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第三十五幕 不死の行進‐イモータリス・フレアー‐


 一体、此処は何処なのだろうか?

 ジャレスは辺りを見渡す。


 自分は死んだ筈だ。


 辺り一面には花畑が広がっている。

 

 自分はサウルグロスの手によって、殺された筈だった。

 全身を跡形もなく、文字通りの粉微塵にされた筈だった。


「あれ、おかしいな?」

 彼は辺りを見渡す。


 花畑から立ち上がり、しばらく歩いていくと幾つもの建築物が並んでいた。

 この辺りは長閑な田舎町だった。

 彼は、その建造物の群れへと向かっていった。


 ジャレスは、此処が、自分が元々いた世界とは、別の世界である事にすぐに気付いた。……此処は、死んだ後の世界なのだろうか?



 世界は闇に、死に染まっていく。

 暗黒のドラゴンは二つの前脚を掲げる。


「素晴らしい。とても素晴らしい力だ。溢れ返ってくる。どうやら、この俺は死ぬ事によって、この俺にとっても嬉しい誤算だったが。お前達を滅ぼす為の新たなる力を手にする事が出来たみたいだ」

 サウルグロスは朗々と述べる。


 ミントも、そして竜王イブリアさえも、その姿を見て絶句していた。


「ジャレス…………っ!」

 ミントは震え声を上げる。

 やはり、仲間に加えるべきではなかった。

 完全に裏切り、サウルグロスと何らかの取り引きを行ったのだろう。


「さて。ゴミ共。俺はこの世界を滅ぼす。試させて貰うぞ。この死霊術(ネクロマンシー)の力を、俺なりにアレンジを加えさせて貰う。単なる死体を立ち上がらせるものではない」

 戦慄き声が疾風のように、辺り一面に広がっていく。

 それは、そよ風のように感じた。

 そして、次第に、軽い台風のようにも思えた。

 サウルグロスは、何かをルクレツィア全土に送り続けていた。間違いなく、死霊術の力に他ならない。死者達が甦るのか。今度は、彼は戦死した者達の死体を使い、アンデッドとして甦らせるのか。


 サウルグロスの左前脚に、黒い渦のようなものが向かっていく。何者かがこの邪悪なドラゴンを攻撃したみたいだった。


「止めろ、シトリーッ! 貴様の敵う相手ではないっ!」

 天空からシルスグリアの声が響く。


 どうやら、地上にて、肉を喰らう昆虫を使った魔法を、呪性王の魔道士シトリーは遠距離から唱えたみたいだった。

 サウルグロスは自身の皮膚の上に牙を突き立てるもの達を見る。


「これは虫ケラか。成る程、お前達みたいなものだな」

 サウルグロスは鼻を鳴らす。


「だが、それらは毒虫だぜ。病原菌を感染させて、急速にお前の血肉を腐敗させる毒線のある虫だっ!」

 シトリーは遠くから、憎々しげに闇色のドラゴンを眺めていた。


 何か突風のようなものが吹き荒れる。

 気が付くと。

 シトリーは、自らの身体がおかしい事に理解する。

 何だか、身体がヤケに熱を帯びているかのようだ。


「おい。アルナヴァルザ、奴に追撃で何か攻撃してくれ」

 シトリーは仲間である、デーモンに訊ねるが……。

 彼の隣にいた、翼を持つ四足歩行の獣型デーモンは……。

 全身の所々が、白骨化して、既に屍と化していた。

「ああっ……っ!?」

 シトリーは、自らの腹からドクリドクリと血が流れている事に気付く。

 シトリーは自身の左腕が手首の先から消滅している事にも気付いた。

 腹は、内臓を食い破られ、左胸は肋骨を晒している。


「おい、なんだ? これ……?」

 彼は背後に気配を感じて振り返る。

 すると、そこには無数の何者かが佇んでいた。

 その者達は、次々とシトリーに襲い掛かる。シトリーの喉は喰い千切られた。



 ラジャル・クォーザは、闇の天使に一体、何が起こっているのか確認する。


「何か、変だぞ。おい、ネクロマンシーと言ったか。何かがおかしい。おい、死体の群れは何処にある? 何を甦らせた? 一体、何を甦らせたというのだ!?」

 ラジャルは四つの頭を傾げながら、困惑していた。


「…………、まさか。一体、どれ程の魔力があれば、あるいは精神エネルギーがあれば、これだけ広範囲に死霊術を行う事が出来るのか……?」

 シルスグリアは完全に言葉を失っていた。



 ザルクファンドは、崩壊した都市の空を飛翔する途中、後悔に襲われる。

 …………、宮殿に、無防備な者達をかなりの数置いてきた事にだ。


 宮殿に敵を近付ける前に、敵を退ける戦略を取っていた。

 だが……。

 ネクロマンシーと言ったか。


 辺り一面から、嘆き声が響き渡っていく。

 それは大地からなのか、空からなのか分からない。

 ただ、姿は見えない。

 歩く死体の姿が、見えない……。


 一体、どれだけの範囲で、どれだけの者達を、どのようにして甦らせたというのか……!?


<クソ。あのゲス野郎の思考は俺の想像を遥かに超えている筈だ。一体、何を、どういう風に甦らせたというのだ? ……宮殿に、戻らなければ、嫌な予感しかしないっ!>

 ドラゴンの魔法使いは、急いで、宮殿の方へと戻る。

 クレリック達は……、攻撃魔法が苦手な者達も多かった筈だ。



 ハルシャは地面に腰を下ろす。

 そして、戦斧を置き、右手で額に触れる。


「どうした!? ハルシャ?」

 ガザディスはミノタウロスの戦士に訊ねた。


「ヤバい。…………、酷くマズイ事になっている」

「なんだ……っ!?」

 ガザディスは首をひねる。


「ガザディスよ。貴殿は死後の世界を信じるか?」

「何を言っている? 何を言っているか分からないぞ」

「先程、俺の背後から囁き声が聞こえる。オークの男だ。かつて、ジャレスに拷問死させられた男だ。彼が苦痛に呻きながら、俺の背後に立っている……っ!」

 ミノタウロスは地面を拳で殴り付ける。

「他にもだ。ルブルとメアリーによって殺された知り合い達の声も聞こえる。いや、確かに気配が迫ってくる。彼らは泣き叫んでいる。助けを求めている。祈っている者もいる。クソ、俺は…………、無力だった。何故、彼らを助けてやれなかったのか……」

「先程から何を言っているんだっ!」

 ガザディスは叫んでいた。


 ふと、盗賊の長の背後に、無数の声が響き渡っていた。

 数多くの戦死した盗賊団の仲間達だった。

 そして、大スラムで死んでいった者達の声だった。

 ガザディスも手にしていた大剣を取り落とす。

 そして、心を苛まれ、精神が蝕まれていく。

 死者の絶望の嘆きが、何重にも重なり合いながら、ガザディスの心を罪悪感で引き裂いていく。



 宮殿の周辺やガレキの周辺にいた生き残ったドラゴン達も、混乱に包まれていた。


 戦死した筈の、もっともサウルグロスに忠誠を誓っていた者の一人である殲滅のドラゴン、ヴァルドラの姿が蜃気楼のように現れた。そして、倒された同胞達、オーロラによって奇形の存在へと変わった者達の姿もだ。


「おい、なんだ? あれは?」

「知らぬ。だが、俺達も覚悟を決めた方がいい。サウルグロスが甦った。あれは奴が生み出したものに他ならない。我らも必死で、生き残る為に戦わねばなるまい」

 咆哮が響き渡り、吐息が吐き散らされる。



 一番真っ先に、サウルグロスのやっている事を理解したのは、他ならぬ、同じネクロマンサーである魔女ルブルだった。


「何なの? これは一体? ルブル、どう思う?」

 メアリーは訊ねる。


「屈辱的だけど。私よりも遥かに死霊術に長けているわ。そして、この私よりも、おそらく人が、知的生命体が“悪”と呼ぶべきものに限りが無い。そう、余りにもドス黒く邪悪な能力を使っている。こいつの心の暗黒に底は無いわっ! ええっ、もはや、これは魔法というよりも、あの邪悪なドラゴン、サウルグロスの発現した、固有の超能力と言ってもいいわね。こんな、此れ程までに、広範囲のネクロマンシーの使い方があるなんて……っ!」

 ルブルは極めて悔しそうな顔をしていた。

 彼女は……明らかに、羨望さえ抱いていた。


「一体、サウルグロスは何をやっているの!? ルブル!?」

 先程から、メアリーにも声が聞こえていた。

 それは、無残に死亡した悪魔族の少女リコットの声だった。

 そして、ミントに敗れた獣人のグリーシャの声だった。

 二人共、死体も残さずに消滅した筈だ。

 他にも、数多くの死者達の呪いの言葉がメアリーには聞こえていた。


「間違いないわ。サウルグロスは、冥界から、死者の霊魂を甦えらせている。死後の世界なんてものがあるのかは分からない。ただ、おそらく、思念のようなものは残るのよね。霊体とは、そういう存在。思念のようなものを、このルクレツィア全体に呼び戻しているのよ。おそらく、このネクロマンシーの力はこの世界全てに広がっているっ!」

 ルブルは吐き捨てるように言った。


 丁度、果樹園と大闘技場があった場所から、轟音が響き渡っていた。他にも、ルクレツィア宮殿の地下からも、戦慄き声が響き渡る。他にも、余りにも無数に、怨嗟の声が奏でられていた。



 サウルグロスは自身にしか聞こえない音楽によって、この世界を滅ぼさんとする。


 これまで、何百年もの余り、無残に、口惜しく死んだ者達は数多い筈だ。

 それらの思念は、この世界に残り続けている。


 サウルグロスは手に入れたネクロマンシーの力によって、彼らを再び現世に呼び戻したのだった。


「そうだな。俺はこの力の名を『イモータリス・フレアー』とでも名付けるとする。不死の行進は爆破物となって、辺りに消えない呪いを残すであろう。素晴らしい力だ。お前達はお前達の(カルマ)によって滅ぼされていくのだ」

 彼は彼にしか聞こえない、破滅を奏でる音楽に聴き惚れていた。


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