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第二十七幕 獰猛な獣爪、グリーシャ 2


「私はジャレスが同じ時間、同じ場所で、生きて呼吸をしているだけで憎しみが湧き上がってくる。憎しみで頭の中がいっぱいになる。他に何も考えられなくなる」

 このクレリックの懊悩は、もうどうしようもない事なのだろう。


 何故、他人を憎んではいけないのか?

 憎む相手の生きる自由を潰してやりたい。

 死んでくれ。…………。


「憎悪は、枯渇しない泉のように、湧き上がってくるものよねえー」

 憎悪を撒く者、メアリーは、受胎告知の娘ミントにそう告げる。


「ジャレスを殺さなければ、私は前には進めない」

 そう彼女は言う。


「ドラゴン達との戦いの終結に、ジャレスを殺す。私は彼を憎む事で生きてきた。彼のようにはなりたくない、と。奴だけは殺さなければならない。それは彼に虐待され、拷問死した者達の為であり、そして、何よりも、私自身の魂の救いになる」

 彼女は強い決意で言う。


「そう。憎む事は、その道を生きる事よ? 私のように」

 メアリーは、……多分、この瞬間に、ミントと分かり合っていた。


 おそらく、元々は、ジャレスは、ミントにとっては大好きなお兄さんだったのかもしれない。けれども、幼い頃から全てを踏み躙られてきた。



「ジャレスは、私が苦しむ事になんて、何とも思っちゃいない」

 メアリーが思っていたよりも、ミントの闇は深いのかもしれない。幼い頃に愛情に飢えていた彼女に対して、眼の前で行ってきた血と死臭の景色。ミントも、彼によって、何処か壊れてしまった。


「私の憎しみは届かない…………」

 楽しそうに、嬉しそうに笑っている、彼の横顔がちらつく。

 何の為に、宮廷を抜け出したのか。

 何の為に、身分を偽って、弱小ギルドなるものを立ち上げようとしたのか。

 全てが藻屑みたいなものだ。


 自分は果たして何者であったのか。

 今、此処で証明するしかない。



 …………、…………、グリーシャは、ミントの記憶と思念に触れていた事に気付く。

 数分程度だろうか。

 おそらく、メアリーという女との会話のやり取りだろう。

 これが、ミントの想いであり、憎しみであり、怒りであり、そして……祈りでさえあった。そういった魔法をブレスに上乗せして、威力を底上げさせている。


 どちらも、湧き上がってくる、どうしようもないネガティブな感情であり、自らの存在を賭けて世界を否定する忌まわしき激情でしかなかった。


 マトモに攻撃を喰らってしまった為に、表皮は焼け、火傷は肉まで焦がしている。

 グリーシャは、咆哮する。

 そして、彼女もまた、口から吐息を吐き散らして、空に舞う金色のドラゴンへと向けていく。

 ドラゴンは、グリーシャの口から解き放たれたエネルギーの塊を受け止めていた。それは、黒い炎の姿をしていた。


「これが、貴方が受けた憎悪、呪詛。これが貴方がこの世界へと向けた、憎悪、呪詛か」

 ドラゴンは告げる。


 ミントは、ジャレスを憎悪し、世界を憎んだ。そして、その感情を隠して、生きた。

 グリーシャもまた、自らが半獣人であるという事を憎悪し、呪詛し、生きた。

 二人の運命は、まるで違うものとなった。

 一体、何が違ったのか……、本質的には、何も違わなかったのかもしれない。


 もはや、二人は、互いの記憶から呼び覚ます思念さえも、その攻撃のエネルギーへと変化させて、互いにぶつけ合っていた。


 ミントは、口腔から、炎と稲妻の入り混ざった吐息を吐いていく。

 グリーシャは、闇色の炎で応戦する。


 家屋が破壊され、燃え上がっていく。

 大地が焼き尽くされていく。

 焼尽が渦と化して、辺り一帯の廃墟を焼いていく。


 グリーシャは跳躍する。

 もはや、その姿はグロテスクだが、雄大ささえ思わせる強大な怪物へと変化していった。家屋数軒程の大きさがある。


「来い。焼き滅ぼしてやる」

 ミントは上空から、その怪物を見下ろしていた。

 怪物と化したグリーシャは……。

 口腔から、全身全霊の闇の吐息をミント目掛けて打ち放った。

 辺りの空間が歪んでいく。

 グリーシャの能力である、周辺の存在を“麻痺させる”力も加算されて、崩れていく、尖塔などが、スローモーションで大地へと落下していく。


 ミントの放った、炎と稲妻のブレスも、ゆっくりとグリーシャへと向かっていく。グリーシャは勝ち誇ったような顔をしていた。


 だが……。


「気付いたんだけど」

 ミントは言う。

「貴方の能力。自分自身の周辺にも作用するわね?」

 グリーシャは辺りを見渡す。


 大量の家屋が、ゆっくりと、グリーシャの方向へと倒れていく。

 グリーシャは、その攻撃から逃れようとする。

 

 ミントは、先に炎の渦によって、グリーシャを閉じ込めていた。炎はスロー状態になり、勢いこそ、ゆっくりだが、……グリーシャは、炎を突破するつもりでいた。


 だが。

 炎の先には、岩盤が、家屋の残骸があった。

 そして、遅い、スロー状態となった炎の攻撃が、ゆっくりとグリーシャの肉体を焼いていく。ミントは口腔から追撃を放つ。全身全霊で、グリーシャの逃げ場を塞いでいく。炎が檻となり、家々の残骸が檻となり、稲妻が檻となっていく。


 グリーシャの放った能力が、ゆっくりと、周辺の攻撃の動きを“麻痺”させていき、炎は消し飛ばす事が出来ず、稲妻は弾き飛ばされず、彼女の皮膚を、肉を焼いていく。


 残骸の中から、黒い炎が放たれた。

 今までよりも、数倍、巨大な炎の球だった。

 ミントは…………。

 既に、用意していた、クレリックの杖によって凝縮させた魔法を解き放つ。

 更に、数倍強力な炎と稲妻のエネルギーによって、グリーシャの黒い炎を跳ね返していく。グリーシャの攻撃は、そっくり、そのまま、彼女自身へと返っていく。ミントの全力の魔力が、彼女へと降り注がれる。


 †


 ミントは脱いだ服を着る。


 そして、焦土と化した場所へと向かう。

 そこには、炭化して黒い骸骨となった、かつて獣耳の少女だったものの姿があった。


「さてと。……、メアリーとルブルの処へと戻らない、と……」

 ミントは疲労による眩暈を抑えながら、二人のいる廃屋へと向かっていった。

 夜明けまでに、ほんの少しでも、眠っておかなければならない。


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