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第二十四幕 滅びのドラゴン達。5


 何故、こうなってしまったのだろう?


 グルジーガは、しばし戦いの最中に頭を悩ませていた。


 眼の前にいるのは、卑小な人間とウシアタマの獣人でしかなかった。

 グルジーガは、リザードマンの中でも、強大な力を持つ恐竜の血を引く怪物だった。彼は物心付いた頃から、周りに畏怖されて、火山の下を生きていた。

 火山の世界は、弱肉強食である為に、弱い者は、強い者達のおこぼれを頂き、時には、獲物にされながら、生きるしかなかった。


 本来ならば、グルジーガにとって、自らが火山の王に相応しい存在だと思い込んでいた。だが、火山の山頂辺りに住まうドラゴン達の姿を見て、彼は心の底で、惨めな気分になっていた。やがて、いつしか、火山には秩序のようなものが生まれて、ドラゴン達が火山を支配し、そして“他の世界からやってきた”と述べるドラゴン、サウルグロスが現れた。そして、ドラゴン達の中で、もっとも尊敬されている者の一人であるザルクファンドと共に、ルクレツィア侵略の将軍に任命された時に、此れまでの人生では数少ない喜びばかりがあった。


 何としても、黒き鱗の王と、王の言葉を代弁するサウルグロスに命に応えたかった。



 グルジーガの眼の前に立つ、人間の男は、彼の巨大な戦槍を、難なく、さばき切っていた。矮小で、余りにも、ちっぽけな存在でしかないと思った、たかだか、人間種族が、かつて、故郷において、王を目指した強大な己の力を苦にもしていないのだ。


「なんなのだ? お前はっ!?」

 グルジーガは、少しだけ後ろに下がる。


 盗賊達の長だと名乗った男は、この恐竜の獣人の攻撃を、魔力の籠もった大剣によって、何度もさばき切り、


「ハルシャッ! 今はどうだ? 動けるか!?」

 ガザディスと名乗った男は、後ろのミノタウロスに訊ねる。


「駄目だ。徐々に、身体が重くなっている。何かしら、全身の力を封じる魔法か何かを仕掛けられたみたいだ。頭も、少し、くらくらする。あの獣耳の女だな」

「俺一人では、この怪物は厳しいな。お前の肉体の状態が回復したら、援護して欲しい。正直、この怪物は俺一人では手に余る」

 そう言いながらも、この男は、グルジーガの攻撃を見事にさばき切り、更に、何度か、グルジーガの皮膚に、傷を付けていた。


「お、おのれ、この俺様が、この俺様は、黒き鱗の王の将軍なのだ、ぞっ!」

 恐竜は咆哮し、自身の持つハルバードに強大な魔力を注ぎ込む。


 グルジーガの認識においては。

 絶対的な強者と、絶対的な弱者の関係がある筈だった。


 ガザディスは跳躍し、グルジーガの頭を蹴り飛ばす。そして、そのまま、空中で一回転して、グルジーガの肩に剣を振り落とした。

 大剣が、深々と、グルジーガの肩へとめり込んでいく。山や森の樹木のように、緑色に光輝く、魔力が、その大剣は注ぎ込まれており、そのエネルギーが、グルジーガの全身を駆け巡り、更なるダメージを加算させていく。

 恐竜は咆哮する。

 そして、ハルバードに魔力を込めて、辺り一帯へと、稲光を放電した。


「卑小な生き物よ。何故、貴様は、我々の軍団に立ち向かえる!?」

 グルジーガは、悲鳴のように、ガザディスに訊ねた。


「守るべき者、守りたい者があるからだ。そして、これは俺の償いの為の戦いだからだ。俺は守れなかった者達の為に、お前らを命を賭して倒さなければならないっ!」

「そうか。…………」

 グルジーガは、全身から魔力を放出させようとしていた。

 彼の全身から生まれる雷が竜巻をも発生させ、それが、彼の肉体の強靭な防御壁へと変わっていく。

「だが、小さき者よ。貴様も、もう終わりだ。この俺様の手によって、貴様は無残に屠られる。大地の五臓六腑を撒き散らすがいいっ!」

 恐竜の獣人は、一個の大竜巻となって、ガザディスの下へと向かっていった。

 辺り一帯の瓦礫が、残った建物が粉微塵に崩れていく。


 何かが、放り投げられた。


 それは、大竜巻となったグルジーガの風の隙間を縫って、放り投げられたものだった。

 戦斧だった。

 それが、グルジーガの脇腹へと深々と突き刺さっている。


「右腕だけは上手く動かせた。ガザディス、今だっ!」

 少し離れた場所で、ミノタウロスの青年が投げ付けたものだった。


「なああああああっあああああああっ!?」

 グルジーガは、一瞬、全身に張った竜巻の防御壁を解除してしまう。


 その隙は、完全に付かれてしまった。

 グルジーガの脳天に、大剣が、叩き込まれる。

 恐竜の獣人は、昏倒する。


 更に、追撃として、背後から頸椎を切り裂かれた。

 グルジーガは、何かを叫び、地面に倒れる。


 ドラゴン達は上空から、この戦いを見ていた。


「凄いな。人間よ」

 ドラゴンの一体が、素直に賞賛の言葉を放つ。


「ハルシャ? 身体の方はどうだ?」

 ガザディスは背後の仲間に訊ねる。

「全身が麻痺しているな。だが、徐々に回復している箇所もある。左足も動き始めている。あの獣耳の女、そういう力を使うのだろう」

「そうか。回復は、もう少し、時間が掛かりそうか」

「ああ、そうだ。足手まといで済まない」

「そんな事は無い」

 ガザディスは微笑む。

 そして、盗賊の戦士は、上空を見上げる。


「お前達も、この俺とやるか?」

 彼は訊ねた。


「ザルクファンドは、俺達の気高き同胞だ。彼の言葉を尊重したい」

 ドラゴンの一体が言う。

「ああ。サウルグロス様を……この俺も完全に信用し切れていない。ザルクの言っている事はもっともだ。あのオーロラは、俺達、ドラゴンの手にも余るものになるだろう。サウルグロス様は、我々の世界、火山の大地『ボルケーノ』に現れた時、我々をまとめ上げたが。あの御方の思考は、我々、他のドラゴンにも分からない。そして、火山の主とされている、黒き鱗の王の実体も分からない」

 彼は、あるいは、彼らは、明らかに迷い、混乱しているみたいだった。

 ザルクファンドは、それだけ、ドラゴン達の間で、発言力と信頼があったのだろう。


 ガザディスは、少し、深呼吸し、自信の考えを、再び述べる。


「ドラゴン。この俺は……、ルクレツィアを憎んでいる。権力によって統治され、弱き者達がただひらすらに搾取され、殺されていく世界をだ。もし、仮に、お前達が、ルクレツィア帝都よりも、ルクレツィアに良き秩序をもたらすのならば、俺はお前達と和解してもいい」

 ガザディスは、先程、述べた主張を覆すつもりは無いみたいだった。

 そんな彼の言葉を、ハルシャは苦々しく聞いていた。


「俺は、それでも構わない」

 全身から青色のオーラを放つ、ドラゴンの一体が言った。

 彼の言葉を聞いて、他のドラゴン達が、彼に視線を合わせる。


「サウルグロス様の総力戦によって、我らの中でも、多大な犠牲が生まれるだろう。俺は、それが耐えられない。我々には、同胞に対する絆がある。我々、ドラゴンは食物連鎖の王という思想を信じている。だが、それは……ゲス極まりない、猿人や、奴らの作り上げた、食人を行う人間達の行為と同じではないのか? 猿人達は、他種族を犯し、奴隷へと変える。我々、誇り高き、種族はそうあってはならない」

 そのドラゴンの言葉を聞いて、他の者達は、少し黙る。


 ガザディスは、ふと思った事を、誰にともなく、告げる。

 まるで、それは独り言のように、己自身に問い掛けるように。


「なあ。他種族同士、共生して生きていく事は可能なのか? 異なる思想や信仰を持つ者達同士、同じ世界で共に生きていく事は可能なのか? 俺達、人間は、同じ種族同士でも、殺し合い、虐待し、迫害し、踏みにじっていく。何故、みな、分かり合えないのだろう?」

 彼は、空に向かって問い掛ける。

 曇天の空は、晴れ、太陽が輝いている。

 もう、黄昏の時間だ。

 やがて、闇が世界を覆い尽くすだろう。



「とにかく。ザルクファンドを待つ。弱き者達よ、地を這う者達よ。我々は、答えは、彼の言葉によって、決める」

 ドラゴンの一体が言った。

 そして、そのドラゴンは、更に、言葉を付け加えた。


「これは、戦争なのだ。戦争には、何らかの決着を付けなければならない。我々にとって、これは、聖戦なのだ。我々の誇りを取り戻す為のな」

 そのドラゴンの言葉の裏には、明らかに葛藤のようなものが見え隠れしていた。



「あの怪物の次元歪曲の防御壁(バリア)の中へ、私の幻影で攻撃出来るか、試してみるわ」

 少しの話し合いの結果、先陣を切るのは、やはり、メアリーという事になった。


 あれから、冒険者ギルドの者達や、戦士ギルドの者達などが、再三、現れて、塔の上へと居座るドラゴンに挑もうとしたが、やはり、無残に散っていった。


 ルブルは、ヴァルドラによって倒された、今だ四肢を残している何名かの冒険者ギルドの者達もアンデッドへと変えて起き上がらせていく。その非情かつ、倫理観を欠いた行為に関して、ミントは、不快感を今だ拭い切れずにいるみたいだった。


「私が出来る事は何かあるかしら?」

 ルブルは、メアリーに訊ねる。

「ヴァルドラの攻撃を、弾き飛ばし、他のドラゴン達の襲撃を、引き続き、せき止めて置いて欲しい」

 メアリーは、ミントの顔を凝視する。


「貴方は、周囲の者達から、魔力を貰い。ルクレツィア最大の魔法を使うの。私に撃ち込んだものは、おそらくは未完成。完成された魔法は、おそらく、一点集中の凝縮されたエネルギーへと変わる筈」

 ミントは息を飲む。


 メアリーは、二人の呼気に従うように、全身全霊で周辺に幻影を作り出していく。


 それは、炎だった。

 やがて、炎は旋風を帯び、稲妻を発していく。

 更に、稲妻が冷気を帯び、雹を撒き散らしていく。


「あれは、私達が倒すわよ」

 メアリーの背後から、彼女の全力の力を込めた実体化した怪物、幻影魔獣『ソウル・ドリンカー』が、巨大な鉈を手にしていた。


 ソウル・ドリンカーは、空中へと跳躍していく。

 幻影魔獣の頭部は、さながらライオンのような頭をしていた。


 幻影魔獣の背中から、鳥のような翼が生え出す。

 ソウル・ドリンカーは、巨大な鉈を、ヴァルドラの下へと振り翳す。

 既に、魔獣の実体は、強大なドラゴンと遜色ない程に巨大化していた。


 巨大な鉈が、次元歪曲のバリアを通り抜けて、ヴァルドラの前脚へと斬り付けられていく。ヴァルドラは、左前脚の爪先で、鉈を受け止める。


<成る程。お前は、この俺のバリアを潜り抜ける事が出来るのだな?>


「ふふっ。幻影は、虚ろなものよ。虚ろなものなら、貴方の内部にも、攻撃を実体化する事が出来る」

 メアリーは右手を掲げる。

 彼女の腕にも、大きな鉈が握り締められていた。


 メアリーの周囲から、炎や風、稲妻や冷気といったものが、迸る。

 同時に、ソウル・ドリンカーの振るった強大な鉈の先から、熱風や吹雪が生まれていく。ヴァルドラの全身が焼け、凍っていく。


<面白い。本当に、面白いなっ! お前は、この俺を打ち倒せる可能性を秘めているかもしれないなっ!>

 塔の上のドラゴンは、喜び勇む。

 そして、ヴァルドラは咆哮する。さながら、それは雄々しい凱旋歌のようだった。


 メアリーが鉈を降れば、幻影魔獣も、鉈を振るう。

 メアリーが炎を生み出せば、幻影魔獣の腕からも、炎が発せられる。


 だが、いまいち、ヴァルドラには、ダメージを与えられずにいるみたいだった。


 メアリーは鉈を落とし、両腕を広げた。


「全身全霊で、私の力を使うわよ」

 彼女は、少し深呼吸する。


 辺りの空が赤黒く染まる。

 まるで、それは血の色のようだった。

 やがて、空全体が燃え上がる。

 星々がまたたき、生まれる。


 そして。

 それは、大量の流星群となって、全方向から、ヴァルドラへ向かって放射されていく。

 ヴァルドラの生み出した魔法による、無数の隕石の嵐を、メアリーがそれを幻影の力によって、複製したのだった。

 そして、隕石はヴァルドラの周りを覆う防御壁に命中する前に、一瞬、消え去り、そして、瞬間移動するように、再び、ヴァルドラの防御壁の中へと現れて、ドラゴンの全身へと撃ち込まれていく。


 ヴァルドラの全身に、確実に、隕石の大群が直撃したのだった。


「やったっ!」

 ミントが叫ぶ。


 だが。

 同時に、メアリーは腰を地面に付け、そのまま大地に倒れる。

 そして、しばらくした後、メアリーは何とか、起き上がろうとする。


「ミント、なんとか…………、貴方に力を魔力を提供する者を探して。私の消耗は激しい……、私の体力が尽きる前に……」

「…………、今、分かったのだけど。『裁きと終末の炎・太陽と稲妻の祝祭』という魔法……」

 ミントは、メアリーの言葉を聞き、答える。


「この魔法の本質を、私は見誤っていた。この魔法は、このルクレツィア全てから、エネルギーを借りる魔法。他の者達の魔力を借りずとも、発動させる事が出来る。……もう少し、待って。この魔法は……、このルクレツィアの天空にある、太陽から、力を借りる魔法なの。竜王イブリアの力を借りる最強の魔法……っ!」

 そう言うと、ミントは杖を天空へと掲げる。


 曇り空が晴れて、空には、大量が輝いている。

 黄昏時だ。もうすぐ、太陽は沈む。

 その前に、魔法を完成させなければならない。


「やれる? ミント?」

 メアリーは訊ねる。


「ええっ! やってみるっ!」

 竜の血を引く少女、ミントは答えた。


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