第二十四幕 滅びのドラゴン達。3
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デス・ウィングも、西の方へと向かっていた。
サウルグロスは、徹底的にルクレツィアを蹂躙するつもりだろう。
ルクレツィア側の勝利は薄いかもしれない。
だからこそ、見届ける必要がある。
このショーが、このストーリーが、どのように向かっていくのかを。
そして、自分はどれだけ傍観者でいられるかをだ。
†
ミントは、魔法の詠唱に入っている。
かつて、都市ギデリアで、メアリー相手に使った、太陽の祝祭の魔法。
メアリー自らが、ミントに、その魔法を防ぐ手段と弱点を教えてくれた。
メアリーの考えでは、おそらく、あれは竜王イブリアの力の片鱗のようなものだ。
……あの魔法は、派手だけど、弱いわ。沢山の者達の魔力を同時に爆発させているみたいだけど、防御しやすいのよ。殲滅型の攻撃だけど、単体には効果が薄いとも思う。
ミントは、我に帰る。
ジャレスは、何処かへ行ってしまったらしい。
周りは、炎の渦によって建造物が燃え盛っている。
帝都の住民達の悲鳴が聞こえた。
ルブルが、倒したドラゴンのアンデッドを使って、襲い掛かってくるドラゴンにぶつけていた。
ヴァルドラは相変わらず、塔の上から下界を見下ろしていた。
メアリーが、ミントの隣に現れる。
「私に以前、向けた魔法。広範囲ではなく、小さな範囲なら高威力になるかもしれないわ。あの塔にいるドラゴンを倒す事が出来るかも」
彼女は告げる。
「敵のボスを倒さないと、どうにもならないわよ」
ルブルが、横から、口を挟む。
「そうね、けれども、今は、眼の前にいる奴。次元歪曲の魔法を使っているみたいだけど、それを乗り越える方法を探して、倒しましょう」
遠くの方角では、ジャレスが暴れ回っているのか、次々と、ドラゴン達が地面へと打ち倒されていく。やはり、化け物だな、とメアリーは思う。
「次元歪曲を潜り抜ける方法がある筈よ。そうすれば、あのヴァルドラとかいう、怪物に傷を与える事が出来る。ルブル、ミント、私は、幻影を使って、あの怪物にダメージを与えられないか試すわ。……もし、駄目だったら、他の方法を考える。ミント、貴方は、私にギデリアで撃ち込んだ魔法を、より効率的に使う方法を考えてっ! ルブル、貴方は私と……、ミントの援護をして欲しい」
メアリーは、二人に支持を出していく。
ミントとルブルは、顔を見合わせる。
そして、しばし睨み合い、お互いに、強い嫌悪の視線を示した後、メアリーの戦略に乗る事に決めた。
†
突如、つむじ風のようなものが巻き起こる。
オーロラにより、変容した異形のサンド・ワームの全身がぐにゃぐにゃにねじ曲げられていく。更に、他のオーロラの怪物達も、次々と、正体不明の謎の力によって、全身の手足や頭をねじ曲げられて、倒されていく。
更に、グルジーガの片足がよくめき、彼は地面に昏倒する。
二人に向けられた、ドラゴン達の吐く炎の吐息が、散らされていく。
まるで、ハルシャの周辺に、何らかの見えない壁でも存在するかのようだった。
ハルシャとガザディスの二人の下に、意外な者が助太刀に現れた。
特徴的なトサカを持つ、ドラゴン魔道士のザルクファンドだった。
彼は、眼の前にいる、かつての同胞達と敵対し、明らかにハルシャ達を助けたのだった。
「これは、これは、ザルクファンド殿。何故、そちら側にいるのですか?」
ドラゴンの一体が、彼に訊ねる。
<サウルグロスはお前達を騙し、利用しているからだ。今からでも遅くない。お前達の敵は西だ。サウルグロスはお前達を捨て駒にしかしないだろう。奴は我々にとっても、敵だ。だから、俺はルクレツィア側に付いている>
竜の魔法使いは、両手を掲げて、なおもかつての仲間を攻撃する姿勢に入ろうとする。
ドラゴン達の間から、失笑のようなものが湧き上がった。
「見損なったぞ、ザルクファンド将軍。貴殿は我らドラゴン族を頂点とする世界を望まぬのか? 我々、誇り高き、ドラゴンが世界を支配し、秩序を作るべきだ。それを、偉大なる“黒き鱗の王”と、その副官である、サウルグロス様が取り行おうとしているのだぞっ! 貴殿に誇りは無いのかっ!?」
<“黒き鱗の王”など、お前達は見た事があるのか? サウルグロスは存在しないものを作り出して、己の私欲の為に、お前達に嘘を教えているんじゃないのか?>
ザルクファンドは、なおも、かつての同胞達の説得を試みようとする。
ドラゴン達の間で、どよめきのようなものが走る。
グルジーガが起き上がる。
「貴様らっ! 何をしているっ! 我らを裏切った者の声に耳を傾けるなっ! 我々は、破壊と共に、行進し、このルクレツィアを手中に収めるのだっ!」
恐竜のリザードマンである、グルジーガは巨大な得物を旗のように、高々と掲げ上げた。
ハルシャは少し困惑していた。
二人を守ったのは、かつて、プラン・ドランにて、エルフ達を率先して虐殺した指揮官をやっていたドラゴンだった。何かの事情によって、今や味方として、こちら側に付いているみたいだった。
「ひひっ! そうじゃあっ! そうじゃよっ! グルジーガ将軍の言う通りじゃああああああっ! 一斉に、略奪し、破壊し、蹂躙するんじゃああああああああっ!」
猿人の一体が、狂ったように喚き散らす。
<下品な猿のコルキスパルか。お前は、少し黙れ>
ザルクファンドは、右腕を振り降ろす。
つむじ風のようなものが、巻き起こった。
オランウータンの猿人である、コルキスパルの頭が……。
奇妙な方向へと、ねじ曲がる。
そして、彼の全身はぐしゃぐしゃに、ねじ曲がって、そのまま肉塊へと変わっていく。そして、更に、他の猿人達も、次々と、ザルクファンドが放った、何らかの力によって、全身をねじ曲げられ、すり潰されて、殺害されていく。
ザルクファンドは、なおも、同胞のドラゴン達を見ていた。
<言っておくが。グルジーガ。この俺は同胞以外には容赦しないぜ。お前ら、獣人に慈悲を与えるつもりなんてねぇよ。俺は“仲間”と会話しているんだ。てめぇのような、下等種族に興味はねぇな>
ドラゴンの魔法使いは、無慈悲に言い放った。
「何故、俺達を助けた?」
ガザディスが、ザルクファンドに訊ねる。
「完全な味方というわけでも無さそうだな。それに、お前は他種族に対して、傲慢過ぎる。その考えを捨ててはいないんだな」
ハルシャは少し苦笑交じりに言った。
<おい、人間。それから、ミノタウロス。そこの“二足歩行で歩くトカゲ”を倒せ。俺は仲間と話す。上手くいけば、血が流れるのは、最小限に済む>
ドラゴン魔道士はそう、二人に告げた。
「聞こうか。サウルグロスが、何を考えていると思う?」
薄桃色の鱗をしたドラゴンが、ザルクに訊ねる。
<そもそも、奴は、突如、火山にやってきた。我々の住む世界“ボルケーノ”にな。そして、その世界の神には“黒き鱗の王”なる者が存在すると言って、奴は、我々をまとめ上げた。考えてもみろ、奴は、我々とは異なる世界からやってきた、ドラゴンだ。我々に地位と権力を約束し、隣接する世界であるルクレツィア侵略を計画したが。奴は手段なんて選んでいない。知性を無くす凶暴な獣へと変える、オーロラなるものも、危険過ぎる。そして、奴が手駒にしている、猿人達、あれらも下品過ぎる。俺は疑っていた。奴は、俺達を利用しているだけに過ぎないんじゃないかとな>
ドラゴン達は、ザルクファンドの弁舌に、しばし困惑しているみたいだった。
どうやら、彼は、ドラゴン達の中でも、かなり強い発言力を持っていたみたいだった。それは、今も、生きているのだろう。
「黒き鱗の副官様は、我々に権力を約束しておられる」
他のドラゴンが述べる。
<本当にそう思うか?>
ザルクはなおも、訊ねる。
「ザルクファンド。俺達は、お前を信頼していた。……いや、今も、お前を信頼し、一目、置いている者達もいる。どうか、俺達を迷わせないでくれないか?」
銅の色の肌を持つ、ドラゴンが告げた。
ハルシャとガザディスは、少し、困惑していた。
グルジーガは、露骨に苛立っていた。
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「おい。もしかして、対話の余地があるのか?」
ハルシャは、ガザディスに訊ねる。
「分からない。だが、奴らの見方を変えた方が確かみたいだ。……単なる獰猛で邪悪な怪物達ではなく、知性ある者達のようだ」
ガザディスは前に出る。
「俺は盗賊団のギルド、邪精霊の牙の代表者として、此処に立っている。ルクレツィアを守りたい。だが、お前達の望みを聞こう。お前達は、このルクレツィアを支配したいのか? その支配の為には、我らルクレツィア民全てを皆殺しにする必要があるのか?」
ガザディスは、彼らに訊ねる。
「我々は、このルクレツィアにて、権力を望む。必要ならば、お前達を皆殺しにする。だが、お前達が我らに服従するのならば、お前達の一定数は生かす事を考えている」
全身に針のような鱗のあるドラゴンが答えた。
「ほう? それはどういう事だ?」
盗賊の長は訊ねた。
「お前達は奴隷として生かす。我らドラゴンは種族において、もっとも畏怖されるべき存在であり、支配者として君臨するべき存在だ。だが、このルクレツィアを我らの委ねるならば、我らは新たなる国家体系を作る。我らドラゴンが食物連鎖の頂点とする、かつてのルクレツィアの文明なき世界に作り替えるつもりだ」
ドラゴンは、地を歩く者達二人を見下げるように言った。
「成る程…………」
ガザディスは、少し考える。
「ひょっとしたら、…………、悪くない提案かもしれない。ドラゴン達よ、もし、お前達と我々が総力戦を起こしたのなら、我々が、この戦争には負けるだろう。我々の多くは死ぬ。だが、お前達の側も決して無傷では済まない筈だ。お前達も、仲間や家族や自らの死が惜しくは無いのか? もし、お前達の条件次第では、俺は此方側の全面降伏も考える事にする」
ガザディスは、とんでもない事を口にする。
「な、何を言っている!?」
ミノタウロスの戦士、ハルシャは、正気を疑うような声で、盗賊の長を見た。
ガザディスは、ハルシャを片手で制する仕草をする。
「元々、このルクレツィアにおいて上流階級以外の平民ないし、下層民は奴隷として苦しめられてきた。もしかすると、ドラゴン達に支配された世界においては、以前よりも、よほどマトモな社会になるかもしれない。ドラゴン達よ、俺はお前達の条件次第では、降伏も考える。どうだろうか?」
盗賊の長は、強く叫んだ。
ドラゴン達の間では、しばしの混乱が現れた。
<その人間の言っている通りだぜ? 悪く無い提案の筈だ。おい、お前達、俺はその人間が言っている条件で最高だ。ならば、この俺が高い権力を手に出来るからなっ! そして、お前らにとっても悪くない提案の筈だぜ?>
ガザディスに乗るように、ザルクファンドが、とても楽しそうに言った。
ハルシャは、正気の沙汰とは思えない、といった顔で、盗賊の頭の顔を見ていた。
「ガザディス…………、お前……」
ハルシャは半ば絶句したように言う。
「お前は高い地位を生きていたが、分からないかもしれない。だが、俺達、盗賊団は、奴隷やスラムの者達、その他の虐げられた者達によって成り立っている。帝都によって虐げられるのと、ドラゴン達によって虐げられる事。どれ程、差異があるのだろうか?」
ガザディスは、どうやら、本気で言っているみたいだった。
<そうだぜ。俺達は、きっと帝都よりも、優しい。俺はこの帝都の腐った大闘技場、その他の娯楽施設も観てきた。最初のうちは、恐怖による統治が行われるだろう。だが、俺達に地位が約束されれば、以前よりも、よほど良い国家になるかもしれない。……いや、俺が権力を手にして、そのようにするぜ。俺は人間や獣人全てが嫌いなわけじゃない。そして、同胞の命は、何よりも優先する>
ザルクファンドは、ガザディスの言葉をなぞるように、同胞のドラゴン達と交渉へと入っていく。
ドラゴンの軍団のうち、何名かが唸り、そして露骨に反駁したい、といった顔の者達も多かった。
「おい、ザルクファンド将軍。いい加減にしろ。我々は、黒き鱗の王と、その副官である、サウルグロス様に対しての約束と義理がある。その為に、このルクレツィア全土を滅ぼす必要がある」
<生物を化け物へと変えていくオーロラは、いずれ、俺達、ドラゴンにも向けられる可能性が高い。だからこそ、俺はサウルグロスを裏切った……、いや、見限ったと言ってもいい。お前達は、あのオーロラの危険性に気付いていないのか? ……気付いている筈だ。いずれ、あのオーロラによる肉体変容は、我々、ドラゴンにも向く。サウルグロスはそういう奴だろうからな。オーロラによって、人間やエルフ、その他の獣人達が、知性なき怪物へと変形していく姿を見ていた筈だ。あれは、両刃の毒の刃だ。此方側にも、毒が向けられている>
「ザルクファンド殿、何故、そこまで、ルクレツィア側に味方する。何か、報酬を貰っているのか?」
<俺はサウルグロスが気に入らないだけだ。此処を通して貰えないか? 本当に存在するのか? 黒き鱗の王とかいうものは、誰か見た者はいるのか?>
なおも、ザルクファンドは、引き下がらない。
どうやら、ザルクファンドは、ドラゴン達の中で、かなりの信頼の厚い存在であったらしい。ハルシャは、少し唸る。
「ザルクファンド殿。条件を提示していいか?」
<なんだ?>
「サウルグロス殿と謁見して頂きたい。火山の主、黒き鱗の王とも、謁見して頂きたい」
<元より、それが目的だ。此処を通せ。そして、俺の謁見が終わるまで、俺が一時的に協定を結んでいる、下の人間とミノタウロスに手を出さずにいて貰いたい。約束出来るな?>
そう言うと、ザルクファンドは、空にいる数十体、あるいは数百体ものドラゴン達の横を通り過ぎていく。
ガザディスは、下でハルシャに耳打ちしていた。
「戦争は、外交の延長線上だ。敵と戦って、打ち倒すだけが戦争じゃない。余り、綺麗ではない手段でも、俺達、盗賊団は生き延びてきた。まず、生き残らなければ、未来が無いんだ。お前は誇り高いが、そういう事に融通が利かない」
ガザディスは、そう言う。
その言葉に、ハルシャは再び、唸る。
「上手くいけばいいと良いが…………」
彼は自らの角に手をやる。
<処で、同胞よ>
サウルグロスのいるオーロラの先へと向かっている、ザルクファンドは、ドラゴン達に言う。
<そこの地面を這う、下等な爬虫類。我らがドラゴンが君臨した世界において、権力者であってはならない。そこの、人間とミノタウロスの一騎打ちをさせろ。それから、猿共も、我らが新たなる世界に必要ない>
ドラゴンの魔道士は、皮肉交じりに告げた。
彼は、すでに後ろも見ずに、侮蔑を述べて、サウルグロスの下へと向かっていく。
地上では、恐竜の将軍であるグルジーガが、怒り狂った形相になる。
「ふふふふ、ふざけるなああああああっ! この俺を下等生物扱いかっ!」
彼は、得物を大きく振り上げた後、地面へとめり込ませる。
「くくぅ、確かに、グルジーガ将軍。腕前を拝見致したい。そこのミノタウロスと人間の二人、一騎打ちをしてくれぬか?」
ドラゴンの一体が告げる。
「将軍ならば、わけもなく、そこの二人の首を跳ね飛ばせるだろう」
そう言いながら、ドラゴン達は、地面にいる三名を見ていた。
グルジーガは、ひたすらに、怒り狂いながら、獰猛な牙をハルシャとガザディスの二人に向けていた。
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