第十幕 ストレンジ・フルーツ ‐果樹園の夜‐ 1
ハルシャとミントの関係性が好き。
師弟愛。
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「ハルシャ。私、回復魔法は向いていないんです」
ミントは少し、落ち込み気味で、師であるミノタウロスに悩みを話す。
「少しでも多くの人間を救いたいのですが……」
彼女は項垂れていた。
ハルシャは大きな手で、クレリックの少女の頭を撫でる。
「この私も分からぬ。何が大義であり、人々を守る事とは何なのか。私も完全無欠とは程遠い、ミント、お前はまだ若い。若過ぎる。そして私も修練の途中だ」
魔女二人に敗北して以来、二人の気分は沈んでいた。
無力に打ちひしがれる事となった。
そして、エルフ達の集落をドラゴンと類人猿の亜人達によって破壊されて以来、自分達の存在の意味に迷う事となった。
勝たなければ、守れない……。
敗北とは失う事。
自尊心も、信頼も、何もかも打ち砕かれる。
魔女二人はギデリアを手中に収め、未だ、大々的に動く気配は無い。
交渉を持ちかけようとした者達もいたらしいが、帰らぬ身となったらしい。
そして、ドラゴン達の脅威。
「少し、安らげる場所に行きたい。ハルシャ、正直、私は折れそうで。幾多の悲しみ、そして命が潰えていく……、どうすれば私はみなを守る事が出来るのでしょうか……?」
帝都から少し離れた場所。
ギルドの者達が介在していない場所。
この砂漠の世界において、何処か美しい風景画のような場所がある筈だ。おそらくは、それを求めて戦っている。
「何の為に戦うのか迷う事はありますか? ハルシャ」
彼女は思わず、そう呟いた。
このミノタウロスの勇者は、国王の精鋭だ。残忍な処刑を喜び、人々を飢えさせる狂王の下に仕える男だ。だが、……それでも、それでもなお、ミントは彼を尊敬していた。
「ハルシャ。私は転生の宗教を信じられません。こんな事を言えば、私は異端審問によって処刑されるかもしれませんが……」
「……その時は、私が命を賭けて守る。……だが、忠告しておくが……」
「はい……、耳にタコが出来ました。大勢の人々の前では言いません。けれども、みな、薄々疑問に思っている筈です。本当に宗教は人を救うのでしょうか? 本当に来世なんて存在するのでしょうか? 私は在る方に導かれ、墓所に入りました。そして、決定的な嘘を眼にする事になりました……」
ミノタウロスの戦士はしばらくの間、黙っていた。
ミントは暗に言っていた。
この帝都の国王を守る理由など、存在するのかと。
残酷が当たり前になっているこの世界において、正義や善性を求め続けるミントは、ハルシャにとっての光でもあった。
「はっきり訊ねて良いでしょうか? ハルシャ」
弟子は師に強く言う。
「なんだ?」
「ハルシャ、貴方の仕えるべき主人は本当に正しいのですか? 道をたがえているのではありませんか?」
「…………。ミント…………」
ミノタウロスの戦士は、少したじろいでいた。
「何か、あったように思えるが……?」
「墓所を見ました」
彼女は、ずっと悩んでいた事を吐露する。
デス・ウィング。
彼女の行動によって、ミントが以前から薄々感じていた帝都への疑心は、決定的なものへと変わった。
「私は王への背信者として、果樹園に実る覚悟で告げます。帝都は間違っている……っ!」
クレリックの少女の意志は強かった。
真正面から向き合うミントの視線は、とてつもなく痛い。
「我々が仕えるべき者はイブリア様。そう思いませんか? ハルシャ。この国は何かが決定的におかしい。我々の信じる信仰は偶像であり、我々は国王に騙されているのかもしれないのですよ?」
その眼差しの光に、磨かれた宝石のような光に、ハルシャは唸る。
「本当のヒーローになって下さい、ハルシャ…………」
ミノタウロスの英雄は、しばし黙る。
「とにかく、俺はドラゴン達と魔女達を倒す事に専念する……ミント、…………」
彼は、少女の瞳を真正面からとらえる事が出来なかった。
「お前はお前の為すべき事を為せ、俺は俺の為すべき事を為す」
ミントは力強く言う。
「ハルシャ。私と貴方の為すべき事は、今は同じ事。ルクレツィアの者達の為に戦いましょう。貧しき者の為に、愚かな者達の為に、人々が平穏に暮らし友愛が育まれる世界を創る為に!」
「そうだな。何も、問題無いな。俺達は、邪悪の脅威から国民達を守る、それだけだ。俺にはこの世界の仕組みは分からないが、ミント。俺は単純に思考で戦う。俺は弱き者達を守る為に、戦う。帝都に仕えているのは、その為だからな」
ミノタウロスの戦士は、強く拳を握り締める。
「ええ。戦いましょう。私達のこの命に代えても」
ミントは告げる。
二人は、結局の処、やはりお互いに師弟なのだと認識し合い、苦笑する。
ミント&ハルシャ




