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第二十九幕 夜明け前、戦乱の後に。

 夜の闇が訪れ、敵の攻撃が止まっている。

 ドラゴン達も、何処かへと身を潜めているみたいだった。


 ハルシャは様々な人々の死体を見た。

 人々は、今だ、今の状況が分からないみたいだった。


「何が起こっているの」

 一人の人間の青年は薄笑いを浮かべながら、死体を眺めていた。

 彼は少しだけ、発狂しているようにも見えた。ただ、空を見て、薄笑いを浮かべている。


「戦乱が訪れた」

 ハルシャは、ただ冷たく事実を伝える。


「そうか。そうか、ついに、俺達は来世に行けるんだね。来世の極楽浄土の世界に……。そこには、幸福も不幸も無い」

「いや。……残念だが、来世などというものは無いかもしれんぞ。お前が今、見ているもの全てが現実だ」

 ハルシャは淡々と、その青年に説明する。


「俺は信仰を持っている……」

「そうか。俺も信仰を信じたかった」

 青年の眼の前には、無数の死体が転がっていた。既に、蛆やアリが集っている。きっと、この青年の眼からは、死んだ者達は、来世にて極楽浄土に行ったのだと考えているのだろう。

 青年は隠し持っていた短刀を手にして、自らの喉元に突き立てようとする。ハルシャは、とっさに止めようと思ったが、どうにもこの青年は刃を喉に突き立てる決心が付かず、震えているみたいだった。そして、彼は刃を投げ捨てる。

「俺の来世は、きっと、二人の女の子に囲まれているなあ。二人共、以前、失恋した子達に似ていて。実は本人の生まれ変わりだったりして」

 そう言いながら、彼は涙を流していた。


 そして。

 青年は瓦礫の炎を見ながら、再び、笑い続けていた。

 彼はきっと、この帝都の腐敗から眼を反らしてきたのだろう。


 ハルシャは大きく溜め息を吐く。

 サウルグロスに勝てる手立てがまるで分からない。

 消耗戦になれば、此方は確実に負ける。

 黎明棚のギルド・マスター、サレシアの助力によって、負傷した者達はクレリック達の治癒魔法で傷を癒やしているが、癒やし手達の体力も、いつまで持つか分からない。



 夜明けの明かりと共に。


 一陣の光が空に迸る。


 その光は、片手に大きな槍を手にしていた。

 二対の白と黒の翼を生やした天使だった。

 黒白の衣服を纏っている。


「我が名は闇の天使、シルスグリア。このオーロラの先にいる者よ。ルクレツィアを滅ぼさんとせん者よ。お前の名は何と言う?」

 天使は訊ねる。

 彼女は邪悪なオーロラをものともせず、その全身に纏った、眩い黒と白の光るカーテンによって、オーロラをかき分けていく。


 闇の天使シルスグリアは、善と悪の両方を織り成す天使であった。そして、この世界に新たな秩序と法を齎そうと考えていた。彼女は流血を恐れない。戦いを恐れない。これまで無数の命を殺めた事に後悔は無い。ただ、自らも、戦って朽ちる覚悟だけはあった。


 そうして、悪魔崇拝のギルドのマスターは、ルクレツィア全土に現れた強大な邪悪の下へと向かう。



 砲撃の音が鳴り響く。

 ミランダは血走る眼で、夜空を眺めていた。

 今こそ、力を示すべき時だ。


 我は帝都。あるいは、帝都こそが、我の家臣。

 ミランダは、その強大な支配力を具現化した怪物達を、夜明けと共に、出撃させるつもりでいた。


 この大都市に、帝都の力を示してやろう。


 彼女は巨人達、怪物達を動かそうとしていた。

 帝都は、どれだけ壊れるのだろう?

 ミランダにも予想が出来ない。

 だが、彼女はやり遂げるつもりでいた。


 彼女は自らの巨大な兵隊達に施された、魔術方陣の最終確認を行っていた。

 国家憲法の条約の言葉によって紡がれていく魔方陣。

 それが魔力を発し、この命なき機械に命を与える。


 ミランダは全力で、敵と戦うつもりでいた。


 自らの権力維持の為に。



「イブリア……。滅びの魔法を使う事を止めたか……」

 空高く伸びる大樹の頂上にて、四つの頭を持つヒドラは呟く。


「俺にはイブリアの力を制止する役目があった。他のギルド・マスター達にもだ。だが、今や、イブリアは、このルクレツィアを見限らないと誓った。ならば、この俺も動くとしよう。我が臣下の者達のみに、血を流させるわけにはいかぬからな」

 彼の背中から、彼の体重を支える為に、巨大な鳥の翼が生え出してくる。

 四つ頭のヒドラは、そのまま天空へと飛び立つ。

 彼は、それぞれの頭から魔力を迸らせる。


 必ずや、このルクレツィア世界に訪れた邪悪を討たなければならない。

 一体、戦乱の時代より、何百年の間、この世界を見守ってきたのか。


 ラジャル・クォーザにとって、彼の臣下は家族同然の存在だった。

 決して、これ以上の血を流させるわけにはいかない。


 空の月は、何故、こうも蒼く輝いているのだろう。

 星々が星座を作っている。

 きっと、この世界の外側にも、幾つもの世界が存在する。それは確かだ。帝都に住む者達は、みな別の世界に行きたがっていた。自分達の人生が、より豊かなものになると。そして、死んだ後、光の世界に包まれて、あらゆる幸福が与えられる、と。


 全ては、言葉だ。

 言葉によって、みな、呪われた。

 国家の腐敗は、言葉によって人々を苦しめた。……幸せな空想に浸っている時間は、何よりも楽しい。ずっとずっと、心穏やかでいたい。たとえ、この世界が確実に滅びへと向かおうとしている現実に直面していたとしてもだ。


 ヒドラの背中が盛り上がっていく。

 彼の背中から、巨大な鳥の翼が現れた。


「ふむ。しかし、此処を離れるのは、いつぶりくらいになるだろうな。もう何世紀も前の事かもしれん」

 そう呟きながら、ヒドラは天へと登っていった。



挿絵(By みてみん)


ラジャル・クォーザ&闇の天使、シルスグリア



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