第二幕 死霊術師ルブルと、憎悪を撒く者メアリー。 4
ミントは、両の掌に炎のエネルギーを集めていた。
襲い掛かってくる、奇形の怪物へと向けて、全力の火球をぶつける。
すると、怪物の全身が焼け広がる。
「えっ?」
黒いドレスの魔女が、少し困惑したような顔になる。
ジェドも同じような表情を浮かべていた。
ルブルのスフィンクスのゾンビが炎に包まれている。
ミントと、力を与え続けている、ラッハの全力の魔力だった。
獰猛な悲鳴を上げながら、巨大な怪物のアンデッドは、のたうち回りながら、全身が焼け爛れていく。
ミント。
彼女は、それなりの魔法使いなのだろう。
「ふんっ! 見かけ倒しよっ!」
彼女は、更に、第二撃の火球を放つ。
奇形のアンデッドは、四人をそれぞれの頭部で貪り喰おうとしたが、あえなく崩れ落ちる。
「相変わらず、爪が甘いわねえ」
洞窟の岩に、一人の女が腰かけていた。
メイド服を身に纏っている。
……ああ、メイドさんだ。ああ、俺、メイドさん好きなんだよなあ。癒やされるなあ。……。
ジェドはもうろうとしたまま、突如、現れた女性を眺めていた。
「貴女、お名前は?」
「私の名はミント・シェレディア……。ルクレツィアの貴族にして、ギルド・マスターの娘……っ!」
「ふうん? 面白そうな肩書きねえ」
「お前の名を名乗りなさいっ!」
「私? 私の名はメアリー。魔女ルブルの右腕。彼女専属のメイドをしているわ。ふふふっ、貴族はいいでしょうねえ。メイドの朝は早いのよ。私も貴族に生まれたかったわ」
彼女の表情は、不敵だった。
「ああ、そうだ、ルブル」
「何? メアリー」
「ドラゴン、イブリアの巫女だけど」
メアリーは後ろにしまってある、何かを取り出した。
どうやら。
それは、人間の腕だった。
左腕だ。
まだ、生温かい血が滴っていた痕がある。……数時間程前に切断されたものなのだろうか。褐色の肌の腕だ。
メアリーは、ルブルに腕を放り投げた。
「巫女の腕を切断して、交渉を持ちかけようと思ったのだけど。逃げられちゃったわ。それ、戦利品。大事に保管してくれると、嬉しいなあ」
メアリーは、ギルドのメンバー四人の下へと飛び降りる。ミントの下へと……。
落下すると同時に、彼女の両手には得物が握られていた。
それは、鉈だった。
彼女は、二つの鉈を手にしている。
「さて、貴女、私好みよ。とってもね」
メアリーは、鉈の刃を舐める。
ジェドは腰から剣を抜いて、必死で立ち上がる。
「うううっ、メアリーさんって言いましたか……? 此処は引いてくれませんか……?」
内心、ジェドはメアリーに対して、少し好意を持っていた。彼はメイドが大好きだった。毎日、帰りにお帰りなさいご主人様とか呼ばれたい。そんな事を考えていた。
「私は男に興味が無いのよね」
メアリーの瞳は、ジェドを完全に無視していた。
「お、俺の事、完全に無視ですか…………っ」
ジェドはかなり落ち込んだ顔になる。
そして、気を取り直して、剣を構え直して……、そして、メアリーに突撃していった。
「私は関心が無いと言ったわ」
余りにも、あっさりと。
ジェドの剣は、メアリーの鉈の一振りによって、弾き飛ばされていた。
更に、足払いだけで、地面に倒される。
メアリーの足はジェドの頭を踏み付けようとする。
……少し、嬉しいかも。
ジェドはそんな事を思い始めた。
メアリーは、ジェドの頭を蹴り飛ばして、彼を転がす。
「ミント。私は貴方に凄く興味がある」
メアリーの両眼は、爛々と輝いていた。
「な、何っ?」
ミントは、杖を構える。
「なんていうか、その単刀直入に言っていいかしら?」
メイドは頬を赤らめて、言った。
「貴女と性行為がしたい」
…………、しばしの間、ミント含めて、みな何を言っているのか理解出来ていないみたいだった。
「ええ。……その。やっぱりいきなりの告白は困るわよね?」
メアリーは顔を赤らめていた。
「そ、それは俺のセリフッ」
転がっていたジェドが叫んだ。小声だった……。
「正当にお付き合いしようとかは、無いのか……?」
アダンが無難に訊ねる。
「えっ? 私にはもうルブルという恋人がいるし。だから、身体だけでいいかなあって思うの。せめて、一夜の恋をしましょう?」
メアリーの口調は完全に本気だった。
本気でミントに告白している。
「わ、わ、わ、私は男の人ともお付き合いした事は無くて、ましてや……女の人なんて……、そ、それに、なら、貴方、その刃物仕舞って…………っ!」
ミントは、完全に混乱していた。
「何言っているの」
メアリーは、顔を紅潮させながら言った。
「私、エッチする時、相手の身体を刻みながらがいいの。一番、興奮するから」
完全に、彼女は高揚し切っていた。
熱情的な眼で、ミントを見続けている。
メアリーは有無を言わせなかった。
「ミントッ!」
彼女は二つの鉈を振るう。
「決めたわ。貴方は両手を切って、犯す。ふふっ、大丈夫。脚は残すから。太股が綺麗だし、付いていた方がいいわねっ!」
「俺達のリーダーに何をしようとしやがるっ!」
アダンが弓を引いていた。
矢が、メイドの腹をかすめる。真っ赤な血が流れ出す。
「あら? なに? これ」
メアリーは笑っていた。とても、本当にとても、嬉しそうな顔をしていた。
「外野が煩いわね。この私の恋路を邪魔したいのね?」
メイドは、跳躍して、アダンの前に佇む。
そして。
メアリーの鉈は、リザードマンの青年の肩に食い込んでいた。
べきりっ、嫌な音が響く。
「ふふっ。少しずつ、ほんの少しずつ、切断してあげるわ」
彼女は舌舐めずりをする。
「あらあら。メアリーがこうなっちゃったら、もう止められないわね」
ルブルは両手をひらひらと動かしていた。
「私に殺されていた方が良かったわね、みんな。ねえ、これから貴方達、メアリーによって、生きたまま解体されるわよ。楽しんでいってね」
ルブルはいつの間にか、ヤギのゾンビに跨っていた。ヤギは、まるで、馬のように早く走って、ルブルは、この場を去っていく。
「相変わらず、逃げるの早いわねえ」
メアリーは、呆れたように呟く。
「まあいいわ。私の楽しみの時間が増えるから」
彼女は、ぐるぐるっ、と、鉈の先を回していく。……いつでも、腕くらい切断出来るのだ。だが、手加減をしている。楽しんでいる、拷問をしているのだ。
「や、や、止めろっ!」
ミントは、杖を向ける。炎の塊が放たれようとしていた。
だが…………。
「遅いわ……」
ミントの両手の手首が、ぱっくりと切れていた。大量の血が噴出する。彼女は杖を落とす。
「腕を落とすのは、まだ先」
メアリーは、鉈に付いたミントの血を舐める。
そして、ミントの右手をつかむ。
「ふふふっ、美しい。白い手ね」
魔女のメイドは、静かに、官能的な仕草で、ミントの腕の傷口を舐めはじめる。ミントは叫ぶ。
「とてもいい声ね。素敵よ。ほら、もっと鳴くの」
ミントの傷口から、血が噴き出し続ける。
アダンが苦悶の表情を浮かべている。
ジェドは立ち上がっていた。
ミントは、ギルドに誘ってくれて、そして、思わずジェドが付いていこうと思った相手だ。……確かに、下心などもあった。でも、今まで自分を守ってくれた。
「あら?」
ジェドの剣が、背中から胸にかけて、メアリーの身体を貫いていた。メアリーは口から血を吹き出す。
「あらあら?」
メアリーは、とても楽しそうだった。
……何故、死なない? 何故、倒れない?
ギルドのメンバーは、みな、その場で同じ事を思っていた。
「ふふっ、くくくっ、あはははははははっ、私は油断していたのね?」
彼女は胸元から剣が生えたまま、哄笑を続ける。
ジェドは剣の柄を握った両腕を、震わせていた。
「さて、疑問に応えようと思うの? 私は何故、死なないのか? それに、私は痛みを感じていないのか?」
彼女は少年を見下げる。
「ふふふふふっ、私は生きている人間だと思ったのかしら? もう分かるわよね?」
「お、お、お前も、魔女ルブルの力によって生きている……」
「そう、私もゾンビよ」
メアリーは、誇らしげに答える。
†