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第二十四幕 滅びのドラゴン達。1

「おかしい。予定よりも早過ぎる……」

「ああ……。意表を完全に付かれた……」


 ハルシャとガザディスは顔を見合わせる。

 ミノタウロスの戦士と盗賊の長は、手にそれぞれ大斧と大剣を手にして、やってくるであろう敵をいつでも迎撃するつもりでいた。

 ……だが、これからやってくる怪物は、二人の手には、余りそうだ……。


 ルクレツィア王宮、首都より20キロ。


 大都市が栄える繁華街。


 そこには見晴らしの塔と呼ばれる場所があった。

 ルクレツィア中で、ジャレスが登る王宮の塔を覗き、一番、大きな建物の一つだ。


 それは、空から降ってきた。


 まるで、巨大なボールのように、そいつは落下して、数百メートルの高さを誇る塔の上に乗っていた。


 長い大鹿のような角に、巨大な蝙蝠の翼を広げた怪物。

 全身は赤く、紫紺に輝いている。

 

<ルクレツィアの民共。愚かなる塵芥よ。我の名はヴァルドラ。破壊と殲滅のドラゴンなるぞ>


 そいつは高らかに宣戦布告した。


<我に挑む英雄を待ち望む! 我はこの都市を滅ぼすべく、偉大なる黒き鱗より勅令を賜っている。一人残らず、焼き滅ぼし、滅びの都へと変えろとな>


 ヴァルドラと名乗るドラゴンは繁華街にいる者達全員に向けて、叫んでいた。


 そして、右前脚を天空へと掲げる。

 それは、雨雲のような何かだった。


 天から……。


 無数の隕石が降り注いでいく。

 人々は何が起こったのかも分からずに、ひたすらに逃げまどい、都市は壊滅していく。


 人間も、オークも、エルフも、ミノタウロスも、リザードマンも、トロールも……。

 みな、流星によって飲み込まれていく。辺り一帯は、灰燼(かいじん)の荒野へと変わっていく。炎に包まれて、建物が次々と倒壊していく。


 先駆として現れたドラゴンは、炎の吐息も、鉤爪も使わずに、この辺り一帯にいる者達全員を皆殺しにするつもりでいるみたいだった。


 世界を滅ぼす魔法。


 何名かの者達がスフィンクスの背中にまたがり、ドラゴンへと挑む。

 彼らは手に武器や魔法杖を手にしていた。


<我に挑む勇者共よっ! 愚かなる愛しき英雄共よっ! 貴様ら名を名乗れっ!>

 ドラゴンは狂ったように、叫ぶ。


「俺は冒険者ギルド所属のA級冒険者クタァーリ。魔法剣士だ」

 スフィンクスの背にまたがる人間の男の一人が叫ぶ。

「わしはギルド黎明棚の一人、電槌のトゥラドーム!」

 鎧を纏った初老の男が叫ぶ。

 帝都周辺に住んでいた者達は、現れた戦士達に対して、盛大な喝采を浴びせていた。


 ヴァルドラは咆哮する。

 同時に、空から嵐のように、ドラゴン達の群れが現れる。



「あれは、真正面から挑んで、勝てる相手では無いわね」

 塔に登ったドラゴン、ヴァルドラを見ながらメアリーは、ルブルとミントの二人に告げる。

 三名はルクレツィア城の塔の一つで、待機していた。


「全員、空の藻屑になるわね」

 魔女のメイドは、淡々と呟く。


「ねえ。メアリー、あのドラゴンは何をやっているのかしら?」

 ルブルは訊ねる。


「あの怪物が使っている隕石を落とす魔法は、問題無いわ。ヴァルドラと言ったかしら? 奴は“次元歪曲の結界”を張っている。だから、誰も奴を視認出来なかった」


「私達はどうすればいいの?」

 ミントは訊ねる。


「A班のハルシャ、ガザディス。B班のエルフ達。D班のシトリーとサレシア。E班の、ジャレス達に伝えて。全員、退避しろ、って」

「逃げるの? 私はみすみす見殺しには出来ない」

「死人が増えるだけよ。あれは陽動。邪竜サウルグロスの作戦は……、別の方角から襲撃してくる。王宮周辺が火の海になるわ」

 メアリーは断言する。



 誰も、突如、現れたドラゴン、ヴァルドラに触れる事も出来ずに、空へと散っていった。

 何かの力によって、スフィンクスに乗った“勇敢な英雄達”は、全身を細切れにされ、ただの肉片となって、地へと落ちていく。


 ヴァルドラは口から、光輝くと吐息を吐いて、街を焼き払っていく。


 そして。

 ヴァルドラの攻撃を合図にして、空を飛んでいた、更なる怪物達が落下してくる。


 炎に包まれたドラゴン達だった。

 怪物達は、街を歩く者達を次々と、炎の吐息で焼いていく。


「俺の国で好き勝手にして欲しくないんだよね」

 柄の無い剣を手にして。


 ジャレスが颯爽と現れる。


 ヴァルドラは興味深そうに、現れた男を見ていた。



 ヴァルドラの出現と同時に、大量のドラゴン達が、帝都中には解き放たれていた。

 彼らは好き放題に、帝都の建造物を吐息で焼き払い、鉤爪で壊して回っていた。


 一人の花売りの少女が、その全身が炎に包まれたドラゴンから逃げていた。

 彼女は足をくじいて、逃げられなくなる。


 ドラゴンが何かを叫ぶ。

 突如、ドラゴンの肌に、鱗の隙間に、何かが次々と、突き刺さっていく。

 それは、鳥の羽根のようだった。


「終わりだ」

 コカトリスの獣人である、イードゥラだった。

 

 炎のドラゴンは全身が硬化していき、やがて地面に倒れた。

 そしてしばらく、もがき苦しんでいたが、やがて動かなくなる。


「やっと、一体、倒せたか」

 彼は息を飲む。


「あたしが先よ」

 ダーク・エルフである、ハルピュオンはナイフを、くるくる、と振り回していた。ナイフの先には真っ赤な血が付いている、彼女は毒を塗ったナイフで、ドラゴンの一体の喉笛を切り裂いて、毒殺したみたいだった。

 天空樹にとっては、ドラゴンに対しての初勝利となる。

 いや、……ルクレツィア側全員にとっての、初勝利なのかもしれない。


「何かがおかしくないか?」

「なにかしら?」

 ダーク・エルフは、首を傾げる。

 コカトリスの鳥人は、クチバシを歪め、何かを考えていた。


「分からないが、敵は……、ある程度、犠牲者を出しても構わないように、特攻させているようにも感じる。気のせいであって欲しいが……」

 イードゥラは、極めて警戒心を怠らなかった。

 


「ハルシャ、どう思う?」

 盗賊の長はミノタウロスの勇者に訊ねる。

「何がだ?」

 ハルシャは巨大な戦斧を背中から下ろしていた。


「あのヴァルドラという怪物の動きだ。まるで、時間を稼いでいるように見えるが……」

「成る程……」

 ミノタウロスは、すぐに気付く。


「西だ。やはり、オーロラを用意している。そちらの方が本命だろう。あれがこちらに辿り着くまでの時間稼ぎだ」

 二人の戦士は、西へと向かった。

 西の方角まで、どれだけの時間が掛かるだろうか。

 彼らは、スフィンクスの背に跨った。

 スフィンクスの飛行速度ならば、西のプラン・ドランの辺りまでも、早く到着出来る筈だ。



 呪性王の二人は王宮の付近にいた。

 隕石の嵐によって、帝都の所々が破壊され、炎の海と化している。

 シトリーはそれを見て、内心喜んでいた。


<サウルグロスのやり方は教えたな?>

 ドラゴンの魔道士、ザルクファンドは、闇の魔法使いシトリーに告げる。

 ザルクファンドは、今回、かつての同胞のドラゴン達と戦う事に躊躇し、裏方に回るつもりらしかった。


「ああっ。最高にクソ野郎だってな」

<奴はヴァルドラと彼が率いるドラゴン達を捨て駒にするつもりだ。西に向かえ。オーロラが戦力を増やしている。おそらく、猿人やティラノサウルスの獣人グルジーガが、オーロラから生まれた怪物を誘導している筈だ。このままだと、ルクレツィア住民達が、大量に殺害されるだろうな>

「そうか。それはそれは、出来れば協力してやりたい処だな。だが、シルスグリア様と呪性王が壊滅するのは困る」

 シトリーは、そう軽口を叩いた。


<後は、もう一度、助言するぞ。サウルグロスの軍団は、いわば、軍隊だ。統率のとれた、者達同士で集まっている。実際、俺が指揮官をやっていた。有象無象の怪物の軍団だと思わない事だな>

 ザルクファンドはそう言うと、クレリック達の長であるサレシアのいる場所へと飛び立っていった。


 シトリーは召喚したデーモンである、盟友のアルナヴァルザの背中にまたがる。

 そして、西へと飛び立っていく。



 ルブルとメアリーは、炎のドラゴン達の死体の山を通り抜ける。


「手を貸しましょうか?」

 氷の刃で、次々とドラゴンを屠っていくジャレスに、メアリーは訊ねた。


「ああ。君かあー。俺、いい処なんだよねぇ。凄い、生きている充実感がしてさあ♪」

 ジャレスは、笑いながら、襲い掛かってくるドラゴンを切り刻んでいた。

 彼は本当に、自らを命の危険に晒したり、他者を傷付ける事でしか生きている実感が湧かないのだろう。感情の無い、無機物が喋っているみたいだ。メアリーは、自身の事を棚上げして思う。……彼程、壊れた人間を中々、見た事が無かった。


「ふうん。この男、そのつもりらしいわよ。貴方はメインディシュに残すつもりらしいわね?」

 メアリーは上を見上げて、塔の上にいるドラゴンに告げる。


 ヴァルドラは二人の魔女を見下ろしていた。


<我に挑む者はお前達か?>

「さあ? でも、貴方には勝てないわ。結界を張っているんでしょう? 処で聞いておきたい事があるのだけど」

<何だ?>

「サウルグロスは必ず、貴方を裏切る。何の為に命を捨てにきたのかしら? 一応、大義を聞いておきたいわねえ」


 紫紺に輝くドラゴンは哄笑する。

<黒き鱗の副官殿の意志など、我はとうに承知よ。我はこの戦場で朽ちる覚悟にある。だが、英雄よ。我はこの身が果てるまで戦い続けるのみ>

「ふうん? 犬死に覚悟ってわけね? 何故、それが分かっていて、貴方は黒き鱗とかいうのに味方するのか分からないわねえ」


 ヴァルドラは吠えた。


「まあいいわ。空飛ぶ爬虫類。私達の不死の力を見せてあげる」

 メアリーは斧を振り上げる。

 それを合図にルブルが魔方陣を描く。


 辺り一面にあった、沢山の人間や亜人達の焼死体が起き上がっていく。

 それと同時に、ジャレスが屠ったドラゴン達の死体も起き上がる。


「さて。総力戦を行うわ。大量破壊兵器と旧式戦車の戦いのようなものだけど……。貴方を打ち倒すつもりでいるわ」

 メアリーの背後から、巨大な獣の怪物が現れる。


「打ち倒しなさい。幻影獣『ソウル・ドリンカー』ッ!」

 メアリーはいきなり、奥の手である幻影獣を生み出す事にした。


 塔の上に鎮座する殲滅のドラゴン、ヴァルドラは……。

 再三、隕石を降らせる魔法を唱えた。

 都市一帯が、再び、星の嵐によって滅んでいく。


 世界の滅びの光景が、そこにはあった……。


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