第十三幕 死のフーガ 1
夜明けの黒いミルク僕らはそれを晩に飲む
僕らはそれを昼に飲む朝に飲む僕らはそれを夜に飲む
僕らは飲むそして飲む
僕らは宙に墓を掘る
そこなら寝るのに狭くない
-パウル・ツェラン 死のフーガー
†
大切な友人を病院の中で看取って、ミントは傷や病を治す治癒師になりたいと決意した。
同い年の女の子で、大切な親友だった。彼女は医療費が高過ぎて、適切な治療を受けられなかった。性別、年齢、それからお互いに人間種族であった為に、ミントにとって心の一部だった。
ミントは、流行り病によって蝕まれた親友を見ながら、彼女は自らの無力さに苦しんだ。体温が下がっていき、口から黒に近い凝固した血を吐き続けた親友。
冷たくなった、親友の遺体……。
何度も、何度も、縋り付くように声を掛けていた。
あの温もりの為に、死にゆく温もりの……どうしようもない温かさの為に、自分は戦う…………。
命は掛け替えなく、大切なものなのだ。
ミントは、親友の死によって、そう感じたのだった。
そして、この世界は狂っている。
そう、確信した。
この世界を少しでも変えなくてはならない、と。
ミントは考える。
死後の世界へ何者かになれるという、転生以外の宗教があるのではないかと。
ミントは疑う。
この宗教とは、帝都が作り出した、何かではないのだろうかと。
ミントは悩む。
ラジャル・クォーザの自然崇拝は、転生の理念とまるで違っているし、呪性王という異端宗教のギルドはまるで理解不可能な信仰を持っていると。
ミントは敬う。
ハルシャは死後の世界よりも、今の苦しき者達の為に戦う、本物の英雄を目指す事実に。
…………、結局の処、この世界を理解出来る指標が何なのか分からない。
デス・ウィングが、墓所を見せて、この国の内実は暴露されてしまった。結局の処、何もかもが、嘘ばかりで積み上げられたものでしかなかった。
自分は、苦しむ者、貧しき者、弱き者の為に戦いたい……。
それが、高潔なもの、正しきものの証明…………、おそらくは、善とか、正義とか、道徳とか呼ばれる概念なのだろうから。
死は、何故、訪れるのだろう?
人々には、何故、慈悲が与えられないのだろう。死は流星のように、空から降ってきて、贈り物として与えられる。ミントは確信した。この世界は欺瞞でしかないのだと。……いつしか、この世界、この帝都の作り出した約款が、嘘ばかりで塗りたくられたものでしかないのだと思った。きっと、法律の在り方も、人々の生き方も、まるで違った形を持てるのだ、と。
病院の隔離室…………。
もう、助からない患者達の神への祈り。
空への祈り、太陽への祈り。
この世界は、偉大なるドラゴンのものだと聞かされている。
ミントは思う。
この世界は、今、此処で生きている者達、全てのものなのだ、と。だから、誰か一人の、あるいは一部の人間の所有物であってはならないのだ、と。どんな祈りによれば、この世界は救済されるのか、彼女には未だ、分からない。
この世界だけの価値観で生きたくない。
この世界は閉ざされている。
法律も宗教も何もかも、争いばかりで溢れ返っている。
名前の無い存在なんていない……。
きっと、それは自分の人生のテーマになった。
あの残忍な闘技場や、残虐な処刑を決して認めるわけにはいかない。……暴力が当たり前のこの世界において、それが当たり前のものとして受け入れている者達と同じ考え方になりたくない。
ミントは、あらゆる存在を受け止めたい……。
命……。
ないがしろにされる、この世界の命達とは、一体、なんなのだろうか……?
人種や階級で差別される、この世界。
死後を信じられず、現世の価値も信じられない。
愛が世界を支える為に、…………ミントは戦う。
†
思うに、哲学書や古典文学は、先人が後の世代に残した警句ではなかろうか?
暴力の時代、全体主義の時代において、書物や表現は弾圧され、焚書が行われ続ける。




