第二十一幕 闇の天使、シルスグリア 3
最近、夜一人になると、夢うつつにぼんやりとミントの姿が出てくる。
ジェド自身の空想なのだが、彼はその空想の中のミントを見ては下半身に手を伸ばしていた。
最初は膝枕から始まるのだが、徐々に胸や下着で頭がいっぱいになっていく。
そして、彼女の裸体を想像し、彼女を辱めている自分を想像する。
メアリーに蹴られ踏まれた時の感触や、デス・ウィングのふくよかな胸を想い出しては、幸せな時間に浸れるのだが、何故だか、ミントと違って、それ以上の想像力が働かない。
やはり、この二人からは直接的な暴力を受けている為に、あるいは剥き出しの悪意を向けられている為に、本能的にトラウマになっていて、都合の良い自慰が出来ないのだ……。
二人の顔を想い出すと、血と死臭と痛覚ばかりが強烈に突き刺さってきて、嘔吐した時さえもある。
だが、ミントはいつだって優しい。
彼女の温もりに、彼女の一肌に触れていたい。
あの清純そうな姿を、自らの性欲でドロドロに汚してやりたい。
ミントの事を思い出す度に、気付けば、たっぷり三十分近くも使って、布団の中で男の精を吐き出している。
そして、目覚める。
それは、夜だったり、朝だったりする。
今日も、ジェドは夢うつつから覚めた。
気付けば、洞窟の寝床の中にいた。
盗賊団の朝だ。
朝日がすっかり差し込んでいる。
ジェドは飛び起き、半泣きで謝罪の言葉を考え始めていた。
また兄貴分のベルジバナに怒鳴られる。
仕事の際に、彼には散々、叱られ、怒鳴られ、時には小突かれたものだ。
「あっ…………、ベルジバナさん……」
彼は死んだ。
ジェド達を庇って……。
ジェドの故郷を滅ぼした巨大な怪物は、デス・ウィングが倒してしまった。
ジェドの故郷を滅ぼした怪物から現れた死者達は、ベルジバナがその命と引き換えに消し去ってしまった。
復讐なんて、何も出来なかった。
ジェドは、何処までも無能であり、無力だった。
盗賊団の者達は、不器用だが、みな優しかった。
けれども、その大半の者達が死んだ。無残に、無情に、残酷に……。
帝都の手によって…………。
洞窟の家を抜けると、ガザディスがいた。
彼は墓の一つ一つに手を合わせて、うやうやしく礼をしていた。
「ああ、起きたか。ジェド」
盗賊の長は、いつものように温厚な顔でジェドを見ていた。
そういえば、ガザディスとベルジバナは性格が正反対だった。
気性が荒く不器用なベルジバナに対して、ガザディスは理知的で物腰が柔らかった。
ガザディスと接して、彼が盗賊の長をやっていると、どれだけの人間が信じられるのか。
「なあ、ジェド……。何かを守るのって、難しいな。俺はやはり弱く、駄目な男なのかもしれん。今まで、どれだけの仲間達を死なせてしまったんだろうな……」
彼の泣きそうな顔を見て、ジェドは酷い罪悪感に襲われる。
……それ、俺の台詞なんですけど。
実際、ガザディスがいなければ、みな全滅していた。
帝都の軍事ビジネスに直接関わっている女、ミランダを前にして、ガザディスがいなければみな殺されていた。
ジェドがマトモに役に立った事なんて、実際、これまで無かった。
「なあ、ジェド。どんなに努力や苦悩をしても、どんなに強い信念を持っていたとしても。強大過ぎる暴力や邪悪の前では、そんなもの、微塵に崩れてしまうな。砂の城のようだ」
ガザディスは拳を固く握り締める。
ジェドは酷く居心地が悪くなった。
両親が大怪物に殺された数日後も、ジェドは性欲でミントを使って、朝や夜にマスターベーションをしていた。想像の中で何度もミントを身勝手に自らに奉仕させて慰めモノにし辱め、凌辱し続けた。
メアリーがギデリアの都市の者達を虐殺している時も、自分ならば一旗あげられると思い上がって、逃げ遅れてしまった。本気で勝てると思っていた。
故郷を滅ぼした大巨人が再び出現した時に、デス・ウィングから借りた武器を使って、自分こそは英雄になり挑もうと思ったが、居すくんで震え上がって、物陰で頭を抱えて嘔吐していた。
ジェドの自らの理想は、もはや粉々に砕けてしまった。
自分は、英雄になる素質が、勇者になる資格が、何一つとして、無い。
数多にいる、有象無象の中の一人でしかない。
そんな彼にとって、清純なクレリックの少女ミントは、何処までも何処までも、眩しく映った。彼女を、ギトギトのドロドロに汚して、自分と同じ価値の無いものにしたかった。
彼は大地に寝転がり、太陽を見上げた。
朝露を吸った、草花が彼の肌に触れた。確かに数多の生命が彼を支えている事を感じた。
†
「選ばれる事。人はね、ミント、才能や両親を選んで生まれてくる事は出来ないわ。私、昔、貴族の御屋敷でメイドとして仕えていたけれど、孤児だったから、そういう仕事しか場所が無かった。だから、私は力を手にして、周囲の者達を全員、殺してやった」
メアリーは、ミントの髪を梳く。
ミントは唇を不機嫌そうに曲げる。
「つまり、人は環境って事? メアリー、貴方は私にジャレスを赦せ、と? 彼もまた、王族の伝統の被害者である、と?」
「そうは言っていないわ。ただ、私は私が事実だと思っている事を口にしただけよ」
「何もかも嫌になるわ。自分自身を傷付けたくて仕方が無いのっ!」
ミントは頭を掻き毟った。
「そうだ。貴方、耳にも酷い怪我負っていたけれど、この際だから、ピアスでも開けない? イメチェンしてみるのもいいかも」
メアリーはミントの耳たぶに触れる。
「まあ、メアリー。貴方ともいつか再戦するわ。貴方が本当に最低の悪人なのは知っている。でも、私は貴方は赦せないけど、憎んではいない。…………だからこそ、私はやはり、納得出来ない……、いや、考えるだけで吐き気がする。……あのジャレスと共闘して、ドラゴンの軍団と戦うなんてっ!」
ミントは思わず、机を力いっぱいに叩く。
そして、懐にしまっていた小剣を取り出して、自らの耳に突き刺す。
「ねえ、メアリー。私に似合った、ピアスくれない? 私の怒りが止まらない。自分を傷付けたくて仕方が無い。一つじゃなくて、幾つも開ける」
彼女は唇を噛み締めていた。
「メアリー。服のコーディネイトとか得意?」
「あら? 私は本当にメイドをしていたから、貴族の服の仕立ても習っていたわ。何なら、見繕いましょうか?」
メアリーは、楽しそうだった。
「じゃあ、とにかく、私の今の心境にあったものがいい。アクセサリーとか。そうね。攻撃的でトゲトゲしいのがいいわ」
ミントは自らのもう片方の耳にも、小剣を突き刺した。
ミント




