第二十八幕 定命の者を見下ろす夜。
1
奥深い闇の中だった。
死の臭いばかりがする。
彼女は、密やかに、惨劇を楽しんでいた。
焼けた死体、倒壊した家屋。
人々の死。
その絶望と苦悶によって、彼女の心は満たされる。
デス・ウィングは、焼け落ちた集落の中を一人歩いていた。
彼女は周辺に、怪物達の気配を感じ取る。
オーロラによって、変貌した怪物達だ。
彼らは、元々は獣人や人間であった者達なのだろう。今や、全身から、触手や羽のようなものが生え、多頭になり、全身の皮膚が裏返っているものもいた。
彼らは、デス・ウィングを見て、憎悪しているのか、飢餓に飢えているのか。とにかく、彼女を狙っていた。
怪物達は、デス・ウィングへと襲い掛かる。
彼女は、薄らと笑みを浮かべる。
すると、怪物達が、次々と、細切れになっていく。
異臭を放つ肉塊が、夜露に塗れる。
「さてと。このまま歩けば、夜が明けてしまう。もう少し、早く行くか」
彼女は背中から、悪魔のような翼を生み出す。
そして、飛翔した。
†
途中、奇形化したドラゴン達に襲われる。
デス・ウィングは、そのドラゴン達の攻撃を避け、反撃する。
やはり、地を這う怪物達よりも、強力なモンスターと化している。
空全体が、グロテスクな景観によって彩られている。
風の刃が、一面に乱舞する。
彼女は一個の死となって、襲い掛かる怪物達を、空の塵へと変えていった。
彼女は、この惨状を作り上げた邪悪の下へと向かう。
やがて、オーロラの中心が近付いてきた。
ドス黒いオーラが渦巻いている。
そして、ルクレツィアの何処よりも、深い闇の下へと辿り着いた。
そいつは、ただ興味深そうにデス・ウィングを見下ろしていた。
2
「一体、お前は何者だ?」
デス・ウィングは、古の邪悪に訊ねる。
滅びのドラゴンは答える。
彼は、長い胴を揺らし、空から大地を嘲笑しているかのようだった。
「元々、この俺は、あらゆる異世界を放浪している者だった。戦乱の時代を生きている者達、平和な時代を生きている者達。俺は俺自身の力を試してみたくて、奴らの命を根絶やしにした事がある」
「ほう、そうか。いい趣味をしているんだな?」
「種族一つを絶滅させるのは、何よりも気分がいい」
邪悪は淡々と告げる。
「元々、俺は配下にした者達が苦しむのは、ただの暇潰しでしかなかった」
「つまり、お前は、手にした力を試してみたいだけなんだな。そして、どうしようもない程に残酷で残忍で、残虐だ。そして、冷酷非道」
大地が沸騰していく。
地盤に亀裂が走っているのだ。
やがて、地割れからは、溶岩が噴き出していく。
「もし、ルクレツィアの者達が敗北した、その時は…………」
デス・ウィングは、少しだけ考えてから、その先の言葉を発する。
「私と手合わせしてくれないか?」
デス・ウィングは静かに訊ねる。
ドラゴンは答えない。
好きなように、挑め、という絶対的強者の意思表示なのだろう。
デス・ウィングは話を続ける。
「ショーを見る為に役者達を皆殺しにされたのでは溜まったものではない。お前は舞台に上がってはいけない存在だった。せっかく、私はショーを楽しんでいたのにな」
彼女は、とても不愉快そうに言う。同時に、その声音には、何処か高揚を含んでいた。
「だが。正直、物凄く面白かった」
デス・ウィングは、素直に告げる。
「ほう?」
滅びのドラゴンは、意外そうに言う。
「お前の容赦の無い、ルクレツィアの破壊によって、私は沢山の不幸を見れた。炭化していく人間も、オーロラの怪物により食い殺される者達も、隕石と洪水により仮想の日常を壊されていく者達も、この私は他人の死を、他人の不幸を見るのを人生の至上の喜びにしている。多分、お前と私は似ているんだ。何処までも残忍で、何処までも、自分よりも弱い者に徹底して容赦が無い」
デス・ウィングは自嘲とも取れるような口調で言う。
「違うとするならば、私は自分の手を汚さない、という事だな」
「ほう、自らの手は下さないか」
サウルグロスの方も、少しだけ、デス・ウィングに関心を持ち始めた。
「じゃあな。お前が、お前と対峙する者達が、どのような熾烈な戦いを繰り広げるのか、楽しませて貰うよ」
†
もうすぐ、夜明けが来る。
「この国は、あらゆる信仰と、それを基盤とした、救済の為に、みな、生きていたな」
誰かを救いたいのなら、まず、自分自身が幸福になるしかない。
信仰に縋る多くの者達は、自分の不幸を周りに対して、伝染させているだけだ。
あの滅びのドラゴンは絶対的な、この世界の破壊者だ。
その絶対的なまでの不条理の前では……。
この世界に生きる者達全ての宗教、信仰は、何もかも、無力だった。
もし、お前がお前の道を進みたいのならば、私と正反対の生き方を行う事だな。きっと、そこにお前の目指しているものはある筈だ。
彼女は、盗賊団の長ガザディスに、あるいは竜王の娘ミントに、あるいは彼らと似通った精神を持つ他の誰かに問うように、呟く。
「憎しみの先に一体、何があるのだろうなあ……?」
デス・ウィングは、悪なる存在故に、正しき道に関しても分析しているかのように思える。彼女の思考が本質的には、彼女の破壊的な欲望でしかなかったとしても、彼女は正しき道を知って故に、敢えて自らを邪悪に染めているかのようにも思える。
……理解出来ない。
自分を愛せない者、自分を認められない者は、他の誰かを愛せたり、認めたりする事が出来るのかな? 自分を救済出来ない者が、他者を救済しようなどと、笑わせてくれる。まあ、一流の料理人は一流の料理の味も知っているって事だ。
「それにしても、残酷劇は、ふふっ、ある種の滑稽さ、喜劇さえ含んでいるな。なんでこんなにも、この荒廃した、この国の惨状は美しいのだろう?」
彼女は唇を歪める。
夜明けが来たのならば、見届けてやろう。
死すべき定めに生きる者達の行く道を、だ。
デス・ウィング




