第十七幕 ドラゴン殺し。……奴隷商人の王は残虐に嘲ける。 2
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ジャレスは王宮の頂上にある塔から、街中を見渡す。
いずれ、この世界は自分のものになるべき運命だ。
帝都も、パラダイス・フォールも、自分のものだ。
「気に入らないなあ。デス・ウィング。それから魔女。ドラゴン。この俺の世界で好き勝手に遊んでくれて…………」
彼は甲冑を纏い、鎧をはためかせていた。
もうじき、日は落ちる。
そして、夜が訪れる。
「ギルド・マスターの娘、それから天空樹のヒドラ。盗賊団。闇の天使とその配下……。本当にイライラさせる下郎共。なんで、彼らは俺の箱庭にいるんだろう? なんで、彼らは俺のルールを壊そうとするのだろう? なあ、そう思わないか?」
彼は背後にいる、暗殺者ロガーサに訊ねる。
「はい、ジャレス様。貴方様が後に戴冠するべき世界で、彼らはいりませんね」
「その通りだ。父上がいずれ、この俺に地位を譲る時、この俺がルクレツィアの主となる。なあ? そこにいるか? カバルフィリド。君もそう思わないか?」
塔の上に、一人の老人が上がってくる。
彼は醜悪な姿をしていた。眼は強欲に満ちている。男女共に、児童との性行為を好む老人……。
「ジャレス殿下。我が開催する、大闘技場にて奇妙な剣闘士が現れました」
「ほう?」
ジャレスは少しだけ興味深そうに訊ねる。
「ドラゴンの戦士ですな。おそらくは、西のドラゴン達の一体でしょうぞ。何を考えて、我の闘技場の戦士を行っているか知りませんが。……我と、他の者達は、楽しい見世物が手に入って喜んでおります」
「ははっ、そうか。俺も、今度、見ておくよ」
ジャレスがそう言うと、カバルフィリドは恭しく礼をする。
「分かっているな? ロガーサ?」
ジャレスは酷薄な笑みを浮かべる。
彼の側近である、暗殺者は頷く。
「デス・ウィング。魔女ルブルとメアリー。ドラゴン共と、サウルグロス。そして、イブリアの受胎告知の娘、ミント。エルフ達の主ラジャル・クォーザ。盗賊団の頭ガザディス。闇の天使シルスグリア…………」
「ああ。全員、抹殺しろ。暗殺者ギルド『夢海底』の他の者達に伝えておけ。この俺も動く」
ジャレスは楽しそうな顔をしていた。
「俺は、この俺は自身の力を試してみたい…………」
彼は夜の闇に溶け込んでいく。
奴隷商人の王カバルフィリドは、ジャレスを見て、息を飲んでいた。
翼がはばたく音が鳴る。
彼の背後に、新たな気配が現れる。
「おおっ! ジャレス殿下。この夜景は綺麗ですなあっ!」
邪悪なデーモンは歯茎を剥き出しにする。
「ロギスマか…………」
デーモンは、翼をたたむ。
「ミランダ様が、盗賊団相手に敗退した話は耳にしましたかな?」
「ああ……。そうみたいだね…………」
「大巨人を動かすつもりだそうですぜ。俺様達の兵隊である、ボルクの奴が、操縦士をやっている。それにしても、あの怪物のデザインは、俺様がミランダ様に頼んだんですなあぁ。ミランダ様は、直々に魔女とドラゴンを倒しに向かうそうですぞ?」
悪魔の将軍は愉悦を浮かべる。
「彼らの首をこの塔に晒しましょうっ! 彼らの死体を吊るしましょうぞっ! 我は彼らの血を杯で満たしたいっ! おおっ! 血の饗宴をっ! 贄をっ!」
醜悪な老人は、天に向かって叫び続けた。
「ロガーサ。あのさあ、君は引き続き、護衛軍のミノタウロスとオークの調査を行って欲しいんだよ」
ジャレスは“刀身の無い剣”の柄を握り締めていた。
「俺、ちょっと、奴ら殺してくるね。…………」
ジャレスの顔は不気味に歪む。
そして。
彼は、塔の上から、何かを見つけたみたいだった。
この時間帯…………。
城の周辺……。
彼は塔から、跳躍した。
†
……やはり、か。
ゾアーグは、王宮地下の資料を手にしていた。
それを懐に詰め込む。
そろそろ、岐路へと付いた方がいいかもしれない。見つかったら面倒だ。
……やはり、地下は人体実験が行われていたか……。ミント……、彼女はやはり、イブリアの血を引き、そして、バザーリアン国王の隠し子であったか。
この資料は見つかったら、非常にマズイ事になるだろう。
背後で……。
何かが舞い降りる。
とてつもない、寒気がした。…………。
今まで、味わった事の無いものだった。
ゾアーグは、振り返る。
「あのさあ。紅蓮業のオーク、ゾアーグ」
そこには、涼やかな顔で、ジャレスが佇んでいた。
ゾアーグは息を飲む。
「なんで、こんな時間帯に、王宮周辺にいるの?」
「……いえ、その。ジャレス様。私は、見張りを…………」
「君、今日、非番だったんじゃないかなあ? あれ、休日出勤だったけ? まあ、いいや……」
ジャレスは、口元に指先を押し当てる。
「お前、俺に隠し事しているだろ? 顔を見ればわかるよ」
ゾアーグは言葉を失う。
この男には、嘘は通用しない…………。
ゾアーグは、観念した顔になる。




