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第二十七幕 獰猛な獣爪、グリーシャ 1


 グリーシャは。

 有無を言わさず、夜襲を仕掛ける事にした。


 これで、メアリーを討ち取るつもりでいた。

 そしてあわよくば、魔女と受胎告知の娘も殺害するつもりでいた。

 寝首を掻くのが、一番の狩りの手段だ。

 それが、一番、有効な手立てである事を彼女は知っていた。


 

 ミントは、夢に(うな)されていた。


 夢の中で、ジャレスの殺戮が現れては消えていく。

 先程の戦闘においても、ジャレスの姿はおぞましいものだった。


 ミントは、異母兄ジャレスが、敵であるドラゴンを楽しんで殺害する光景を眼にするだけで、ジャレスに対する殺意が湧き上がってくる。


 メアリーは悪という存在そのものを体現している。

 帝都もまた、悪という存在そのものを具象化している。


 世界を憎み続けるとは、何故、こうも孤独なのだろう?

 他人を憎み続けるというものは、何故、こうも自傷的なのだろう?

 けれども、在りのままの、この世界を受け入れるという事は、邪悪を受け入れるという事に他ならないのだ。


 忘れるという事も出来ない。

 むしろ、忘れられない。


 幼い頃に植え付けられたもの。

 自分自身の人生を決定してしまったもの。


 そう。


 今は、ジャレスを赦すべき時ではない。

 彼の不幸によって、あるいは、彼の死によって、全ては償われる。死でさえも、生温いが、いつか倒してやる。

 何かを憎んでいる時でしか、この世界を愛せそうにない。

 怒りに打ち震えている時、この世界に自分の居場所があるような気がして、この世界の中で少しだけ、居心地が良くなる。


 ミントは夢うつつの中で、そのような事を考えていた。

 眼をこすり、現実に帰る。

 

 メアリーとルブルの二人は、二つ離れた部屋の奥で眠っている筈だ。

 ミントは気付く。


 ふと。

 何者かが、這い寄ってきている。


「誰?」

 ミントは闇に問う。

 そいつは、気付かれてしまった事に、舌打ちしたみたいだった。

 

 そいつは、片手に、何かの得物を手にしていた。


 ミントは……。

 咄嗟に、周辺に稲妻の魔法を迸らせる。


「私達が寝ている隙に、喉笛を切ろうとしたわね?」

 彼女は訊ねる。


 ミントは、稲妻を丸い球体の形へと変えていく。


 ルブルもメアリーも、疲弊により、眠りに付いている。

 このタイミングを狙ってきたのだ。


「卑怯者」

 ミントは、率直な感想を告げた。


 闇の中の侵入者は、笑い転げた。


「ひひひひっ、くくくくくっ、よくぞ、このグリーシャ様の気配を感じ取りましたねえぇ。今から、バラしてやるよ。うひひひひひっ」

 影が少しだけ移動し、稲妻の光に近付く。


 頭から猫耳を生やした獣人の女だった。

 彼女は舌舐めずりをする。舌はピアスによって装飾されている。


「私の作った稲妻の球体。……、幾つか、弾け飛んだ……。何をしたの?」

 ミントは訊ねる。


「さあ? 何で御座いましょうねえ? うひひひひひひひっ!」

 グリーシャは、空中でナイフを振るう。


 ミントは……。

 口の中で魔法を詠唱して。

 周辺に、炎の渦を巻いていく。


「炎の一部の動きが鈍い……、そうか、……貴方……」

 ミントは確信する。


「何をしているのか分からないけど、周辺に“麻痺する何か”を散布しているのか。それは魔法? ルブルやメアリーのような得体のしれない能力? おそらく、人体に触れれば、動きが鈍磨するわね」

 ミントは、グリーシャの動きを、じっくりと観察していた。

 一撃で、喉を切り裂こうとしている。

 刃には、毒が塗られているかもしれない。


「その刃、……泥に浸しているのか」

 ミントは呟く。

「あわよくば、破傷風で傷を化膿させる為に…………」

 ミントは、敵に訊ねる。


 …………、本命は刃の方では無いだろう。

 まだ、何かを隠し持っている。


「小細工は止めて、全力で来なさい」

 ミントは言い放つ。

 あの二人は、二つ隣の部屋で眠っている筈だ。

 メアリーとルブルを起こさないように。彼女達には、存分に休息して貰う必要がある。この敵はミントが始末するつもりでいた。


「あんた、ドラゴンの血が流れてるでしょう?」

 襲撃者は、いきなり訊ねた。

「臭いで分かる。ドラゴンの臭いがする、うひひひひひ」

 それを聞いて、ミントは不快な顔になる。


「貴方の目的は何?」

 ミントはおもむろに訊ねた。


「私は帝都を良くする事。その為に、この戦いが終われば、帝都を腐敗させ続けた者達とも闘う。貴方の目的は何?」

 ミントは、自分自身の存在に関わる事を話す。


「この、グリーシャ様は、人間と獣人の間に生まれた。被差別種族だった。お前達を殺せれば、私はサウルグロス様に有用とされる。くくっ、私はドラゴンの子供を産む。サウルグロスの子を産みたい……、彼の愛人になれば、これで、私はこの世界に、私の有用さを認めさせる事が出来る」

 彼女は腰元から、もう一本の刃を取り出す。

 刃は二本になる。


「愚かね」

 ミントは冷ややかに言う。


「お前、イブリアの臭いがする。イブリアの血縁者か?」

「イブリアは、私の父親」

 ミントは決意を胸に、告げる。


「へへへぇ? ひひぃ? 私は、最初、イブリアの愛人になろうとして、近付いた。でも、あいつ、きっと勃たねぇよ。不能者はいらねぇ。グルジーガは気持ち良かったねぇ。奴は戦死してしまったが。やはり、本命はサウルグロス。竜の種が、あたしは欲しい」

 グリーシャは、品性下劣な事を言い放つ。


 ミントは頬をひく付かせる。

 そして、……気付く。


「ドラゴンと交尾するつもり? 貴方の体躯じゃ…………」

 ミントは、気付いた。


 グリーシャという女。


 真の姿を持っているのではないのか?


「変身出来るの?」

 ミントは、首を傾げた。


 グリーシャの全身の筋肉が膨れ上がる。

 そして、グリーシャは全身全霊で狩りの姿勢を取って、ミントの喉笛を刻もうとした。ミントは…………。

 背中の筋肉を盛り上げる。

 肩甲骨の辺りから、翼が隆起していく。


 辺り一帯を光の稲妻で満たす。


「こちらに来なさい。部屋の奥には行くな。下劣な淫乱女っ!」

 ミントは、稲妻を操作して、グリーシャの背中へと放電させる。グリーシャの背中が焼け焦げていく。グリーシャは、怒りで、ミントの方へと向き直る。

 ミントは割れた窓の辺りにいた。

 ミントの背中から、金色のドラゴンの翼が生えていた。

 そして、右手には、魔力増幅の為の、クレリックの杖を手にしていた。


「私はドラゴンの血を引いている。貴方が羨ましかった。最強の種族のね。そして、私はイブリアの娘。父の侮辱を晴らす為に、お前を討つ」

 そう言うと、ミントは、夜の空へと飛び立つ。


 それぞれが、邪悪なドラゴン、サウルグロスと、聖なるドラゴン、イブリアの代弁者として、二人は、夜闇の中、お互いの首を落とすべく戦いの火花を燃やした。



 二人は、廃墟の壁と、壁に着地していく。


 稲妻が迸り、闇を裂いていく。

 グリーシャは、跳躍しながら、壁に張り付いていく。


 気のせいか、グリーシャの肉体が徐々に変形しているように見えた。


「貴方の全力で来なさい」

 ミントは杖に魔力を込めていく。


「竜の吐息でお前を焼き滅ぼしてやるわ」

 ミントの口腔の奥に、炎が灯る。

 ミントは、小さく炎の息を、杖の先端に拭き掛ける。

 すると、クレリックの杖の先端は燃え上がった。


 炎が渦となって、更に、ミントの得意な稲妻の魔法がドラゴンの吐息に加わり、そのエネルギーが、グリーシャへと向かっていく。


 グリーシャは、両手の得物を投げ捨てた。

 そして、両手で、ミントの放った攻撃を受け止める。


「ひひひひっ、これが、ドラゴンの力。そうか、あたしはずっと、この力が欲しかった。捕食者達の頂点、生命の頂点、誇り高き種族。暴力の象徴。強大な怪物の象徴。ドラゴンという種族の力がっ!」

 グリーシャは、それを口に放り込んでいく。

 彼女の全身が焼け焦げていく。


「イブリアの娘。てめぇには見せてやる。このグリーシャ様の本来の姿を、てめぇを捕食してやる。胃袋に収めてやる。脳を貪り、骨をしゃぶってやる。さぞ、美味なんだろうなああああああああああああああああああっ!」

 グリーシャの肉体が膨れ上がっていく。


 やがて、それは巨大なライオンとも虎とも付かない、怪物へと変身していった。

 かなりデカい。

 建物一戸建ての半分くらいの大きさを有しているんじゃないのだろうか。おそらく、体躯を多少、自在に変える事が出来るのだろう。


「ふうん? その姿なら、確かに、竜と交われるわねえ?」

 ミントは、失笑していた。


 獰猛な爪と牙を有している怪物だった。


 ミントは魔法の詠唱に掛かる。

 口から出す呼気を杖へと吹いていく。

 杖が燃え上がっていく。


「私も変身するわ。おそらく、これが、本来の姿なのかもしれない」

 ミントは、廃屋の一つに降り立つ。

 そして、服を脱ぎ始める。


「魔法で伸び縮みする服とか欲しいわね。以前、ジャレスと戦った時も、不完全とは言え、変身したから、服の所々が破けた……」

 闇の中、少女は強大な種族へと変身していく。


 グリーシャは、金色の光が辺り一面に輝くのを見ているみたいだった。


 空高くに、黄金色の姿をしたドラゴンが舞う。

 ジャレスと戦った以前よりも、巨大で、そして神々しささえ兼ね備えていた。


 ドラゴンと変化したミントは、グリーシャを見下ろす。


 そして、有無を言わさずに、稲妻のエネルギーを有した吐息(ブレス)を放っていく。

 グリーシャは、ミントを見上げながら、怒りに打ち震えていた。


「あたしは下、てめぇは、上ってか。あああああああああああああああああっ!」

 獰猛な獣と化した獣人の女は叫び、狂う。

 そして、空高くへと跳躍していく。

 一撃目のブレスは避けたが……。

 二撃目のブレスが、グリーシャの全身を焼き焦がしていく。


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