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第二十一幕 闇の天使、シルスグリア 2

 幼い頃の記憶が甦ってくる。

 ミントにとって、ジャレスは幼いながらの化け物だった。

 闘技場を眺めながら、激しく笑う少年に戦慄したものだった。


 ミントは記憶の中から目覚める。


 始めに気が付いた時は、腹の激痛だった。


「っ…………、……っ!」

 彼女は声にならない声を上げる。


 並んでいる寝台の上だった。

 どうやら、医務室のようだ。

 

「あまり動かない事ね。貴方、腹に孔が開いているのよ。ちゃんと治療が出来ていない」

 見ると、向かい側の寝台には、メイド服の女がいた。

 彼女はベッドから、起き上がる。


「メアリー…………っ!」

 ミントはぐるぐると頭が回っていた。


「今、私達は呪性王という暗黒魔術を行うギルドに匿って貰っているわ。それから貴方を介抱したのは、この私、感謝しなさいね」

 そう言う、メアリーの左腕は肘から下が無かった。

 左耳も欠損している。

「メアリー、……貴方。身体…………」

「ああ。私はアンデッドだから、ルブルから新たな身体の部品を作って貰うわ」

 魔女の召使いは、どうだっていい、といったような顔をする。


「どうやら、起きたみたいね。クレリック」

 真っ黒なドレスが翻る。

 ルブルが入り口の処で壁にもたれていた。

 魔女はミントを見下すように、睨み付ける。


「呪性王のギルド・マスターに会ってきたわ。貴方や私達と共闘して、この国の王と、そして国家全てに牙を剥くドラゴン達の軍団と戦いたいらしいわ」


「ねえ。メアリー」

 ルブルは自らの伴侶に強い口調で告げる。

 その眼差しには、明らかに嫉妬が滲み出ていた。


「何故、仲良くしているのかしら? その女と。貴方にとって自慰行為の玩具でしかない筈よ?」

「それは…………」

 メアリーは口ごもる。

「貴方の左腕の治療には、生きた人間の血肉や骨が必要なの。その女の腕をいただいていいわよね?」

 魔女は、自らの従者に……強い嫉妬の籠もった感情で告げた。


「もう少しだけ。この子は生かしておかない? ねえ、ルブル。分かって、敵を倒すのに、このクレリックは必要なのよっ!」

 ミントは、彼女を庇うメアリーの言動の豹変に、しばしの間、狼狽していた。


 そして、魔女ルブル。

 マトモに会話するのは初めてかもしれない。

 いや、以前、洞窟の中でスフィンクスを主な素材にした縫合ゾンビと対面して以来か。ギデリアでメアリーと対峙してから、色々な事があった。

 ゾアーグが死んだ。

 アダンが死んだ。ラッハが死んだ。

 …………、ジャレスは彼らをタダの喋る動物扱いした…………。


「魔女ルブル」

 ミントは寝台から起き上がる。

「私の方も、いい加減に慣れ合うのはウンザリ。そちらのメアリーも信用出来ない。私達が共闘したのは、そう、たまたまだった。事の成り行き上、仕方なくね。それから貴方達がルクレツィアの民をギデリアで虐殺したのを、私は忘れていない。アジトでも沢山の人が死んだ。…………正直、赦せない。赦せるわけが無い……」

 ミントは唇を噛み締める。


「そうね。これから、私は、私達は再び城を作る為に死体を作る。いつも通り、そう、いつも通りよ」

 メアリーも挑発的に告げる。

 二人の信念や考えが交わる事は、決して在り得ない。


「でも、魔女。もうすぐ別の戦争が開幕するわ。私はずっと帝都を憎んできた。物心付いた頃から。私はジャレスだけは、彼とルクレツィア王だけは殺す。幼い頃、私は彼の虐待や殺戮を見て、育った。叶うならば、彼に付き従うひとでなし達も、この手で………」

 ミントは握り拳を作る。

 指の隙間から血が流れた。


「そんなものは関係無いわ」

 ルブルの背後から、数体のアンデッドが現れる。

 人間やエルフ、その他の生物達の死体を繋げ合わせた、縫合ゾンビだ。

 彼らはオーロラによる変容を避けた者達だった。


 肉体の節々が変形し、全身から突き出た骨が刃状になったゾンビ達がミントへと襲い掛かろうとする。ルブルは、今すぐにでも、ミントを殺したがっている。


「…………、一体、何の真似かしら?」

 ルブルは、ミントの顔を睨みながら訊ねた。

 彼女の首筋には、斧の刃が当てられていた。

 メアリーが幻影によって実体化した斧だった。

 メイドは、自らの主人の首を刎ねようとしていたのだった。


「ルブル。お願いだから止めて。私達は協力しなければ、この戦争に勝てない。ジャレスと戦って分かった。それからデス・ウィングからの情報によれば、ドラゴン達の王はあのデス・ウィングでさえ“勝てない”と言い切っている」

「なら、ルクレツィアから逃げ出しましょう。私達は別世界にいける。こんな次元(せかい)一つに構う事なんて無い」

 ルブルはメアリーを睨む。

「さては、貴方、やっぱりこの女に本当に恋愛感情を抱いたわね? 私がいるのに?」

 魔女の声音は、強い怒りが伴っていた。

「その女はアンデッドにするっ! 城の素材にっ! メアリー、貴方には罰を与えるわ。しばらくの間、生首だけで私に仕えなさいっ!」

 ルブルは自らのゾンビ達をメアリーにもけしかけようとする。

 …………、直前の事だった…………。


「おいおい、おいおい。仲間割れの処、すまねぇけどな。三人共、俺達の主である闇の天使に会ってくれないかなあ?」

 部屋の外から現れた、暗黒魔導士のシトリーが三名へと近付いていく。

 ルブルの使役するゾンビ達に対して、ミントが破壊魔法を打ち放とうとする直前の事だった。



「で、貴方が闇の天使、シルスグリアか」

 メアリーは大聖堂の中で、四つの翼を広げるその女に訊ねる。

 無機物のような白く長い髪が靡く。


 真っ黒な翼と、真っ白な翼が広がる。

 闇の天使シルスグリアは、聖堂の中に入ってきた四名を見下ろしていた。

 手には巨大な槍が握り締められている。


「受胎告知の娘、か」

 闇の天使は、ミントの顔をまじまじと見ていた。

「竜の血が混じっているな。邪法により誕生した女だな」

 シルスグリアは、容赦なくミントに告げる。


 ミントは押し黙っていた。


「そちらの女の方は、随分と身体の一部を失っているのだな」

 シルスグリアはメアリーの方へと顔を向ける。


「ええ、でもほら、今にもパーティーにでも行けそうなくらいに整えられているじゃない?」

 メアリーは飄々とした言葉で返す。

 彼女は体裁の為に、幻影の能力により、自身の左腕を作っていた。


「我々は味方が欲しい。数百年前にイブリアは破滅の魔法によって、この世界を滅ぼした。そして、彼の魔力の歪みにより、この世界は凍える砂漠へと変わった」

 

「私はお前達を同胞としたい。この地には、イブリアの支配も、転生の宗教もいらない。私はそう考えて、これまで先兵を差し向けてきた。そして、邪悪なドラゴン達が現れたのにも関わらず、竜王イブリアは、未だ沈黙している」

 闇の天使は無表情だったが、確かに何かしらの情熱を持っているかのようだった。


「三名共、それなりの実力者だろう? どうだろうか? このルクレツィアを、愛すべき大地を共に守ってくれぬか?」

 大聖堂の中に、虹色の光が刺し込む。


「私は異存は無いわ」

 ミントは率先して言う。


「不愉快な事が一つあるわ」

 ルブルは率直に言う。

「何故、貴方は動かないのかしら? 貴方も動くの? この地下大聖堂から? 貴方が動かないのだとすれば、それはとても気に入らないわねえぇ。私達を捨て駒にでもしたいのかしら?」

 魔女はとても剣呑な口調だった。


「たとえばだ。森の大精霊である、ムスヘルドルムは動けない。彼は森や大地そのものであるからな。天空樹のヒドラである、ラジャル・クォーザも、彼を慕うエルフや鳥人達に加護の力を与えている為に、彼もまた、動けないだろう。私とて、シトリーに仕事を任せている。ギルド・マスター達は、中々、不自由なものなのだ」

 闇の天使は、少しだけ、口惜しそうに言った。


「まあいいわ。私達はやるわ。このルクレツィアをオモチャにしようと思ったけれども、他人にオモチャをぶん取られるのは気に入らないんですものねえ」

 メアリーは、そう言う。

 ルブルはしぶしぶ、首を縦に振る。


「さて。今後、やって欲しい事が幾つかある」

 シルスグリアは、槍を高く掲げる。


「各ギルドの者達の代表者で戦略を決めて欲しい。そして、対立する者同士、停戦協定を結び、共に強大な敵と戦うのだ。分かるか? ドラゴンの王どころか、その者に付き従うドラゴンの一頭さえも、誰一人として屠れていないのだぞ? 誰もドラゴンを殺せていない。それだけ、敵は強く、そして残虐で、容赦が無いのだ」

 シルスグリアは、とても悔しそうな顔をしていた。



挿絵(By みてみん)


闇の天使、シルスグリア

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