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第十幕 ストレンジ・フルーツ ‐果樹園の夜‐ 2

『果樹園の歌』


帝都の北には果物が生る

葉は赤く染まり 赤い汁が根に滴っている

砂漠の風に揺れている 赤い果実

犬の木に生る 赤い果実

美しい砂漠の国 夕日に照らされる果実

星空を見上げ 人々はまどろむ


そこに漂う人々の声は歓喜


鳥達は果実を啄みにやってくる

太陽の下に生る果実 人々は喜ぶ

そして果実は実り続ける


‐田舎で牧歌的に暮らす吟遊詩人の歌‐



‐闇だけが望みならば、何故、光を求めるのか。‐



「凄いな、なんだあれは?」

 クレリックのギルドは、この近くにある筈だ。

 サレシアが言うには、確かにこの辺りにある筈だった。

 だが、少し脇道に向かう事にした。

 面白いからだ。

 面白いものは、観ておくべきだ。

 ショーは、絶対に見逃すわけにはいかない。


 デス・ウィングは、夜の果樹園に入り込む。

 無数の十字架が並んでいた。


「こんにちは。すまないが、道を訊ねたいんだが」

 デス・ウィングは、吊り下げられている男に会釈する。

 彼は呻き声を上げていた。

 男は狂っていた。

 時折、ゲラゲラと笑い始める。

 そして、歌を歌っていた。

 天を仰ぎ、星空を見ては、まるで自らの切除された身体の欠損部位を懐かしむように、微笑を浮かべていた。


 果樹園からは、遮る建築物が無く、星空がよく見える。


「この辺りにクレリックのギルドがあると聞いたが、少し道を聞きたいんだ。教えてくれないか? 私は遠くから来たんで、詳しそうな者がお前だったからなあ」

 彼女は真剣な顔で、空を見て笑い、狂った声を上げ続ける者に道を訊ねる。


「お前は何をしている? 夜に立ち入るのは禁止な筈だが?」

 彼女が道を訊ねた男のすぐ近くにいる男が、デス・ウィングに声を掛ける。

「まあいいじゃないか? 私は夜に散歩するのが好きなんだ。ほら、星が綺麗だな。あれは何だろうな? 星座とかあるのか?」

「此処から見える、あの大きな星を三つと、小さな星を四つ繋げていけ、あれはスフィンクスを象った星座だ」

「帝都の者達はよく星座の話をするのか?」

「他は知らんが、この果樹園に来る者達は星座を知る。それで苦痛と空腹を和らげるんだ。他人を呪い、人生を呪うが、夜に見える星だけが安らぎになる。だから、星座の話は伝わり、伝承になる」

「そうか。お前はよく話すんだな?」

「……会話は苦痛を和らげてくれるからな。その男は、もうそっとしておいてやれ。死が近いのだろうから。それから、三百四十一回目の執刀で、舌を落とされている。喋る事が困難だろうからな」

 デス・ウィングに語り掛ける男は、両胸から血を流していた。

 真珠のような色彩の胸骨が、覗き見えていた。

「そうか。悪い事をしたな。そうだ、道を聞きたいんだった。この辺りに『索冥宮(さくめいきゅう)』という、異端のクレリックのギルドがある筈だが?」

「それなら、この辺り、果樹園を出た後に、もう少し北西に向かえ。北東には大闘技場がある。索冥宮のクレリック達は大闘技場に参加する選手達の傷の癒やし手として、派遣される事もある。その事もあって、本拠地をこの辺りにしている」

「そうか。何か悪い事をしたな」

「礼には及ばないが。少し、頼まれてくれないか?」

「何だ?」

「俺は二百十一回まで数えたんだが、……それ以上は覚えていない。……そちらの男は千回目を越えた筈だ。俺達を殺してくれないか? 明日の朝になれば、また執行官がやってくる」

「分かった。他に何か望みは無いか?」

「出来れば、頭を完全に……破壊してくれないか?」

「分かった」

 

 デス・ウィングは指先を、話し掛けてきた男の額に向ける。空気の弾丸が噴出される。男の頭部は完全に粉微塵になった。


 男は、救世を望んでいた。

 そして、この果樹園に実った。

 最期は……、神に祈っていたのだと思う。

 帝都の宗教の神か、それとも、何処か異教の神か。

 死の翼には分からない…………。



 凌遅刑(りょうちけい)


 それは、反逆者達に課せられた刑罰だった。

 この帝都では、強盗殺人や放火でさえも、数十年の禁固刑や絞首による死刑で済む。だが、この帝都に反逆した者達、内乱を計画した者達、国王を侮辱した者達、この国の宗教を侮辱した者達には、数日間に渡って全身の肉を削ぎ落されて処刑されていくという刑罰が待っていた。


 つまり、この帝都の権力者達の政治こそが、全て正しい。

 それ以外には在り得ない。


 それを知らしめる為に、この果樹園というものは存在していた。

 果樹園には、つねに、十数名から数十名の者達が、十字架に掛けられ、全身の肉を少しずつ削ぎ落されていっている。


 彼らは泣きながら、詩を歌う。

 星空が見え、星座を描く。


 やがて、帝都において、星座は、死へと祈る者の救いとなった。


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