第十九幕 陰附からの蒼い馬。 4 -覚醒-
「ハルシャ、私を育ててくれてありがとう。メアリー。貴方と出会えてよかった」
ミントは言う。
彼女は、自らの胸に手を当てる。
ミントは、愛が世界を支える事を願っている。
何の為に、この世界に生まれたのか。
今、証明出来そうだ。
「メアリー、私はこの世界をずっと、憎んでいた。ハルシャ……。呪われた血を持つ、私を育ててくれて、ありがとうっ! 私は、今、この時の為に生まれてきた。生きてきたのだと思うっ!」
彼女の言葉は、悲痛に満ちていた。
「待てっ! 止めるんだ、ミントっ!」
ハルシャは叫ぶ。
メアリーは震えていた。
ミントの背中から巨大な金色の翼が生える。
彼女は口の中で、何かを詠唱しているみたいだった。
「少しだけ、自由になれた気がする。今、この瞬間……。ずっと愛せなかった、この世界に対して……。メアリー、今にして思うと貴方は、私の影みたいなものだった」
「勝手に、そういう風に思わないでよっ!」
メアリーは、奥の手を使う。
メアリーの背後から、巨大な甲冑を着た大斧を持った幻影魔獣『ソウル・ドリンカー』が現れる。剣を振って、高速剣を放ち、変身するミントを切り刻もうとするジャレスが、再び、幻影魔獣の大斧によって、壁に拘束される。
ジャレスは、剣を握る右手に力が入らないみたいだった。
「国王の子息。お前が死ねば、この世界は確実によくなる。多分、私はその為に生まれてきた。……もう、人には戻れないかもしれない。なら、一緒に地獄に墜ちよう、ジャレスッ!」
ミントは、黄金色のドラゴンへと変化していく。
そして、口腔から炎と稲妻を融合させた、吐息が放たれる。
「ハルシャ……。そして、メアリー、ありがとう……」
ドラゴンとなった、ミントの全身は、黄金の光に包まれていく。
辺り一面が、ミントの放った吐息によって、粉微塵に吹き飛んでいく。
閃光によって、一帯にある丘陵が、平らになっていく。
†
ジャレスは、全身、焼け爛れながらも悠然と佇む。
「二人とも、トドメを刺してやるよっ!」
ジャレスは咆哮していた。
そして、自らの柄の無い剣を探しているみたいだった。
「探しているのは、これだろう?」
何か、煌めきがする。
ジャレスの胸元が、完全に貫かれていた。
ハルシャだった。
彼は、ジャレスの剣を握り、自身が魔法を掛けて剣を実体化させて、目の前の敵を貫いたのだった。
「な、何をやっている、ミノタウロス……。貴様は俺に仕える、王族護衛軍…………」
「私は反逆者なのだろう? それに私が仕えているのは、国王ではなく、ルクレツィアそのものだっ!」
ミノタウロスの勇者は叫ぶ。
「しかし、この剣。やはり、魔力を増幅させる力が絶大にあったみたいだな。優れた剣だ」
ハルシャは、素直に感嘆の声を上げる。
「おのれ……、おのれぇええええぇえええ…………」
胸を刃で貫かれながらも、なおも、ジャレスは何かの魔法の詠唱を行おうとしているみたいだった。
ジャレスの首が、勢いよく切り裂かれる。
メアリーだった。
彼女の手にした鉈で、ジャレスの喉元は裂かれていた。
「惜しいわね……。本当に化け物なのね。首を落とせる筈だったのに……。首をねじって、私の不意打ちを避けるなんて、ね?」
メアリーは、せせら笑いながら、地面に膝を付く。
「もう、ソウル・ドリンカーを実体化させる力は無いわ。ミノタウロス……、早く止めを…………」
「言われなくてもだっ!」
ハルシャは、ジャレスの剣を、彼自身の胸へと深く押し込んでいく。
突如。
暴風が、二人を襲う。
雨も吹き荒れていた。
一瞬の出来事だった。
ジャレスは、ハルシャの最後の攻撃を避けていたみたいだった。
「おおっと。ジャレス様。このわたくしめが、参りました故」
ハルシャと、メアリーは空を見上げる。
砂漠の空に、暴風雨を撒き散らしながら、一体の灰色の肌をしたコンドルような翼を持った悪魔が、ジャレスをつかんでいた。
「我が名はロギスマ。この御方は、我々の主でもある。もっとも、次期、主であるがな。ひひひひひひっ、てめぇら、覚えていろよっ! 全員、我らがぶち殺してやるからなあああっ!」
そう言うと、悪魔は、その場を去っていった。
しばらくして、砂塵が二人を覆う。
ミントは人間に戻っていた。
そして、ミントは、全身、傷だらけで倒れていた。
纏う服は、ズタボロだった。
特に、喉の裂傷と、腹の傷が酷かった。
メアリーは、ミントを担ぐ。
「じゃあ、私は、この子の治療の為に、私の城に戻るわ」
「メアリー。彼女は私に返せ、ミントをアンデッドにでもするつもりか!?」
ハルシャは怒る。
共闘したといっても、目の前の女を信用出来るわけがなかった。
「何も悪いようにはしないわよ。城には充分な設備が整っている。それに、ミノタウロス。貴方の下に預けたら、それこそ、国王の部下達がミントを始末しに向かうわよ? 貴方も、身を隠しなさい。あの男を取り逃した。今回は、私達は、実質的に勝利していないのよ?」
魔女のメイドは、強く言い放つ。
ハルシャはうなだれる。
斧の柄を手にして、気を失わないようにしているみたいだった。
ジャレスから受けた傷が、予想以上に深いのだ。
「分かった、信用する。頼む、彼女を助けてやってくれ」
「言われなくても、……貴方も、傷が深いわよ。早く手当てをする事ね……」
そう言うと、魔女のメイドは、ミノタウロスの下から去っていく。




