第二十幕 漆黒の馬に踏み潰されるように、人々は死に翻弄される。 2
遠目で、大巨人クレデンダが一瞬にして倒されたのを見て、悪魔の将軍ロギスマは絶句していた。
……一体、何者なのだ? あの女はっ!?
まさか、国王バザーリアンが言っていた、デス・ウィングという奴なのか?
だが。
「邪精霊……、本当の絶望はこれからだぜぇ。念入りに仕込んでおいたからなぁ。ボルクぅうぅぅうぅぅぅ、アレを起動させろよぉぉぉ。ひひひぃぃいいいい、ははぁっ! どれだけの者達が道連れになるんだろうなあ?」
悪魔は高らかに笑い続ける。
†
バラバラになった巨人の死骸から、何かが生まれ出していく。
どうやら、それは精神体だった。
所謂、幽霊…………、悪霊という奴だろうか。
索冥宮にいた、霊達。
彼らのような、姿をしていた。
「一体、なんだ?」
デス・ウィングは、首を傾げる。
残骸の中から、ぼろぼろになった炎の魔物が現れる。
「ひひひひいひひひぃ、ミランダ様、ロギスマ殿、導火線の引き金を引きましたぞっ! これで、わたしめの役目は終わりですなぁああああああっ!」
炎の精霊は狂ったように、笑っていた。
そして。
辺りにいた、霊達に向かって、火花の渦を撒き散らしていた。
「やれっ! てめぇらの憎しみを、恨みをぶちまけろぉおおぉぉぉぉぉぉおおっぉぉぉっ!」
彼は一つの発火装置と化していた。
霊達は、悲鳴を上げながら、辺りに飛び散っていく。
デス・ウィングは、呆然としながら…………。
…………、悪魔の将軍、ロギスマの仕込んだ、大巨人の自爆装置の攻撃を、許してしまった。…………。
†
盗賊達の頭が、悪霊と化した幽霊達に食い千切られていく。
彼らは、恨みの塊となって、死んだ時の記憶を叫び続けながら、盗賊達の頭を喰い千切っていく。
大巨人クレデンダは、都市を壊滅させる際に、犠牲者の精神を喰らって体内に貯蔵していたのだった。
周りの仲間達が、次々と悪霊達に食い殺されていく。
ジェドは言葉を失っていた。
同性愛者で、ジェドに好意を持っていたルゴの頭が食い千切られて、吹っ飛ばされていく。彼の髪を結んでいたバンダナが地面に落ちた。
他にも、ジェドが仲良くなった盗賊の仲間達の全身が食い千切られ、ジェドの眼の前で腕だけになった者もいた。
「俺が止める」
若頭である、ベルジバナが弓を手にしていた。
ベルジバナが、ジェドの前に立っていた。
「ジェド。カシラと、他のみんなにも、伝えておいてくれ」
彼は魔法の詠唱をしているみたいだった。
薄緑色の方陣が、辺り一面に包まれていく。
悪霊達は、ベルジバナの周辺へと集まってくる。
彼は魔法の詠唱を行い続けていた。
どうやら、仲間の盗賊達を防御する魔法みたいだった。
悪霊達は、慟哭を上げながら、ベルジバナの方へと向かっていく。
「俺の命と引き換えに、みなを救う、と」
ベルジバナの全身が光を発していく。
浄化の魔法なのだろうか。
次々と、悪霊達は、消滅し、空気へと溶けていく。
ベルジバナは、矢を手にして、弦を引いていく。
彼の眼の前には、強大な融合した怨霊が、幾つもの頭部を抱えながら、迫っていた。
「じゃあな、ジェド。しばらくは、こっちに来るんじゃねえぞ? ガザ兄にも、伝えておいてくれ。俺も、自らの命と引き換えにする魔法を唱える事が出来る。お前がやったようにな。もっと凄い奴だ」
ベルジバナは、自らの持つ全魔力を矢へと注いでいく。
ベルジバナの肉体が崩壊していく。
彼の矢の攻撃を受けた、一個の塊となった悪霊も、同時に消滅していく。
そして。
盗賊の若頭は、全身が灰となって消滅していった。
ジェドの故郷を滅ぼした、大巨人は、完全に打ち倒されたのだった。
†
ロギスマは、良く見える眼で、クレデンダの体内に蓄積された取り込まれた精神エネルギー体の末路を見ていた。ボルクリングも、力を使い果たして死亡したみたいだった。
……まさか、大巨人が……、たかが盗賊団に負けたのか……?
悪魔の将軍は、大地へと舞い降りる。
『パラダイス・フォール』に報告しなければならない。
国王にも、そして、先日の戦いで負傷したジャレスにも……。
ロギスマは、森に着地した後、敵に目撃されないように低空飛行しながら、その場を去る事にした。
突然。
何者かが、彼の近くに、流星のように着地する。
「お前はなんだ?」
女だった。
汚らしい服に、長い金髪。
そして、腰から長い刀を帯刀している。
先程、大巨人クレデンダを一瞬にして、葬り去った女だ。
ロギスマは、必死の顔になる。
「おいおい、おいおい。俺はただの通りすがりだっ!」
彼は、冷や汗を流し始める。
「お前がさっきの奴を手回ししたんだろう?」
女は訊ねる。
その声は、とても静かだった。
「…………、ひひっ、そうだな。分かったぞ、お前が、バザーリアンが会ったという……。デス・ウィングか?」
ロギスマは訊ねる。
「ああ、そうだ」
女は頷く。
「俺をこの場で殺すか? ひゃははっ、だが、どうしても聞いておきたい事がある。てめぇは、何が目的だ?」
「お前を殺すつもりは無いよ。ただ、確認がしたい。お前こそ、何が目的だ?」
「質問を質問で返すなよ。俺は、ビジネスで動いているだけだ。シンプルだろ? 帝都とのビジネスでなっ!」
悪魔の将軍は、笑い転げる。
「そうか。……正直、あれは私が倒すべきじゃなかった。ジェドやガザディスがやるべきだった。……お前にも悪い事をしたな。私は傍観者に戻るよ。ショーの観客に……」
そう言うと、女はその場から、去っていった。
ロギスマは……。
一気に、寿命が縮まった気分だった。
……あれは、勝てねぇな。…………、だが、ジャレスが戦いたがっている。あいつ、眼を覚ましたら、嬉々として、今の女の下へも向かうだろうなあ……。
そう言うと、ロギスマは、自身の命が助かった事に、安堵していた。
デス・ウィング




