第十三幕 死のフーガ 3
-見よ、青白い馬が現れ、乗る者の名を『死』といい、これに陰府が従う。彼らは、地上の四分の一を支配し、剣と飢饉と死をもって、更に地上の野獣で人を滅ぼす権威が与えられた。 新約聖書-黙示録6章7節、8節--
彼女は、岩山から、青空を背にして、プラン・ドランの廃墟を見下ろす。
「……昨日、生でキメて気持ち良かったですぅっ! ……グルジーガの将軍様のアレ、マジで太く固かったっ! ドグドク、奥が波打って脳からもビュッビュッ、と出まくりましたあっ!」
グリーシャの左腕は再生していた。
少し、腕の血管が浮き出て、それは植物の根のように脈打っていた。
「グリーシャよ、お主、本当に節操無いのうっ!」
「ひゃはははははっ、流石に御老体っ! あんたとは出来ませんがっ! 私は精力的な種が欲しいので」
「…………、ほう、わしもまだまだいけるぞ?」
「いやあ、私は生むんなら、良い遺伝子が欲しいんで……」
グリーシャは、小蜘蛛のカラアゲの残りを口から吐き出す。
彼女は、ナイフの刃を舐める。
「グロス様、オーロラというものを解き放とうとしていますね。そろそろ、私は略奪がしたいのですが」
「しかしのう、エルフ共を屠るのは、本当に気持ちが良かったのう。奴らは面白いように、わしらの術中に掛かるからのう」
「ひひひひひひひっ。最高でしたねっ!」
二人はとても楽しげに笑い転げる。
「まあ、いいですっ!」
グリーシャは、両手のククリナイフの柄を強く握り締める。
「この凱旋も、存分に犯し、存分に殺し、存分に喰らいましょうっ!」
彼女は高らかに、叫んだ。
ルクレツィア侵略の準備は整っている。
オーロラが帝都にまで到達にした後、いよいよグルジーカが率いる軍団が、帝都を襲撃するのだ。グリーシャは先頭に立つ切り込み隊長を任されている。
†
リコットは心無い廃人となったまま、砂漠に放逐されていた。
あの魔女のメイド、メアリーに手術室の中で何かをされたのだけは覚えている。……それが何だったのか、ぼんやりとしていて思い出せそうにない。ただ、記憶がぼんやりとしている。
このままだと、サンド・ワームを筆頭とした何らかのモンスターの餌になるのは時間の問題だった。彼女は空腹と渇きに苦しみながら、時折、自らの肌を切り裂いて、自らの血液を飲んで生き延びていた。
そして、途中、見つかったサボテンに貪り付き、水分を取る。
砂漠を彷徨うガラガラヘビなどを掴んでは、口の中に放り込んだ。
…………あひぃ、ははっ、ふふぅ。ふふぅ。
可愛らしい可憐な顔をしていた彼女は、前頭葉を切除された為に、マトモな思考を持てない放心状態が続きながらも、何とか生き続ける。
……僕様、僕様、まだ生きているなあ…………。
砂漠の砂が舞う。
リコットの頬に、砂が掛かる。
それは、空を覆う何かだった。
黒く、緑色に発光している。
彼女は、その光に見とれていた。
それは、黒雲のように、空全体を覆い尽くそうとしている。
その光は、触れる虫達を、次々と別の何かへと変えていった。
彼女は、その光の中に溶けてしまいたいと思った。
リコットは、メアリーによって頭蓋を開かれ、前頭葉の一部を切除された。そして、廃人となって生き続ける事になった。
そして、リコットは、完全に理性や知性といったものを喪失する事になった……。
悪魔の娘である彼女には、可愛らしい尾があった、今やそれはサソリの尾のようなものへと変わっている。
彼女にはコウモリのような翼があった、今やそれはワニの口のように禍々しい。
彼女はつねづね、立って歩くよりも、寝転がるのが大好きだった。今や、彼女の両腕は脚となっている。
彼女は、可愛らしい美少女だった。
今や、彼女は二眼と見られない程に、とてつもなくおぞましい形相をしていた……、虎に似ていた。背中からは、新たな翼の他に、無数の人の腕や脚のようなものが生えている。彼女は、またメアリーに会いたいと思って、彼女の住まう、炎の城へと向かった。
オーロラは、変貌したリコットを先頭にして、東の方へと向かった。嵐のように軌道を変えた…………。
†
価値の無い命なんて無い。
ミントが心の底で誓う事は、きっとそういう事なのだろう。
何の為に伝えるのか?
何の為に学ぶのか?
何の為に戦うのか?
暴力と邪悪に満ちた世界で、自分は答えを探し続けている。みな、一人では生きられないと思う。自分達は、殺されていく者達は、死んでいく者達は“名前の無い存在”なんかじゃない。生きている限り、生き物は、他の生き物を殺して口にする。それが命となる。
誰もが、生まれてきてよかった、と思えるような世界にしたい……。
その考えは、間違っているのだろか?
邪悪な事なのだろうか?
あらゆる命の為に、ミントは戦う事を決意する。
たとえ、どれだけの敗北を喫したとしてもだ…………。
帝都の闇と、帝都へと向かってくる闇。
その両方と、戦う為に、……自分は強くならなければならない……。
………………、………………。
ミントは、ずっと絶望の暗闇の中にいた。
世界を救おうとする者が、余りにも数少ない。
誰もが暴力に麻痺している。
誰もが残酷に麻痺している。
誰もが、眼を背けて、眼をつむる。
価値の無い命なんて無いとか思い込むは、それは間違いなのだろうか?
金持ちからの貧困層の搾取。
空腹を忘れる為に脳を破壊する薬物に手を出す人々。
自分自身が犠牲者になる可能性があるにも関わらず、残酷劇を楽しむ人々。
貧乏から兵士に志願し、無残に帝都の奴隷として死んでいく者達。
中身の無い娯楽の蔓延。人々をずっと無教養のままにして、頭を悪くさせる為の洗脳装置。
悪魔達と戦う為の武力が欲しいと言って、税金を引き上げ、医療などの福祉を削減する政策。
帝都中に蔓延している、中流層と貧困層に与えられる、癌や白血病を引き起こす遺伝子組み換え食品。
反逆者達に対する、残虐な公開処刑。
………………、………………。
これ程までに邪悪が蔓延しているにも関わらず、誰もそれを見たくない。
ミントは絶望の中で、それでも世界を救う事を望んだ。
救世を望み続けて、いつか形にしなければならない。強くなりたい…………。
墓所で帝都の嘘が暴かれた後、
デス・ウィングは、国家の暴力は普遍的だと教えてくれた。
どんな文明においても、どんな時代においても、人類は過ちを繰り返す、と。
デス・ウィングは、教えてくれた。
国家の内政の問題を隠す為に、国家は戦争を煽る。
それも、一つの信仰であり、宗教化していくのだと。
愛国心とは、一つの宗教の形態なのだ、と。
嫌いな女だが、もっとデス・ウィングから色々な事を学びたい。
愛が世界を支える為に、彼女は帝都と戦う事を決意する。
命の価値が実る為に、彼女は邪悪と対峙する事を決意する。
宗教は暴政を覆い隠す為の、絵空事でしかない。
自分達は、帝都の作り出した宗教から、逃れる必要がある。
†
実際、サウルグロスはどれくらい強いのだろう?
ラジャル・クォーザの派遣したエルフ達が全滅した事は、瞬く間に、帝都中に広まりつつある。一般市民の間にも、その話は普及し始めている。衛兵達は、混乱を恐れて、情報の拡散を食い止める為に夢中みたいだった。
デス・ウィングは、あのドラゴンの軍団の主の強さを確かめたくて、実際に、サウルグロスを見に行く事にした。
メアリーに手紙を送った二日後の事だった。
彼女は、岩山の上から、オーロラを眺めていた。
「凄いな、なんだ、あれは……?」
デス・ウィングは言葉を失っていた。
あの緑色をした謎のオーロラも気になるが。
何よりも、その先にいる、オーロラを操り、空を飛んでいる存在。
あれが、プラン・ドランを襲撃した者達のボスなのだろう。
サウルグロス。
翼があるにも関わらず、あのドラゴンは翼をはばたかせる事なく、ただ宙に浮かんでいた。まるで、彼の周りには重力というものが、存在しないかのように。
そして、あの邪悪なドラゴンは、ひたすらにオーロラを操る為に、宙に浮かぶ巨大な巻物を広げて、詠唱を行っていた。
彼の全身からほとばしる、エネルギーのようなものが、とてつもなく禍々しい。
「あのドラゴン。あれは、この私よりも強くないか?」
デス・ウィングは、素直に感嘆の言葉を洩らした。




