第十幕 ストレンジ・フルーツ ‐果樹園の夜‐ 5
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……ゾンビは本質的に、殲滅系の能力に弱い。
メアリーはクッションに腰掛けながら、熟考していた。
彼女を取り囲むように、腕や脚や頭などを継ぎ接ぎされた死者達が、彼女の目の前にあるテーブルに料理を運んでいた。
「ルブルには言いづらいのだけど、私達の力は弱点ばかりなのよね」
所詮は動く死体に過ぎない。
どんなに死体を繋いで、奇形の怪物を創ろうが、死肉それ自体を変形させて、巨大な怪物をデザインしようが、所詮は肉の塊に過ぎない。何十体いようが、何万体いようが、所詮は動く肉に塊に過ぎない。
「……たとえば、空から高威力の爆撃をされたら。溜まったものじゃないわ。ルクレツィアにはどんな魔法使いがいるのか分からないけれども、いずれ私達の弱さを理解する者は現れるわね」
メアリーは、ルブルの死体操作の能力を自身の力によってカバーしているつもりだった。彼女は自身の能力の維持に限界がある事も気付いている。本来ならば、この城にいくつものフェイクの幻影をかぶせて、死体の城を隠したり、幻影として増やしたりする芸当をしたい処なのだが、持続時間は限られる。メアリーの耐久力が持たないのだ。
更に、番兵となっているゾンビも弱い。
武器を持たせり、巨大にしたり、変形させようが、火には焼かれ、稲妻を撃たれれば弾け飛ぶ。剣や弾丸などには多少の耐性はあるものの、それだけに過ぎない。
「貴方達、本当に役に立たないしね……」
メアリーは大きく溜め息を吐く。
背後にいる縫合ゾンビ達は、叱責されたように思い、困惑していた。
少なくとも、ミントの使う魔法は一瞬で敵を炭化させるくらいの威力はある。ミント程度の魔法使いが、ルクレツィア中にいるとするならば、この城がいつまで持つかも時間の問題だった。それまでに手を売っておかなければならない。
「強力な味方が欲しいわね。ミズガルマもあの調子じゃ、懐柔出来そうにないし」
メアリーは策略を巡らせていた。
予想以上に、ルクレツィアを襲撃した事は危険な行動だったかもしれない。二人共、特に理由が無く、虐殺行為そのものを楽しみたい事が理由だったのだが。ルブルは先見の明が欠如している為に、メアリーは策略によって彼女を支え続けていた。
†
そもそも、生きている人間もゾンビに見える。
シトリーは、常日頃からそう思っていた。
帝都の貴族や庶民達。
彼らは暴政が行われているにも関わらず、日々を享楽的に生きている者達も多い。正義の為になされたと触れこまれる残酷な処刑に笑い、弱者を迫害する事を何とも思わず、食事や娯楽を快楽的に貪っている。いつ彼らは貧困層に転落して地獄に落ちるのか分からないまま生きている。来世への希望を持って生きている者達も多い。
ルクレツィアにとっての来世とは、アンデッドとして復活し、王に仕える事でしかないのにも関わらずだ。
此処まで、邪悪が横行している中で、闇の天使は自らが裁きを下すべく、帝都を浄化する事を目的としていた。厳粛な大量処刑が必要なのだと、シルスグリアは告げる。彼に強く囁く。
全てを救える英雄が存在するのならば、人間から根源的な邪悪さを取り除ける者だろう。
シトリーは、他のギルドの英雄達を憎悪する。
ミノタウロスの勇者、ハルシャは偽善者だ。
帝都の秩序を守る為に奔走しているみたいだが、彼の守るべき帝都がそもそも守る価値の無いゴミだ。塵芥だ。彼の使命感がどれだけ崇高だったとしても、彼は仕えている者を決定的に間違えている。
ガザディス……、何が義賊だ。彼の作った盗賊団の手下達は享楽の為に殺人や強盗、強姦をするクズもいる。ガザディスは配下に対して盲目的過ぎる。彼は弱い者を想い過ぎる故に、弱い者に甘すぎる。それでは、彼が深く憎悪する奴隷商人のゴミ共と同じだ。
全員、見たいものしか見たくない。
全員、見たくないものに蓋をしている。どいつもこいつも死ね。
暗黒魔道士シトリー




