第十九幕 陰附からの蒼い馬。 3 -国王の子息、ジャレス-
ミントは、地面に膝を付き、口と腹から血を撒き散らし続けていた。
メアリーはミントの背後に立つ。
「ジャレスとか言ったわね?」
魔女のメイドは、冷たい視線で、目の前の男を見据える。
「そうだよー。俺の事は本当に覚えておいて欲しいなあ? といっても……」
「私達を此処から、逃がすつもりは無いわね?」
メアリーはミントの肩を優しくつかむ。
ミントは膝を付きながらも、杖を握り締めようとしていた。
「止めなさいっ! ミント、貴方、……腸が見えているわよ…………」
「わたし、は、まだやれる。あの男は絶対に殺す。殺してやる。…………、ゾアーグを、あいつ、あいつは私の子供の頃もそうだった……、私の目の前で、楽しんで人を殺して…………」
メアリーは。
ミントの頬を強く叩く。
そして、ミントの両腕をつかむと、後ろへと跳躍する。
「分かったわ。二人で倒しましょう」
メアリーと、ミント。
二人がいた場所は。
くっきりと、地面が大きく削れていた。
「そのまま、二人共、バラバラの細切れのサイコロ・ステーキに出来ると思ったんだけどなあ♪」
ジャレスは、本当に楽しそうだった。
メアリーは、包帯の幻影を生み出して、ミントの腹へと巻いていく。
「貴方、回復魔法は出来たわよね?」
メアリーは、クレリックの少女に訊ねる。
「…………え、ええっ、…………」
「この私が、時間を稼ぐから。貴女は、自身のお腹の傷を治して。あいつの力の正体が分からない……。見破らなければ、私達に勝機は無いわね」
メアリーは淡々と言う。
メアリーは、ジャレスを前に思考していた。
……困ったわ。ルブルのゾンビがあれば、様子見出来るのにね。ルブル、散々、あんまり実戦で役に立たないとか。ゾンビは木偶ばかりとか、尊大な性格の割には実力が伴っていないとか、思っていて、ごめんなさいね。
メアリーは、思わず、伴侶に対して散々、つねづね考えていた事を心の中で呟く。
ルブルの生み出す、アンデッドの肉の盾があれば、ジャレスの力を見破る事はもっと容易だろう。だが、メアリーは、一人でミントに会いに、この倉庫に来たのだ。
メアリーは、自らの左腕を幻影で生み出していく。
「幻影使いかあ」
ジャレスは、正確に、メアリーの力量を見極めているみたいだった。幻影の作成にかかる時間さえも…………。
「ミントの攻撃魔法で、しっかり負傷しているのね? そのお綺麗な顔、台無しになっているわよ?」
メアリーは挑発的な言葉を口にする。
「うーん。それは戴けないなあ。この絶世の美男子の顔に傷を付けるってねえ。本当に、本当に許せないねえ。ふふっ、くくくくくくっ」
ジャレスは、くるくる、くるくる、くるくる、くるくる、と、刀身の無い剣の柄を振り回していた。
「思うに、本当は、後、数メートルくらいは伸びるんでしょう?」
メアリーは、あえて訊ねてみる。
「さて。どうだろうねぇ?」
ジャレスは答えない。
メアリーの全身から、漆黒の闇が漏れ出していた。
「取り敢えず、貴方の能力の概要を見破る事にするわ」
メアリーの生み出した闇は、部屋全体へと行き渡っていく。
ジャレスへと。
全方角から、斧や剣、槍や矢といった、多種多様な攻撃が撃ち込まれていく。
ジャレスは、それらを剣の一振りで弾き飛ばしていく。
「ふーん。俺、君の計算は読めているんだけどなあ?」
ジャレスは、闇の中、微動だにしなかった。
次に。
四方八方から、何名ものメアリーが現れて、ジャレスへと斧と鉈の攻撃を振り降ろしていく。
「君の計算は読めているんだよねぇ。自分の幻影使って、受胎告知の娘連れて、逃げるつもりでしょ?」
ジャレスは完全にほくそ笑んでいた。
メアリーの幻影達の首と、腕が、次々と、ジャレスの剣の一振りによって落とされていく。
ジャレスの攻撃が伸びる。
倉庫の扉にいる、ミントを背負ったメアリーへと向けられていく。
「なっ!?」
そして。
メアリーと、ミントは、ジャレスの見えない不可視の剣によって、全身を細切れに切り刻まれていく。
「ざーんねーん。俺の勝利でしたっ!」
ジャレスは、ゲームに打ち勝った少年のように笑い転げていた。
「お馬鹿さんなのねぇ」
ジャレスの腹が、刃によって薙ぎ払われていく。
「私、言ったでしょう? お前を倒すってっ!」
ジャレスは。
顔全体を、杖から放たれた攻撃魔法によって焼き払われていく。
「あらあらぁ? お綺麗な美男子が本当に、台無しねえぇ!?」
メアリーは嘲笑う。
メアリーの鉈は、ジャレスの腹の皮膚で止まっていた。
ビキィ、ビキィ、と音を立てて、メアリーの鉈は軋んでいた。メアリーは、即座に、自らの得物を捨てて、後ろへと下がる。
クレリックの少女の放った、炎の魔法が、ジャレスの頭部を燃やし続けていく。
「ミント、分かったわ。こいつの能力の正体が…………」
「なに? ……メアリー、…………」
「“冷気”。空気中に、冷気の刃を散布させて、私達を切り刻んでいたのよ。物理法則の知識や原理は良く分からないけど。空気中の気体を固体に変化させる時に“凍らせている”のよ、こいつは。それで、切った後、すぐに冷気の刃を、気化させて、気体へと変えて、空中に溶かしている。凍らせる範囲も、冷凍させる空間も、自在に操れるみたいだけれどね?」
メアリーは、ジャレスの力の概要を説明していく。
ジャレスは、顔から炎を取り除く。
顔の所々が、火膨れを起こしていて、髪の毛の幾つかがチリジリになり、彼の端正な容姿はボロボロだった。
「鏡、作ってくれないかなあ? おい、そこのメイド。お前だよ。幻影で作れるだろ? おい、俺の顔、どうなっているんだよ? ああ? どうなっている?」
「御自分で作ればいいんじゃないの? 貴方、氷使いみたいだから、氷の鏡くらい作れるでしょう?」
メアリーは鼻で笑う。
ジャレスは。
初めて、怒りに震える形相になり、地面から氷の柱を生み出していた。
そして、鏡となった、氷の柱をまじまじと見る。
「ほおぉ。凄いな、俺。ホント、この美しい顔が台無しだよ。火傷でボロボロだしさあぁぁぁぁあああぁぁ。唇の皮膚とか、めくれあがっているよねっぇ? 鼻も真っ赤だしさぁぁあああぁぁぁ」
彼は、心底、怒りに打ち震えているみたいだった。
「あらあら? あらあら? ほんとーうに、美男子になったじゃない? 前より、断然、良い男よおぉ? ミント、何か言ってあげればぁ?」
「ええ。……、肥え太った蛆虫の詰まった残飯が大好きな、汚物のような鬼畜の豚野郎にふさわしい、面構えになったわね、メアリー」
ミントは暗い憎しみの灯る視線で、ジャレスを見ていた。
ミントの毒々しい言葉に、メアリーは少しだけ……、引く。
しゅん、しゅん。
ジャレスの剣は振るわれる。
メアリーは、ごぞりっ、と、右耳を落とされていた。
ミントは、喉元を、ぱっくり、と切られる。
二人共、予期しない痛覚に絶句していた。
油断、していた。
「あまり、俺を舐めるな。力の正体を知ったからって、何なの? 虫ケラは人間様には勝てない。この台所を漁る、害虫共がっ!」
ジャレスは、自身の顔の火傷痕を、つつーと、なぞる。
彼は…………、やはり、楽しんでいるみたいだった。
ジャレスの斬撃はより、早く、より重くなっていく。
ミントは、ほぼ致命傷に近かった………。
彼女の意識が途切れようとする。
ジャレスの刃が、ミントの胸を貫こうとする。
激しく、肉が裂かれ、抉られる音がした。
瞬間。
ジャレスの甲冑へと、巨大な斧が投げられた。
そのまま、ジャレスは壁へと叩き付けられる。
ハルシャだった。
ハルシャが、ミントをかばう。
「何故、此処に?」
ミントは訊ねる。
「心配で、やはり此処に来た。……もっとも、メイドの方ではなく、王族が相手とは予想だにしていなかったが…………」
ハルシャは、冷や汗を流していた。
「おやおや? おやおや、おやおや? 紅玉業のミノタウロスっ!」
ジャレスは。大斧を投げ飛ばす。
「やはり、お前は反逆者だったみたいだなっ!」
国王の子息は、高らかに叫ぶ。
「お前は磔にしてやろうっ! お前の苦痛は一週間は続くだろう。そして、お前は不名誉な者として、この国の歴史に名を刻むのだっ!」
嘲弄は止まらない。
ハルシャは。
ミントを庇った為に、背中に無数の切り傷が出来ていた。
「大丈夫よ。ミノタウロス」
魔女のメイドは静かに言う。
「ハルシャ、ありがとう。貴方まで死ぬ事は無い」
クレリックは微笑む。
ミントとメアリーは、声を揃えるように言う。
「あの男は」
「生かして返さないわっ!」
メアリーと、ミントは交互に叫ぶ。
そして。
ミントの全身から、凄まじいまでの魔力が迸る。
ハルシャと、メアリーの二人は、言葉を失っていた。
「二人とも、ありがとう。私は……、人を止める…………」
彼女は、優しく微笑んだ。
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