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第二十六幕 災厄の黄昏と夜の帳。1


 クレリック達のギルド・マスターである貴婦人サレシアは、傷だらけのドラゴン、ザルクファンドの治療に当たっていた。

 宮殿の付近だった。


「翼が裂け、左後ろ脚が切断され掛かっている。他にも裂傷、骨折は多いわ。一体、どんな攻撃を受けたのかしら?」

 彼女は訊ねる。


 ザルクは、何とか言葉を話そうとする。


「サウルグロスの攻撃だ。奴の攻撃を防ぎ切れなかった。俺はすぐに戦線復帰する、奴の力を防げる奴は少ない筈だ」

「駄目ですよ。もう少し、治療しなくては……………、貴方は死んでしまいますわ」

 サレシアは厳しい口調で言った。


「もうすぐ、巨大な災厄を起こすだろう。俺は奴の思考が手に取るように分かる。俺だったら、どうするべきか。そう考えるのだから。……既に、彼に盲信的なドラゴン達の多くは倒され、彼に懐疑的であり、俺の側にいたドラゴン達も、此方側に付くだろう。おそらく、手遅れになる」

 彼は強い信念を持って、仲間のドラゴン達を救いたがっているみたいだった。



 同時刻だった。


 ハルシャとガザディスの二人は、オーロラによって変容した怪物達を退治していた。ドラゴン達は二人を攻撃せずに、二人に加勢する者や、サウルグロスから攻撃を受けたザルクファンドを探す者。そして、その場から離れる者もいた。


 みな、何処かで、サウルグロスには懐疑的だったみたいだった。

 更に、ヴァルドラの敗北を知り、サウルグロスの元に向かった者達もいた。だが、ドラゴン達は、もはや用済みとされてしまったのか、サウルグロスの手によって、次々に殺害されていった。

 サウルグロスは、自分以外は利用対象でしかなかった。

 ザルクファンドの警告は完全に的中していたのだ。



 サウルグロスは、巻物(スクロール)を読み上げながら、ルクレツィアの都市を眺めていた。ドラゴン達はサウルグロスを疑い、ちりぢりになり、一部はルクレツィア側に味方する者達も出てくるだろう。そして、彼の信者であったドラゴン達、特にヴァルドラが敗北し、オーロラによる怪物達も、次々と倒されていった。更に、今回の侵略において将軍を任せたグルジーガも敗北したと聞く。


 ……全ては、計画の範囲内だった。

 そうでなければ、意味が無い。

 そうでなければ、面白くなかった。


「面白いぞ。ルクレツィアよ。お前達に相応しい末路を与えてくれようぞ」

 彼は魔法の詠唱に入る。

 それは、とてつもなく邪悪な呪法であった。

 同時に、彼はスクロールを読み上げて、別の魔法の詠唱を行った。


 すると、砂漠の所々にあるオアシスの水が氾濫していく。


 これにより、大洪水をルクレツィア全土に押し掛けるつもりだった。


「さあ。愚かなる卑小なるもの共よ。まずは、これに耐えて貰おうかっ!」

 オアシスの水は氾濫し、そして、大洪水が引き起こされる。

 それは、ルクレツィアの都市部に、津波のように押し寄せていった。


 サウルグロスはほくそ笑んでいた。

 第二撃を放つ準備は、既に終わっていた。



 ハルシャとガザディスの二人は、オーロラによって変貌した怪物達を、次々と打ち倒していく。彼らを監視していたドラゴン達は、しばし困惑していた。


 そう、結束した者達は、みな成果を上げていったのだ。

 

 変容した怪物達は、様々な生物がベースになっていた。砂漠のモンスターから、人間やエルフ、オーク、その他の獣人達。他にも、アンデッド達。彼らはオーロラによって、より異形の怪物へと変貌していった。


 翼あるものは、翼が腕のように代わり、四足歩行の怪物達は頭が多頭になり、全身から軟体動物の触手を生やしたり、身体がアメーバのようになっているものもいた。

 おそらく、進化の姿を徹底的に冒涜的にした形状が、オーロラの力なのだろう。


 ドラゴン達は、遥か空の高みから、オーロラの怪物達を眺め、そしてそれらを打ち倒す英雄達を見て、息を飲んでいた。

 途中から、襲い掛かる怪物の軍団が、ドラゴンではなく、異形の奇形のモンスター達に代わってもなお、何も問題なく、ルクレツィアの代表者達は戦い抜いていた。天空樹のエルフとコカトリスの二人の活躍も凄まじいものだった。彼らは毒の爪と刃にて、次々と、異形のクリーチャー達を打ち滅ぼしていった。


 その雄姿と奮迅ぶりを見て、ドラゴン達は、次第に戦線から遠ざかっていった。指揮をする者も、とうに倒されてしまっていた。ザルクファンドは、黒き鱗を裏切り、グルジーガは倒された。ドラゴン達は、完全に困惑していた。

 そして、遠目に見ても、異常なまでの強さを放つ、不可視の剣を手にしたジャレスという青年の強さは凄まじかった。一人で先駆のドラゴン達を薙ぎ倒した後に、後ほどやってきたオーロラの怪物達を、まるで散歩でもするように、数体を斬り伏せ、鼻歌を歌いながら、数十体を細切れにし、嬉しそうに数百体の怪物達を皆殺しにしていた。


 ドラゴン達は、空高くから、その光景を見下ろしていた。

 もはや、実行部隊の隊長をしていたヴァルドラも戦死してしまっている。


「どうする?」

「ザルクファンド将軍が帰ってこないな」

「我らはどうする? サウルグロス殿の下へと向かうか、こやつらを焼き滅ぼすか」

「では、サウルグロス様の処に一度、戻ろう」

 ドラゴン達は、翼を広げて、サウルグロスの下へと向かっていく。


 その時だった。


 巨大な大津波が、こちらへと押し寄せてくる。


「なんだ? あれは?」

 ハルシャは唸る。

 ガザディスは、数瞬後、防御魔法を唱え始めた。

 村が、街が、その津波によって飲み込まれていく。

 巨大な災厄によって、ルクレツィアが破壊され続けていく。


 津波の後には、大旋風が巻き起こり、都市が壊滅していく。

 西にいた者達は悲惨だった。

 次々と、サウルグロスの引き起こした魔法によって悲惨な死を迎える事となった。……幸い、東の辺りで戦いを挑んでいた、ルブルやメアリー、ミント達には、津波や大竜巻の脅威は辿り着かなかった。



 サウルグロスは、血走る眼で、ルクレツィアの様子を眺めていた。


「お前達にも、余計な知性はいらぬな。もう邪魔だ」


 ドラゴン達の中で、サウルグロスの下に戻った者達は悲惨だった。

 もはや、配下のドラゴン達を用済みと判断したサウルグロスは、ザルクが警告したように、ドラゴン達も、オーロラの餌食に変えていった。

 オーロラを浴びたドラゴン達は、背中から大量の腕が生える者や、頭が二つや三つに分かれるもの、全身が口だらけになるものなど、様々な異形へと変わっていった。


 そして…………。


 突然の事だった。

 げらげらと、ルクレツィアのあらゆる場所で、嘲笑とも、嘆き声とも、発狂の笑いとも分からない、様々な声音が大音響で鳴り響く。結束したギルドの者達全員が、その狂気に満ち満ちた嘲り声を聞く事になった。


 ハルシャは、その声を聞いた。そして、怒りに打ち震えた。

 ガザディスは、その声を聞いた。深い悲しみが湧き上がってきた。

 ミントは、その声を聞いた。悪寒が背筋を走った。

 メアリーは、その声を聞いた。少しだけ、その非道さに嫉妬を覚えた。


「もう。貴様らは用済みだ。この次元などもはやゴミだ。この俺がこのルクレツィアのエネルギー源である強大な太陽の力を手に入れる事が出来たのだからな。全ては時間稼ぎに過ぎない。この俺自身を更に高める為のな。道具に過ぎない」

 サウルグロスは冷たく言い放った。

 彼の眼の前にあった、巨大な謎のスクロールは消えていく。


 もはや、このドラゴンは、ルクレツィア全てにおいて他の誰よりも邪悪極まりない存在だった。配下であり、同胞である筈のドラゴン達をオーロラの餌食にしていき、その行為に関して、彼は何の躊躇も抱いていないみたいだった。


「ボルケーノの黒き鱗の王こと、オーロラ。そして、竜王イブリアの力が及ぶ永久凍土に照らされる空の太陽。それら二つの力により、この俺は更なる大いなる存在へと変わる。また、一つ神へと近付く事が出来るのだ」

 サウルグロスは、高々と叫ぶ。

 そして、もはや、とうに落ちた筈の太陽を、その手に構えていた。

 灼熱のエネルギーが、彼の前脚の両の掌の中にはあった。



 もはや、サウルグロスは、この次元のどのような存在よりも邪悪だった。

 死霊術師ルブルよりも、憎悪を撒く者メアリーよりも、暗黒魔道士シトリーよりも、悪魔の将軍ロギスマよりも、奴隷商人カバルフィリドよりも、権力装置ミランダよりも、暴君の子息ジャレスよりも、より邪悪であり、非道であり、悪というものを結晶化したような存在と化していた。



「素晴らしい。これが竜王イブリアの力か」

 彼は前脚を天空に掲げる。


 光の柱が大地に舞い降りる。

 人々が、アンデッドが、オーロラにより変容した者達が、光に呑まれて、そして粉微塵に消滅していく。


「試しに、この次元にいる者を一人残らず屠ろうぞ。生きとし生けるものが何一つとして存在しない次元へと変えてやろう。我が力の露払いとなるがいいっ!」


 およそ、悪というものは、何によって定義されるのであろうか。

 だが、サウルグロスは、己を悪と定義しない。

 彼は、己をあらゆる世界においての王だと、頂点を目指す存在なのだと定義する。

 

 夜が明けるまで、待ってやろう。

 夜明けと同時に、この世界は、滅ぶのだから。

 この世界に生きる者達全員が、人生最期の夜を迎えるだろう。

 サウルグロスは、自らの中に流れ込んでくる、二つの力を自らと融合させる為に、全エネルギーを使っていた。彼の計画が遂行されれば、夜明けと共に、ルクレツィアは滅ぶ。



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