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第三十四幕 煤塵

 あの暗黒のドラゴン、サウルグロスは、倒れたのか?


 クレリックの長であるサレシアは、戦いによって負傷した者達を宮殿内にて回復魔法で癒やし続けていた。


 ザルクファンドは、その巨大な体躯を壁に背を持たれさせていた。


「とにかく、私達は傷付いた者達を癒やします。まだ、死体になっていなければっ!」

 サレシアはギルドのクレリック達に呼び掛けた。


 サレシアの付き人であるトロールの女が必死で、医療器具を運んでいた。

 怪我人達は寝台の上でうめいている。手足や顔の一部が欠損している者達もいた。全身の火傷により、そう、長くないであろう者もいた。


<サレシア殿>

 ザルクファンドは起き上がる。


「なんですか? まだ貴方は傷を癒やさなければなりませんよ」

<いや。奴の死体を確認してくる。終われば、みなで戦の勝利の祝福だな>

 そう言うとザルクファンドは、巨大な翼を広げて、宮殿の窓から飛び立っていった。



 ハルシャとガザディスは、周囲にいたオーロラのモンスター達が全て倒された事を確認する。幾つもの人間の頭と触手、鉤爪を持ったサンド・ワームだった。その異形の怪物達を二人は全て駆逐したのだった。


「サウルグロスは、倒れたのか?」

 盗賊の長、ガザディスは少し呆けたように言う。


「ああ。我々の勝利だ。ミント、彼女がよくやった。おそらく、あの幻の太陽を作ったのは、魔女ルブルのメイド。……メアリー、お前もよくやった。よく、やってくれた……」

 ミノタウロスの戦士は、戦斧を地面に下ろす。

 

 二人の周辺には、オーロラの怪物達の死骸が転がっていた。

 決着……。

 勝利、したのだ…………。



 ヒドラと闇の天使は、互いを見る。

 ラジャルもシルスグリアも、大地に倒れて焼死体として横たわっている蛇のような体躯のドラゴンの死体を眺めていた。


 そして、ラジャルはふと考えを巡らせる。


「念の為、死体を完全に消し飛ばしておかぬか?」

 彼は闇の天使に訊ねる。

 シルスグリアは頷く。

「そうだな。我らの手で、完全に滅しよう」

 闇の天使は槍を構え、魔力を込める。

 ヒドラも嵐と稲妻のエネルギーを空へと作り出していった。



 デス・ウィングは、廃墟の中にある朽ちた尖塔の上で彼らの戦いを眺めていた。そして、リンゴを手にして丸齧りする。


「もう、演劇の舞台は終わりかな。さて、私はこの世界を出るかな」

 そう言うと、彼女は大欠伸をする。



 竜王イブリアは、ミントをその背に乗せる。


「サウルグロスの死を確認しに行くぞ」

 イブリアはそう告げた。

 ミントは頷く。


 …………、誰もが、何か嫌な予感を覚えていた。

 手応えはあった。

 そして、確かにあの暗黒のドラゴンは大地に、見るも無残な焼死体となって地面に転がっている。だが、どうしようもない程の禍々しい空気が辺りに流れていた。


 しばらくして、ミントをその背に乗せたイブリアが、サウルグロスの死体へと辿り着く。周辺にあった森の木々や建築物などは全て膨大な量の熱によって溶かされ、後には、砂漠だけが広がっていた。


「ラジャルとシルスグリアは、死体を完全に滅するつもりだ。私達はそれを見届けよう」

 竜王は言う。

 その娘は頷く。


 ふと、ミントは気付く。

 サウルグロスの死体の周辺の空気が、酷く歪んでいる事に。

 そして、その歪みは、ミントが知っているある闇の魔力だった。

 彼女は、この力の正体を知っていた。

 あの忌まわしい異母兄が時たま使って、ミントの心を踏み躙っていたものだった。


「ミント」

 竜王イブリアは……。

 まるで、酷く嘆きに満ちた声で少女の名を呼ぶ。


「は、い」

 ミントは気付けば、唇を噛み締めていた。


 闇の魔力が、サウルグロスの死体へと集まっていく。

 まるで、それはマリオネット人形を操る、人形遣いのようだった。

 何か、巨大な漆黒の人型のものがサウルグロスの周辺に渦巻いている。


 その次の瞬間だった。

 ラジャルとシルスグリアの二人の攻撃が、サウルグロスの死体に命中する。

 周辺に、闇が、渦巻いていく。



 ルクレツィアにある、何処かの場所。

 戦いとは無縁の者達が、何か闇色のものに触れた。

 人間が、エルフが、オークが、ミノタウロスが、鳥人が、牛や豚といった家畜が、草花や樹木が、自然が、その闇に触れた。


 瞬く間に、彼らは闇へと呑まれていった。



 サウルグロスの死体に闇が集まっていく。

 無残な焼死体となったドラゴンの皮膚や肉、骨に、闇が肉付けされていく。ラジャルとシルスグリアの放った攻撃は全て、闇によって弾き飛ばされていった。


 全ては絶望へと塗りかえられていった。


 サウルグロスは、闇を全身に取り込んだ後に、再び起き上がり、空へと舞い上がっていく。


 死霊術(ネクロマンシー)


 サウルグロスは、既に仕組んでいたのだ。

 万が一、自身が討たれるような事があれば、自動的に自らをネクロマンシーの魔法によって甦る事を。


 ミントは知っていた。

 この魔力の正体を知っていた。

 そして、直感的に理解した。

 …………、ジャレス。

 何らかの形で、ジャレスがあの暗黒のドラゴンにネクロマンシーの秘法を教えたのだ。ジャレスは完全に裏切った。ミント達を、あの会合にいた者達全員を、そして、ルクレツィアに生きる者達全てをだ。


 黒く輝く赤緑色の鱗から、今や漆黒の体躯となったサウルグロスは、辺り一面を見渡す。


「俺は死んだか。ふうむ、不思議な気分だ。死ぬというのは、そして、俺は今、意識があるのか。しかし、これは中々、素晴らしい力の秘密だったな」

 暗黒のドラゴンはそう一人、呟いた。


 そして、その姿を見た全ての者達が気付いていた。

 この敵は、以前よりも、遥かにパワーアップして甦っているのだと。

 もはや、この敵に勝てる策など、全て突き果ててしまったのだと。


「さて。調子がいい。新たに生まれ変わった、この俺の力を試してみようか」

 サウルグロスは辺り一面を見渡す。


 無数の闇色の球体が、ルクレツィア中に溢れ返っていた。


「ふふっ、これは元々、この俺がよく使用していた暗黒の魔法だ。これにより、ルクレツィアは破壊する。だが、ネクロマンシーの秘術。果たして、これは何なのだ? 俺は試してみるぞ。この素晴らしき力をなっ!」

 サウルグロスは高らかに吠えて、自身が放った闇色の球体とは別にルクレツィア全土へと、死霊術の魔法を放ち始めた。


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