第十九幕 陰附からの蒼い馬。 2 -ミントとメアリー、クレリックと魔女のメイド-
「約束通り、この場所に来て上げたわっ!」
ミントが、砂漠の朽ち捨てられた倉庫の中へと入る。
おそらく、何かの食料品でも入れられていたのだろうか。木箱の山が積み重なっていた。
その木箱の上に、メアリーが腰かけて、一人佇んでいた。
「今日は魔女ルブルはいないのかしら?」
ミントは怒りに打ち震えながら、メアリーを見上げていた。
「そうね。彼女はお城で御留守番。私個人が貴方と協定を結びにきたの」
開けられた窓から差し込む、真昼の日差しにあたりながら、メアリーはミントを見下ろしていた。
「味方が欲しいの。国王の子息ジャレスを殺す為のっ!」
「あらそう?」
メアリーは、にやにやと、愛しい少女を見下ろしながら笑っていた。
「お前、さっそく私をお城に連れていくつもり?」
「ええ。ご招待したいわ。そして貴方を大切に可愛がるの」
メアリーは、口元に指先をあてた。
ミントは、杖を取り出した。
「メアリー。やはり、お前は信用出来ない」
ミントは、邪悪なメイド姿の女の姿を見上げる。
「あら? この私と共闘したいわけじゃなかったのかしら?」
ミントは口の中で、魔法を詠唱する。
彼女の周囲に、炎の渦が生まれていく。
「メアリー。一緒に帝都と戦って欲しい。先日、私の大切な友人が処刑された。国王の子息、ジャレスに……。私はあの男を絶対に赦せない…………。貴方に対する怒りよりも、はるかに、私は帝都を憎んでいる…………」
「ふふっ。ミント、憎しみに歪む、貴方の顔も素敵よ?」
メアリーは艶然とした顔で笑う。
「降りてきなさい。不愉快よ、メアリー」
ミントは、倉庫全体を炎で包みこもうとする。
その気になれば、この倉庫ごと、あるいは、この区画ごと、メアリーを燃やすつもりでいるみたいだった。
「あらあら? 一体、どうしたのかしら? 本当に」
メアリーは木箱の上から飛び降りる。
そして、手には、いつの間にか大きな鉈を手にしていた。
二人は、今にも、一触即発だった。
そして…………。
「何者かがいるわね」
メアリーは言う。
「ええ、そうね」
ミントは頷く。
†
「付けてきた甲斐が、あったんだよねえ。“受胎告知の少女”」
鎧に身を包んだ、涼やかな顔の美青年は、二人を見据えていた。
優男だが、その瞳は紛れもない狂気を宿していた。
ミントは、思わず、寒気がする。
「どうだろう? 俺は俺を試してみたい。そこにいるのは、魔女だろ? あの炎の死体の城を建てた。俺の王国でよくも遊んでくれたね?」
男は笑う。
「この私は魔女では無いわねぇ。私はメイドなの。つまり、魔女に仕える召使いってわけ」
メアリーは流し眼で、現れた男を見る。
「私、男に興味無いのよねえ。さっさと、惨殺していいかしら? で、貴方は何者なのぉ?」
彼女はほくそ笑むように訊ねる。
そして、自身の得物である鉈の先を、現れた男に向ける。
「本当に、まったく理解が出来ないよ。この俺はこの国の王になる人物なのにさ。君達ときたら、本当に頭が高いしねぇ。本当に、いい加減にして欲しいよねえ」
男は、酷く不気味な笑顔を浮かべていた。
「お前は、国王バザーリアン・ルクレツィアの子息……。正当な王位継承者である、ジャレス・ルクレツィアでしょう?」
ミントは、杖の切っ先を、目の前の優男、ジャレスに向ける。
「ああ、そうだ。“受胎告知の娘”っ!」
ジャレスは、何処までも、笑顔だった。
その笑みは、ある種の、禍々しささえあった。
「プレゼントは、お気に召したかな?」
ジャレスは歯を出して、笑い。両手を広げる。
完全に小馬鹿にしている声音だった。
「ああ。そうだ。お土産も持ってきたんだ」
ジャレスは、意味ありげな言葉を言った。
「ちょっと、此処に来る道を訊ねてもさ。教えてくれなかったから。でも、時間を掛けたら、教えてくれたよ?」
ごろり、と、何かを二つ、床に転がす。
それは。
ミントの立ち上げた弱小ギルドのメンバーである…………。
リザードマンのアダンと、ミノタウロスのラッハの…………。
生首だった。
ジャレスは、とても楽しそうに、それらをサッカー・ボールのように蹴り上げる。
ぼーん、ぽーん。
ミントは、一瞬、何が起きたのか、まるで分からなかったみたいだった。
「時間数えたよ。アダン君は粘ったねえー。でも、彼は教えてくれた。うん、やっぱり、親切だったよ? やっぱり、他人に道は聞いてみるものだね。アダン君が俺に、此処までの道を親切に案内してくれたんだ」
ジャレスは、意味ありげな事を、楽しそうに言う。
二人は、…………、ジャレスの手によって、ゾアーグ同様に、拷問死したのだろう…………。
「うーん。何かな? でも、気にする事ないんじゃない? 彼らは人間じゃないしー。牛とトカゲと、それから猿が死んだだけじゃあーん。何も不幸な事は起こってないよねえ?」
ジャレスは、リザードマンの少年の生首を、何度も、何度も、ボールのように蹴り上げていた。
刹那の事だった。
ミントは杖から、炎の球を全力で放出していた。
ジャレスの全身が、炎に包まれ、更に、火柱が彼を飲みこみ続ける。
メアリーは、それを見て、息を飲む。
「何? 私と戦った時より、貴方の魔法、凄くなっていないっ!?」
魔女の召使いは、素直に感嘆の声を上げる。
ミントは、完全にブチ切れていた。
その表情は、深い怒りに満ち溢れていた。
「メアリーッ!」
ミントは叫ぶ。
「私の貞操は、その…………。貴女の好きにしていいから。この男は、……この男を全力で、ぶっ殺す事だけは協力してっ!」
クレリックの少女は、更に、魔法の詠唱に取り組んでいた。
炎と稲妻がミントの周辺全体に飛び散り、一つの金色の翼のように変化していく。それは、四つの翼のようだった。
ミントは、新たに生み出した魔法を、火柱へと向けて解き放った。
倉庫に巨大な大孔が開く。
「ミントッ!」
メアリーは、鉈を強く握りしめながら叫ぶ。
「あいつ。何なの? 一体……?」
「本人が言っていたでしょう? 国王の正統な子息、次期、国王であるジャレス……」
「そういう事じゃなくて。あいつ、一体、“何者”なの!? そもそも、あいつ、“人間”なの?」
メアリーの顔は、……慄然としていた。
火柱の中から、鎧を纏った男が這い出してくる。
平然としたような、佇まいだった。
ただ、……顔や腕には、多少の火傷を負っていたが、気も止めていないみたいだった。
「やあ。受胎告知の娘。これは、中々、不敬だねえ。俺はこの国の次期、国王なのにねえ?」
彼は“刀身の無い柄だけの剣”を握り締めて、不敵に笑っていた。
一瞬だった。
鉈を握り締めていた、メアリーの左腕が、細切れに切断されていく。彼女の輪切りにされた、腕が、指が、地面に転がっていく。
ジャレスが、剣を振るったのだった。
メアリーは自身のダメージを理解すると、後ろへと跳躍した。
この男の攻撃の射程がある筈なのだ……。
どんな能力なのか、一体、どんな魔法を使っているのか分からないが、この男の射程に入ったら、…………、死ぬだけだ。
「ミント、後ろに下がりなさいっ!」
メアリーは叫ぶ。
メアリーは、幻影の実体化を行っていた。
ミントの前方に、巨大な盾が生まれる。
「メアリー、腕は大丈夫なの!?」
ミントはメアリーの方を見る。
「よそ見しないでっ! この私は、ルブルから新しい腕を作って貰うから。後ろに下がってっ!」
メアリーは、再三、叫ぶ。
ミントは。
あえて、前に出て、幾つもの火球と雷撃を、ジャレスへと目掛けて打ち込んだ。
……駄目だ、この子…………。
メアリーは、ミントを見ながら焦る。
完全に頭に血が上っている。
メアリーは舌打ちすると、ミントの方へと跳躍する。
そして、ひたすらに攻撃魔法を撃ち続けるミントを、力づくでも、後ろに下がらせようとする……。
メアリーは、言葉を失っていた。
ジャレスは、相変わらず、嫌みのような笑みを浮かべ続けていた。
ミントは口から、大量に血を吐いていた。
それもその筈だった。
ミントの腹は、孔が開いていた。
丸い穴だった。
「うーん。良い内臓が見えるかな?」
ジャレスは鼻歌を歌い始めていた。
メアリーの生み出した盾を、なんらかの攻撃によって、いとも容易く、貫通させていたのだった。
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