第二十三幕 宮殿から見える世界。1
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ジャレスは”怪物”である事を押し付けられた。
それは父親のバザーリアンからであったり、あるいは周囲の貴族や武器商人、資本家、金融業者達であったりした。
帝都と協定を結んでいる、ミズガルマの使者達からであったりした。
ロギスマは自らの快楽の為に、ジャレスに残虐性を教えたし、ミランダは如何に下層階級の者達は下賤であり、搾取する対象である事しか教えなかった。カバルフィリドは、ジャレスに命をゴミクズに扱う手ほどきをした。
幼い頃からジャレスは、外道である宿命を決定付けられた。
ずっとルクレツィア王を継承する者達は、周りの、富や利潤を貪る者達によって、そういう人格を強要されてきたし、そういう存在であらなければならなかった。
いわく、国民はゴミクズである。
国民は生かさず殺さず、嬲らなければならない。
そして、ジャレスという“壊れた人間”が生まれるべくして、生まれた。
「惨殺してやるよ、ドラゴン共ッ! この俺がまとめて屠ってやるっ!」
ジャレスは高揚していた。
全身から、力が漲ってくる。
負傷している身体の痛みも、まるで苦にならなかった。
彼は、他者がもがき苦しむ処や、人の命を弄んだり、自分自身の命さえも壊れていく危険に晒される事でしか、自らが存在しているという実感を持つ事が出来ない。
鐘塔の上から、彼は高らかに声を上げて、柄の無い剣を取り出す。
このルクレツィアで一番、高い塔の上からは、遥か西から迫りくる、黒みがかった緑色のオーロラを眺めていた。
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黄金の城の中、塔の上の一つから二人は西の方を見ていた。
空はどんよりと、曇っている。
とてつもなく、不気味なものが迫ってきている。それだけは分かる。
メアリーは複雑な感情でミントを見ている。
自分にとって生きる糧となったものは”憎悪”だった。
他人を憎悪する事、この世界を憎悪する事だけが彼女の矜持となった。
今や、ミントは憎しみばかりで戦っている。
メアリーは、ジェドをゴミクズだと思っていた。
彼のような、異性を理想的な性欲処理道具としてしか見る事が出来ず、自分一人では何一つとして人生を切り開けない人間もまた、メアリーのどうしようもない部分を映す鏡であったのかもしれない。
メアリーは、ジェドと同じように、ミントを”理想的な美少女”としてしか見ていなかった。
……ミントが裏側に抱えている、闇が分からなかった。
全身を自傷行為のようなファッション・コーディネイトを頼まれて、メアリーは少し困惑した。
今やミントとメアリーは、同じものを見ている。
ルクレツィアを滅ぼそうとする敵を倒さなければならないと。
「迎撃するわよ。全て、炎の魔法で焼き尽くしてやるっ!」
彼女の意志は強い。
そして、何処か……ミントは、自己破滅的な様相を出していた。
……どうせ、自分は人間ではないんだ。
彼女の自己評価は、そんな処なのだろう。
ジャレスと戦って以来、ミントは隠していたものを隠さなくなってきた。
おそらく、彼女は深い恨みや憎しみを隠し続けて、あるいは心の中に封じ続けて生きてきた。笑顔の裏には、きっと、この世界に対するやり場の無い怒りがあった。
それを感じ取った瞬間に、メアリーにとって、ミントは、壊したいもの以上の別の何かへとなった。
「私と……、ルブルが援護するわ。幻影とアンデッドの軍団によって、敵を返り討ちにしてやりましょう。邪悪なドラゴン達から、この世界を守ってあげるわ。私は此処が故郷ではないけれども、此処は貴方にとって、特別な場所なんでしょう?」
メアリーは訊ねる。
ミントは複雑そうな顔をしていた。
「ええっ。ハルシャとの……。そして、アダンやラッハ、ゾアーグとの絆が生まれた場所。私は此処を滅ぼさせはしないっ!」
クレリックの少女は強く言う。
風が強く、はためていた。
もうすぐ、戦乱の嵐が巻き起こるだろう。
「ねえ、メアリー。人間じゃない、人工生命体で、更にドラゴンの血が流れている私は、一体、何なのかしら? 人でなし共の中で、一番、人のぬくもりを感じたのが、ミノタウロスのお兄さんだった……」
「知らないわね。私はもう、人間じゃないし、私はルブルと共に歩む事になった時から、アンデッドとして生きる宿命を背負ったわ。貴方の出自は人間ではないけれど、貴方は人間になりたがっている。そして、私の出自は人間だけど、私はもはや人ではない。そんな処かしら?」
メアリーは、ミントの問いに、そう答える。
ミントは少し沈黙する。
砂漠の風が吹き荒れる。
砂粒が空に舞う。
木々が揺れる。
街の所々に建てられたピラミッドの数々が、黒い影を落とす。
スフィンクス達が、空を飛びながら、戦慄いていた。
二人の人生は、余りにも、相反するものだったのかもしれない。
ミントとメアリー。
彼女達は、自らの出自を呪い、そして別なる人生を目指した。
ミントは人間になりたかったし、メアリーは化け物になりたかった。
その夢は……叶ったのだろうか?
ただ確かなのは。
今この瞬間だけは、お互いに味方だ、という事だ。




