し、この手に取り込む事だった」
彼は鉤爪の生えた指先を伸ばす。
「オーロラの性質が、生物の急速的な進化ならば、オーロラの力を逆流させる事を行えば、どうなるのだろうか、とな」
アンデッドの大群によって、既に敵陣はボロボロであろうが。
彼は試す事にした。
ルクレツィアを滅ぼした後、他の異世界を支配する前に、まずは実験が必要になるからだ。
†
メアリーは鉈と斧の幻影を実体化させて、集まってきた死霊達を片っ端から、薙ぎ倒し、返り討ちにしていた。
「ルブル。こいつら無敵じゃないわ。魔法や超能力なら倒せるっ!」
メアリーは冷静に分析していた。
「所詮、思念体を操っているだけよ。なら、同じような精神エネルギーの結晶である、ルクレツィアの魔法か、私達の使用する超能力ならダメージを与えられるし、倒せるわ。ふふっ、あのドラゴン、こんなものが優れた力なんて思っているのかしらっ!」
メアリーは鼻を鳴らす。
既に、グリーシャとリコットの死霊も討ち滅ぼした。
他にも、二人によって倒された、オーロラによって変形した異形の怪物達の死霊が襲い掛かってきた。
「メアリー、強がりを言っては駄目よ。この攻撃は私達の消耗を狙っているのよ。既に、貴方は体力の限界が来ているわ」
ルブルは自らの縫合ゾンビを操りながら、敵のアンデッドの勢力に迎撃していた。
実質的に、ルブルは死体そのものをネクロマンシーで操作していた。
サウルグロスは、霊魂……思念体の方を、ネクロマンシーで操作している。
ルブルはオーロラの怪物達の死体を操作して、同じ姿の怪物の死霊達にぶつけていた。
「ルブル。あのドラゴン、帝都の中央まで飛んでいっているわ。何かやるつもりよっ!」
メアリーは、かつてギデリアで彼女に挑んできた者達の死霊を、幻影の鉈で首を刎ね、斧で叩き潰していた。おそらくは、恨みや因縁のある相手に最初は向かう。その後は、無差別に攻撃して回るのだろう。
「このルクレツィアで死んだ者達全ての思念を甦らせている。キリが無いわ。生きている者達よりも、死んだ者達の数の方が多い。おそらくは、数百年単位の亡霊達を甦らせるつもりでいる。でも、狙いは時間稼ぎっ!」
メアリーはそう言いながら、背中から鳥の翼の幻影を生やす。
そして、空へと舞い上がっていく。
「ルブル。あのドラゴンの方へと向かうわ。ミントや他の者達と合流しましょう。そして、おそらくはあのドラゴンが次に使用するべき“何か”を止めなければっ!」
「分かったわ、メアリー」
ルブルはそう言うと、縫合ゾンビの何体かを融合させて、翼を生やしたスフィンクス型のゾンビを作っていく。
そして、二人はそれに跨る。
「途中、最低でもミントとイブリアは拾うわよ」
メアリーが言う。
「ええ。出来れば、もう一度、あの滅びの太陽の魔法を撃ち込ませたいっ!」
ルブルはそう返した。




