第二幕 死霊術師ルブルと、憎悪を撒く者メアリー。 1
「イブリア様、どうされますか?」
暗い祭壇の中で、司祭である女グリーシャは、自身の主人に訊ねる。
巨大な黄色に紅い斑点の混ざる肌のドラゴンが、祭壇に横たわっていた。
このドラゴンは、この世界の王であった。
だが、彼はその身を動かさない、ただ定められた命のある者達を見守っているだけだ。
「ルクレツィアは、本来は貴方様の領地である筈ですのに。よそ者達によって、踏み躙られようとしている」
蝋燭の炎が揺れる。
イブリアは、静かに白いローブをまとった司祭の女を眺めていた。
「悪魔と魔女か。私が動くのは、今では無い。私は権力を殺す者だ。そして、私は偽りの栄光に終止符を打つ」
ドラゴンは、静かに言う。
「ところで、イブリア様っ! イブリア様っ! これは菓子パンで御座いますっ! パンプキン入りのブリオッシュで御座いますっ!」
そう言いながら、司祭の女グリーシャは、街で買ってきた菓子パンを、自身の主人に見せるのだった。
「私はそのようなものは好かん」
「えっ、私はイブリア様が食べる分を考えて、大量に買い込んできたんですよっ!」
「そうか」
祭壇の奥で、イブリアはこの褐色の肌の司祭に対して、半ば呆れたような顔で見ていた。
「うーん、イブリア様は甘い物、好きじゃないのかなあ。じゃあ、仕方ないなあ」
全身に炎をまとった、漆黒の肌の猟犬達が、イブリアの部屋を守っていた。
グリーシャは、菓子パンを犬達に与えていく。
燃える犬達は、菓子パンを貪っていく。
突如、イブリアが低い唸り声を上げる。
グリーシャは、首を傾げる。
「どうされましたか?」
「………………、何者かが、この私に交信してきたみたいだ。どんな力なのか、私の心に語りかけてきている」
竜王は、険しい顔をしていた。
†
冒険者ギルドに向かう者達は大抵、転生の宗教を信じている。
ミントは、少しだけ、想う処があった。
あの残忍な『異母兄』はきっと、これらの構造をほくそ笑んでいるのだろう。
この世界は…………、何故、こんなに絶望と残酷に満ちているのだろう。けれども、それを口にすれば、このパーティーは壊れてしまうのではないか……?
彼女は本音を漏らさない…………、今はまだ……。
周りに希望を与えなければならないから……。
あのどうしようもない、異母兄……ジャレスに近付く為に、自分も周りも強くならなければならない…………。
†
「ミントさんっ! ミントさんっ! 見てくださいっ! この俺の剣の動きっ!」
ジェドはそう言いながら、自己流の剣術をミントに向けて披露してみせる。
ミントは微笑む。
これから、ジェドは冒険者として洞窟に潜り、怪物を退治したり、特殊な薬草を見つけに行ったりする予定だ。
ミントがその手解きをする算段になっている。
「ふふっ、ジェド。頑張って、私、応援しているから」
ジェドは照れる。
女慣れしていない、特に美少女慣れしていないジェドはとても心が躍っていた。やましい心ばかりが頭の中で渦巻いていた。
「一緒に頑張ろう、ジェド。弱小ギルドだけどねっ!」
アジトの外ではアダンが弓の練習をしている。
そして、中ではラッハが洞窟内のモンスター達に付いて研究していた。特に怖ろしいのはサンド・ワームだ。砂漠に住む生物だが、洞窟内にも稀に出現するらしい。
「これに遭遇して、以前、酷い眼にあった事があるんだよね」
子牛のような顔のラッハが言う。
「そうね。でも、みんな無傷で撃退出来たから、私達みんなで頑張ろう、ね? ジェドも」
そう言って、ミントはジェドに優しく言う。
ジェドはとてつもない多幸感に満ち溢れていた。
彼の頭の中には、お花畑が咲いていた。
†
「ねえ、この場所が欲しくなったの」
魔女ルブルは漆黒のドレスをはためかせていた。
「此処には、沢山の宝石が埋まっているわ。それって、とても素敵な事じゃないかしら?」
砂塵が舞っている。
此処の生き物達は、ルブルを畏怖しているかのようだった。彼女は邪悪なる儀式を行っていた。
巨大なアリ地獄を作り出していた。
それは、一つの大釜だった。
彼女は大釜の中に、生き物の死体などを混ぜて、闇の儀式を取り行っていた。
彼女は魔女である。
彼女は“邪悪なる波長を持つ者”と交信する事が出来る。
魔女は、交渉を持ちかけようとしていたのだった。
「成る程……貴方の名前はミズガルマと言うのね……? 人々の野望を叶えさせる悪魔なのね?」
彼女は邪悪なる、何者かと会話を続けていた。
「へえ、貴方はイブリア。紅蓮の体躯を持つ、ドラゴンなのね? 素晴らしいわ」
ルブルは興味深そうな顔になる。
「貴方が竜の王様ね? なら、交渉しましょう」
彼女は高らかに訊ねた。
「ねえ、私と協力して、この場所を征服しましょう。そのあかつきには……」
彼女は半ば冗談交じりで言う。
「この世界の半分を、私にくれない?」
竜の王は、しばし沈黙していた。
よかろう、といった応えが返ってきたみたいだった。
「違うわよ、ルブル」
メイド服から、砂漠の砂を払いながら、メアリーは告げた。
「ドラゴンとお話しているのでしょう? でも、何か違う感じがするわ。その相手は何か嘘を言っている。ええ、嘘を付いているわ」
「あら?」
ルブルは、メアリーの言葉を聞いて、すぐに交信して、話している相手に訊ねた。
「紅蓮の竜王イブリア。貴方は本当にイブリアなの?」
ルブルは、唇に指を当てて、少し困ったような顔をしてみる。
くすり、くすり、と、その声は、獣のような声から、人間の女性の声に変わっていく。
「ふふふっ、くくくっ、あら、バレた? 私? 私の名前はグリーシャ。イブリア様に仕える、巫女よ。イブリア様が貴方達のような存在と直々にお話するわけが無いじゃない?」
女の声には、蔑みが混ざっていた。
「それに元々、この辺り一帯の大地は全てイブリア様の物。竜の王のモノよ。貴方達、何者かも分からない、馬の骨にやるわけにはいかないわ」
「この私にはドラゴンの王に謁見する資格も無い、というわけね……」
ルブルは少し不快そうな顔になる。
「でも、この大地の、この世界の半分は、この魔女ルブルが手に入れるわ。竜の王、イブリアにそう伝えておいて。半分は私の領土にしてやる」
魔女は挑発的に言う。
「…………、今しがた、イブリア様から伝言があったわ。貴方達はピラミッドの前に来る事。そして、交渉を続けたい、と……」
女は嘲るような口調だった。
ルブル達がいる砂丘から、少し離れた地面が揺れる。
何者かが、地面に文様を描いていく。
それは、巨大な地上絵となっていた。
どうやら、それは竜王イブリアのいる、ピラミッドへの地図らしかった。
「ルブル」
メアリーは辛辣に告げる。
「この女は危険ね。同族嫌悪って言うのかしら……、この女は、私と同じ臭いがする」
「あら? 愛しい人への憎しみを、とっても愛する事?」
「いいえ? そいつの口からは、嘘と欺瞞ばかりが出てくる。そいつは嘘吐きね。何もかも、嘘で固めている女ね。この私が言っているのだから、間違いないわ」
彼女は剣呑な眼付きになる。
†
デス・ウィングは、捨てられた部族達の集落の中で、タロット・カードを並べていた。
「魔女ルブルに、その側近のメイドであるメアリー。ギルドのマスター達。そして、悪魔ミズガルマに、竜の王イブリア……」
楽しめるカードは、何枚もあった方がいい。
自分と対等な相手が欲しい。
死と悪意のショーを、共に楽しめる相手が欲しい。
デス・ウィングにとって、この世界は何もかもが下らないものだった。みな、人形劇を演じているかのように見えた。
「さて、誰から遊ぼうかな? まあ、まだ遊んだ事の無い奴もいいかもしれないな」
彼女は地面を這うサソリをつかみ取る。
サソリは何度も、彼女の掌に、毒の尾を刺し続けていた。この砂漠のサソリは、とても獰猛なのだ。
彼女は、しばらくこの昆虫の動作を見て、楽しんだ後、放り投げた。
ここのサソリは、人の肉も好む……。
デス・ウィング
†