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第十六幕 少女は救世を願い、この世界を憎悪する。 1


 命が無碍(むげ)に扱われる、この世界において、少女は救世を願う。


 ミントは晴れた空を見ていた。

 雲がたゆたっている。

 今日も、守護者としてスフィンクス達が、空を飛んでいる。


「しばらく、会いに行っていないなあ……」

 彼女は、少しだけ歩みを進める。


 今日は、精神病院に向かう。

 この病院には、障害が二つに分けられている。


 地上・精神障害者収容施設。

 地下・知的障害者収容施設。


 帝都の支配者の一人である、娯楽施設の管理人であるミランダ。

 彼女の手によって、いずれ、此処の住民達は、ガス室で殺害されるかもしれない。

 ギルドの力によって、帝都の貴族達から、この病院は守られているが、それでもミランダは彼らを排除しようとする。


 精神障害者達は、最低限の食事を与えられて生活しているが、地下の知的障害者達は、更に陰惨だった。彼らは“生きるに値しない命”とばかりに、彼らを見る。地上の精神障害者の一部にも、自分達とは違う、何か、と思う者も多い。


 生まれてきた時から、罪、だった者達……。

 

 輪廻の世界において、身体障害者や、知的障害者達は、前世において、大きな罪を犯した者達とされて、この世界に産まれたとされる。


 命……。


 何故、みな軽薄に物事を考えるのだろう?

 何故、みなこの帝都を疑わないのだろう?

 帝都は、国民達を守ろうとなんて、考えていないのに。ただ、……弱きものから奪い取り、踏みにじるだけの存在でしかないのに。


 地上の精神障害者達は、製薬屋の利権によって生かされ続ける。彼らは心の病気を常態化させる薬品を投与され、製薬屋の利益によって生かされ続ける。彼らは政府にとっての養分みたいなものだ。隔離されて、彼らの家族はこの施設の代金を払い続けなければならない。治る薬は渡されない、……心を壊していく薬が与えられる。


 地下の知的障害者達は、鎖に繋がれて、最低限の食事のみを与えられる。暴れる事が多い者は、動物のように、檻に入れられている。彼らは不要な命なのだろうか? 


 帝都に住まう者達の多くが、この制度が当たり前のものとして、認識している。


 それでも、彼らはギルドの力によって生かされている。

 彼らに良き未来が訪れればいいと、彼女は願う。



 病院を出ると、露店やレストランなどが点在している。少し離れると住宅街だろう。人間は他の人間に対して、獰猛(どうもう)な獣だ。悪意に顔は見えなく、人々の悪意はまるで空気のように漂っている。


 彼らは、精神病棟を見て見ぬフリをする。

 彼らは、最底辺貧困者達のスラムを存在していないように扱う。

 彼らは、帝都が行う残酷な処刑を、怖いもの見たさの娯楽として消費する。


 …………、彼らは、この国家が、腐っている事を見ないようにするし、むしろ、多くはこの国家が自らの人生を守ってくれていると思い込む。狂った信仰は続いていく。この国家の宗教に救済は無い。国民が税金を貪り取られる為に、宗教は存在する。国王と貴族達の贅沢の為に、この世界の宗教は存在している。


 空の太陽は眩い。


 日の光は、愚かものにも、卑しきものにも、悪人にも、貧しき者にも、照り渡る。ミントは、この眩しさを、平等の象徴なのだと思った。


 この世界は、命が大切だ、と考える事が、危険思想だとされるのだ。


 国家の為に、国民に死ねというのか。国民一人、一人に個は無いのか。命を蔑ろにする宗教に一体、何の価値があるのか。



 大切な親友が病院で生きていた頃、彼女はミントにこんな事を告げていたような気がする。


 ……いずれ、貴方はみなから必要とされる。正しき者からも、悪しき者からも、卑しき者からも、愚かな者からも、この世界は貴方を必要とするのだと思う。私に祈るように、この世界に祈って欲しい……。貴方は道を踏み外すかもしれないけど、この世界を救う事を願い続けて欲しい。…………。


 途中、ひまわり畑を見かけた。

 ひまわりからは、食用のオイルが取れる。食べる為に必要なもの、何処までも空に根付いている。この砂漠の街で、空へと伸びて生きている。


 ミントは、たまに、路上の吟遊詩人から歌を教えて貰う。

 下手ながら、歌の歌い方や作詞の方法なども教えて貰う。

 ミントも、少しだけ彼らに憧れて、一つ、歌詞を考えたのだった。



『太陽へ奉げる歌』 作詩・ミント



 日の光はどんな者にも平等に降り注ぐ


 太陽は命を差別しない

 太陽は善にも悪にも光を注ぐ


 この空と大地は誰のものでもない

 この空と大地は生きとし生ける、みなの者


 太陽は平等なのに


 何故、命は差別するのか

 何故、みな競い合うのか


 幼い子供の笑い声

 病で苦しむ人の声

 貧しき人の祈りの声


 何故、太陽は差別しないのに、みな差別を求めるのか


 貧富の格差も 人種の区別も 姿形も関係なく

 ただ、日の光は降り注ぐ


 愛を知る者も

 世界を憎む者も

 富んだ者も

 飢えた者も


 ただ、太陽の下で生きている


 価値の無い命なんて無い

 そう、信じて、私はこの世界を憎む

 この世界を愛したいから



 詩を書いて、誰かに見て貰おうと思ったけど、笑われそうなので隠そうと思った。

 ハルシャにだけ見せて、お前らしいな、と笑ってくれた。

 オークのゾアーグは、隠れて楽器の練習をしているらしい、とハルシャは言ってくれた。いつか、彼に曲を作って貰おうか、二人で笑い合った。


 ミントにとって、ミノタウロスの勇者であるハルシャは、義理の兄だ。どうしても、彼に甘えてしまいたくなる。今日も疲れた。一緒にお風呂に邪魔しようと思う。



挿絵(By みてみん)


ミント

T4作戦=ナチス・ドイツで優生学思想に基づいて行われた安楽死政策である。精神病患者や知的障害者、身体障害者や同性愛者などを処分場で殺害した政策。


ヒンズー教=ネパールにおいては、身体障害者は前世で罪を犯した蔑まれるべき存在とされている。宗教は時として差別の肯定に使われる。

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