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第十二幕 竜王イブリアと邪悪竜サウルグロス 3

 ピラミッド型の墓所を出ると、もうすっかり朝になっていた。

 

 そろそろ、メアリーが何かしらの行動を起こすかもしれない。

 デス・ウィングの側としても、メアリーが得た情報が欲しかった。


 ……さてと。今度はどうするかな?

 彼女は、今後、起こり得るであろう“悲劇”に“合わせる形”で、ショーを楽しむ事も考えていた。 ……自らが動かずとも、事態は確実に残酷劇へと向かっていっている筈だろうから……。


「お前は何もかも、救おうとして、何も救えないんだよ。きっとな。見たいものしか見たくないんじゃないのか?」

 デス・ウィングは、その場にいないクレリックの娘に対して嘲弄する。虚空に向けて放たれた呟きは、誰にも届かずに消える。


 空は皮肉な程に澄み渡っている。

 暴力と残酷が支配するこの世界の下で、誰が悪で、何が悪なのだろうか、と。


 残酷劇が見たい。


 ミントも、ハルシャも、ガザディスも、善人過ぎる。

 善人故に、この世界の構造に気付かないのではないのか。


 死すべき定めにある者達の嘆きと絶望が見たい。

 自分は、どうしようもないくらいに“無関係”の“傍観者”なのだから。


 彼女は手からコウモリを放つ。

 コウモリの脚には、先程、記した手紙が巻かれていた。

 一時間もすれば、目的地に届くだろう。



 黒き王の力を得た、邪悪なドラゴン、サウルグロスの放ったオーロラ。

 オーロラに触れたもの達は、奇妙な変貌を遂げていった。


 全身の皮膚がひっくり返され、別の怪物へと変貌していくのだ。

 それは四足歩行の獣型の怪物だった。


 まずは、小さなサソリやスカラベなどの甲虫が触れて、虫達の全身から骨のある小さな四足の獣が這い出してきた。


 知性のある者達で、真っ先に餌食になったのは、冒険者ギルド、探索ギルドに所属している者達だった。彼らは砂漠にある、様々な洞窟、遺跡を探索していた時に、オーロラに遭遇した。そして、それが何かを確かめようとして、オーロラの魔力に触れる事となった。エルフの戦士も、人間の魔道士も、オークの武術家も、全身が反転し、体内が破れ、中から四足歩行の獣が生まれた。


 オーロラは、触れたものを別の生き物へと変える魔力を有していた。


 サウルグロスは、このオーロラの特性を知り、これを侵略の兵器として使用する事を考えていた。自分達以外の存在を全て知性なき獣へと変えて、使役していく。彼にとって、階級というものの存在が必要であり、徹底的な支配、新たなる秩序を生み出す為には、オーロラの力を利用する事は、この上のないアイディアだった。


 サウルグロスは、竜王イブリアに代わり、この世界を支配するつもりでいた。

 邪魔する者達は、全てオーロラにて知性無き獣へと変えるつもりでいた。


 オーロラによって生まれた獣達は、サウルグロスの意志に従う下僕だった。



 ザルクファンドは、自らの王であるサウルグロスが、いずれ自分達ドラゴンをも何らかの手段によって犠牲にするのではないかという強い疑いがあった。

 なので、彼を率先して裏切る事ばかりを考えていた。


 そんな矢先に、ザルクはスラムの辺りの上空を飛んでいた。


<むうっ…………!?>


 闘技場らしきものを見つけた。

 そして、それを遠くから睨んでいる、一つの人影を見つけた。その者は全身から禍々しい魔力を迸らせていた。



 ゾンビ共を皆殺しにしたい……。

 生きている連中も、アンデッドに等しい……。

 シトリーは、そんな事を、ぶつぶつと呟いていた。

 カバルフィリド……。

 あいつこそが、アンデッド達の王だ。生きた死人みたいなものだ。闇の天使はゾンビを大量に殺せと言った。墓所を襲撃しろ、との事だろうが、いつしかシトリーの思考は、自分を虐待し続けてきた、奴隷商人の王の事ばかりを考え始めていた。

 彼を殺さなければ、自分の本当の人生は始まらない……。

 そろそろ、自分には奴を殺せる力がある筈だ。……。


 もうすぐ、帝都の処刑場が見えてくる。

 シトリーは全身をローブで覆いながら、その場所に近付いていた。

 この辺りには衛兵達が多くいる。

 同時に、貴族と一般市民達が、処刑場をよく見物に訪れる。

 死刑の執行官達の宿舎もある。


 ……カバルフィリド……。殺してやる。

 シルスグリアの命令は絶対だったが、あの奴隷商人の長も、ゾンビを多く使役している。


 もうすぐ、処刑場が見えてきた。

 何者かが、天から降ってくる。


 それは、一頭のドラゴンだった。


<此処が帝都か。貴族達のいる街は此処じゃないのか?>

 ドラゴンは、シトリーに向かって訊ねる。


「……なんだ?」

 シトリーは思わず、訊ねる。

 ドラゴンは、竜王イブリアを除いて、絶滅したと聞いたが。


「貴様は何者だ?」

 暗黒魔道士シトリーは、突如、現れたドラゴンに訊ねる。


<俺はザルクファンド。お前こそ何者だ? その禍々しい魔力は一体、何だ?>


「俺は奴隷商人カバルフィリドに会いに行こうと思ってな。我らが『呪性王』を裏切ったクズだ。俺は個人的にも奴に恨みがある。これから、闘技場に向かっている。冥府に送らなければならない生きた死人がいる。そいつはゾンビに見えないが、そいつの精神はゾンビに等しい、俺は今から、そいつを殺しに行く」

 シトリーは自らに言い聞かせるように、話し続ける。


<『呪性王』? なんだ? それは?>

「ギルドだよ。帝都中にある、ギルドの一つだ。異端宗教と呼ばれているギルドだ。俺はそのギルドに所属している、魔法使い、ってわけだ」

<なるほどな…………>

「お前は何だ? 早く、此処からどけよ」

 シトリーは全身から魔力を放出させて威嚇する。

 ザルクファンドは楽しそうに彼を見下ろしていた。


<黒き鱗の王って存在の傘下にいる。俺は道を聞きに来たんだ。この先にコロシアムがあるってな。面白いから、一つ見物してやろうって思っているんだ。通行証が必要なのか? この俺でも観客になれるのか?>

「お前のような奴は剣闘士として戦うのが好まれるぜ……。だが、天使やスフィンクスなんかも、金を払えば参加出来るんだから、お前だって出来るだろ。人型種族とは違って、後ろ辺りに席を取らなければならないけどな」


<俺は今、休暇中だ。一つ見物してやろうとな。…………、少し前にある都市部をぶっ壊してやってからな。休暇を貰えた。だから、街の見物をしてやろうって思ってな。どうせ、もうすぐ終わるんだからな>

「ほう…………?」

 シトリーは、ドラゴンの言う事に興味を持つ。


 ザルクファンドと名乗ったドラゴンは、シトリーをまじまじと見ていた。

<それから、もう一つ。俺は研究がしたい。力が欲しいからだ。お前は魔道士だな? 何処に行けば、魔法の研究が行える?>

「さあ? 魔道書でも読んだらどうだ?」

 シトリーは少し、うんざりしたような顔になる。

 あの、奴隷商人の王を殺しに行く。

 多分、それは今日がいい。こんなに晴れた日だから。


<交渉がしたい。俺を『呪性王』というギルドに入れてくれないか?>


 ドラゴンは意外な事を申し出る。

 シトリーは、少し考えていた。

「条件がある。お前、大闘技場の戦士になれ。本物のドラゴンが参戦するとなれば、奴隷商人共は、さぞ喜ぶだろうな。お前があの大闘技場で一定数の戦績を残せば、この俺が呪性王のギルド・マスターである、闇の天使シルスグリア様に、お前を紹介してやろう」

<良い案だな。それにしても、手っ取り早く、魔法を覚えたいのだが。特に、回復魔法がいい>

 ザルクは、先日、西の村を襲撃した際に、エルフの一人が回復魔法を唱えているのを目撃している。その時から、魔法の有用性に注目していた。

「さあな? 再三言うが、書物でも読み漁ってみたらどうだ? 詠唱法が描かれている。この世界から魔力を紡ぎ出すんだ。もっとも、個々によって得意不得意が生まれるがな」

<成る程な…………>


 ザルクは、西の村プラン・ドランを襲撃した際に、幾つかの戦利品を手にしていた。

 その一つに、図書カードというものがあった。

 エルフの一人を尋問して訊ねた際に、クレリック達のギルドが存在しており、それは図書館になっているらしい。そして、それは入館する為のギルド・カードであるのだと。


 ……図書館か。この俺でも入れてくれるのか?

 ザルクファンドは、元々、研究家タイプの性格をしていた。

 書物に眼を通すのは、彼にとって好ましい事だった。



 メアリーは、城のバルコニーに向かう。

 空を一匹のコウモリが舞い、バルコニーにやってくる。

 その脚には、手紙が結ばれていた。

 彼女は手紙を読む。

「なるほど……」

 手紙を読むと、どうもこれは、デス・ウィングからの伝書鳩ならぬ、伝書コウモリみたいだった。このコウモリは錬金術などによって作られたホムンクルスらしく、動物の血を結晶化して動く存在らしい。手紙は雑多な事が記されていた。ジェドはつまらないから、盗賊団に預けてきた、だとか、天空樹のギルド・マスターはヒドラであり、そのヒドラから気に入られたらしい、だとか。

 まるで、親しい友人の文通みたいな調子の内容だった。

 その中で、しっかりとメアリーにとって必要だと思われる情報は記されていた。

「……各ギルド達は、ルクレツィアの覇権を狙っている、か。……情報が揃い次第、また連絡する、か。……」

 手紙を読み終わった後、コウモリはころり、とゼンマイ仕掛けの切れた玩具のように動かなくなった。このコウモリの使い方は聞かされている。

 メアリーの方から、コウモリに動物の血を垂らせば動き出し、手紙を脚に巻き付ければ、目的地へと向かっていくのだと書かれている。その際に、手紙の中に渡すべき相手の名前を記すように、と。

「……意外にも丁寧ね。本当に私達と協定を結ぶつもりみたいね。……それにしても、動物の血って書かれているけれども、人間の血でも構わないのよね。ゾンビの血でも動くのかしら?」

 メアリーはそう呟くと、動かなくなったコウモリをつかみ上げる。


「それにしても、あの地平線の向こうに見える。あれは何なのかしら……? デス・ウィング、それも調べて欲しいわね。……私が出向こうかしら?」


 そういえば。

 前頭葉切除を施したリコットは、何処かへと逃げ出してしまった。

 ミズガルマは彼女を切り捨てて、メアリーに破壊させた事は気に入らないが、それ以外の手段は無かった。この城の内部はリコットの眼を通して、ミズガルマに知れ渡っている。ルブルは一応、部屋の改装と変形を行ったのだが。いずれ、大悪魔が彼女達の弱点などを把握するのは時間の問題なのだろう。


 それよりも、どうしても気になるのは。

 あの地平線の向こうに見える、突如、出現した謎のオーロラだ。

 正体がまるで分からない。

 何処かのギルド所属者の魔法なのか、それともミズガルマの作り出す何かの計画なのか、あるいは未だ姿を現さないイブリアの術なのか。全ては不明のままだ。

 あるいは、新たに西の方で現れた……ドラゴン達……。

 ……嫌な予感がする。



 天使は人間や他の知性ある他種族の喜びや正義感、愛情や友愛などの感情によって溢れ出してくる魔力によって、生成され形を纏う。

 悪魔は逆に、人間や他の知性ある多種族の悲しみや憎しみ、怒りや欲望などといった負の感情によって溢れる魔力によって生成されて形を為す。

 無論、それらの感情の善悪は表裏一体であり、線引きは極めて難しい。混沌とした魔力を孕んでいる者は、天使にも悪魔にも見える存在もいる。

 つまり、彼らは知性ある存在の感情を糧とした精霊のような存在だった。

 

 天使と悪魔の両者は敵対している場合もあれば、友好関係を気付いている場合もある。そもそも、元々、出自が同じようなものである為に、争う理由は無い。


 だが、相反する感情を極端に持つ者達は、互いに争いの火種を考えていた。

 天使族を殺戮したいと考えている悪魔もいれば、悪魔族を粛清したいと考えている天使もいる。


 闇の天使、シルスグリアにとっては、どうでも良い茶番でしかなかった。

 そんなものは、種族間で争いあっている、彼女達を生成した人型種族達と同じレベルでの下らないママゴトに過ぎなかった。

 彼女は、呪性王の三つ目の派閥である、強大な悪魔である冥府の王ゾア・リヒターと友好関係を結んでいた。シルスグリアが裁きを下した者達は、地獄と呼ばれる世界へと誘い、冥府の王ゾア・リヒターに裁きを下させる。

 

 シルスグリアにとっての望みは、この世界の浄化であり、管理だった。

 死霊術が蔓延し、アンデッドが溢れ返る、この次元においての徹底した管理者が必要だった。死者達を封じ込める監獄が必要なのだ。

 そのもっとも大きな協力者が、彼女の盟友である大悪魔のゾア・リヒターだった。彼は虚無的でこの世界に生まれてきた事そのものに何の意味を見い出せない存在であり、時折、竜王の照らす太陽を妬みながらも、死の奈落の底から出ようとはしなかった。






挿絵(By みてみん)


上・デス・ウィング。

下・シトリー。



挿絵(By みてみん)


ドラゴンの魔道士、ザルクファンド

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