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第九幕 次元 『ボルケーノ』 6


 クレリック達のいる大神殿。

 ガザディスが言うには、この辺りにある筈だ。


 夜が明けようとしていた。

 神殿が幾つも並んでいる。


 聞く処によると、此処にも、墓所が密集しているらしい。

 ……こんな平和そうな街中で、ゾンビの入った柩が沢山あるのか、滑稽だな。

 彼女は、清らかな聖衣に身を包むクレリック達の姿を見て、心の中で、とても愉快そうな微笑を浮かべる。



 朝の十時になった。

 適当に散策して時間を潰した後に、神殿に入る事にした。


黎明棚(れいめいびょう)

 それが、クレリック達のギルドだった。

 ピラミッドのような形状をした大神殿だった。


「此処のギルド・マスターに会わせて貰えないか?」

 彼女は、護衛の神官達に訊ねる。

 神官達は、少しだけ困惑していた。

「ギルド・カードをご所持しているのなら……」

「ギルド・カード?」

「このギルドの通行証です」

「ああ…………」

 デス・ウィングは、少し考える。

「あれか。各ギルドのメンバーとしてのカードか。そしてこのギルドは同時に図書館でもあったな」

 彼女はカードを渡す。

 神官はそれを見て、少し唸る。

「…………、住民票が無いみたいですが」

「旅人なんだ。ルクレツィア国民で無くて悪かったな」

「偽造カードに見えますが…………」

「でも、問題無いんだろ? 裏は取ってある」

 そう。

 ガザディスから、礼の一つとして渡されたものだった。

 このギルドに入館する為には、ギルド・カードが必要だった。帝都に住所があり、身分が分かる者だけが作れるものだった。ガザディス達は帝都に住所が無い為に、裏で手を回して、ギルド・カードを偽造していた。


 神官達は、しぶしぶ、デス・ウィングを通す。

 中は、巨大図書館になっていた。

 ルクレツィアの様々な出来事が記録されたものや、各種族の文化、小説や詩集などが置かれている。司書達も聖衣を纏っていた。


「済まないが、此処のギルド・マスターに会う事は出来ないか?」

 彼女は暇そうにしている司書に訊ねる。

 若い人間の男だ。

「ええ、大丈夫ですが……。ギルド・カードはお持ちですか……?」

「ああ、持っているぞ」

 彼女は笑顔でそれを渡す。

 司書は少しだけ、微妙な顔をするが、すぐに頷く。

「了解しました。マスターは十一時頃に訪れると思います。私から謁見の資格を取っておきますね」

 デス・ウィングはにこやかに笑っていた。

 ギルド・カードの裏側には、ガザディスがふざけて自身の顔に似せた似顔絵を彫っていた。ついでに、堂々と住所欄には“盗賊団、邪精霊”と記されていた。更に、呪性王の魔道士との戦いにより、仲間の返り血がカードの裏側にはこびり付いていた。デス・ウィングはそれを拭わずに護衛と司書に見せたのだった。

 ……しかし、似顔絵を彫るとは、ガザディス、中々、固そうに見えて、洒落が聞いているじゃないか。

 デス・ウィングは、このギルドに所属している者達にわざわざ見せて、反応を楽しんでいた。



「私がクレリック達のギルド・マスターのサレシアです」

 少し、年の行った高齢の女性だった。

 人間種族みたいだ。

「私の名前はデス・ウィング。旅人だ」

「何用ですか?」

 謁見の間も、本棚で溢れ返っていた。

 魔術の研究道具も置かれている。

 どうやら、クレリック達の使う魔法の研究書が記されている書籍ばかりが並んでいるみたいだった。

「単刀直入に聞きたい事がある。“ギルド・マスターの娘”と呼ばれている、クレリックの少女の母親は、貴方なのか? と思いまして」

「あら。“ミノタウロスの勇者のお弟子さん”ね。ハルシャは元気かしら。残念ながら、ミントさんは、私の子では無いわね」

「調べていくうちに分かったんだ。あいつの両親を調べる事はタブーだってな。奴の取り巻きも知らないみたいだったが……」

「ええ。あの子の母親を調べる事はタブーですのよ」

 ソファーに深く腰掛けながら、サレシア婦人は深い溜め息を吐いた。

「私が思うに……、あいつの父親は、竜王なんじゃないのか?」

 デス・ウィングは、単刀直入に聞いていく。

「…………、違いますよ。けれども、あの子の秘密を知る事は、貴方が危険に晒される事を意味します」

「そうなのか」

 デス・ウィングは、とても楽しそうな顔をする。

 そして、サレシアは忌まわしそうな表情を浮かべる。

「貴方は見て分かります。傲慢で、そして、自信過剰。他人の幸せを考えない。貴方の心の在り方が闇に属するのも分かります」

「ほう? やはりクレリック達の長だな。私はそんなに外道に見えるのか?」

「はい。貴方は人として間違っています」

 面と向かって言われて、デス・ウィングはとても嬉しそうな顔をする。

「貴方程、邪悪な存在は中々、見ません。とても闇が深い。この私でさえ、闇に飲まれそうなくらいに……」

「そんなに凄いのか、この私はっ!」

「本来ならば、退魔の魔法を貴方に撃たなければなりません…………」

 サレシアは、ふうっ、と、吐息を吐いた。

 扉がノックされる。

 司書の一人が入ってくる。

「サレシア様、お茶とお菓子をお持ちしましたっ!」

 司書は明るく言う。鬼のような形相をして、聖衣に包まれた、トロールの女性だった。身長は二メートル以上はある。轟音のような声音が二重に響く。

「ありがとう。ルリィ。この御方にもお茶をお出しなさい。そしてそろそろ、お昼時ですね」

「はい、サレシア様。いつものランチ・バイキングに行かれますか?」

「ええっ。この方ともう少し、お話してから」

 サレシア・グリクロッド。

 喰えない女だな、と、デス・ウィングは少し考えていた。



 大神殿の近くにある高級レストランにて、ランチ・バイキングが行われていた。

 デス・ウィングは、皿の上にロースト・チキンとホウレン草のカレーを載せていく。飲み物はチャイ。デザートにはココナッツ・アイスだ。


「貴方は御自身が女性と思っていないのですね?」

 サレシア婦人は柔和に笑う。

 彼女の皿の上には、脂ののった焼き魚のムニエルが置かれていた。

「ああ、女心が分からない。ミントの思考も分からない。まあ、男の性欲もよく分からないけどな。ただ、私は、自分が男なんじゃないかと思う時はよくある」

「面白い御方ですね」

「貴方は私の言っている事を馬鹿にしないんだな?」

「貴方の核心にあるものは、自分自身の存在に対する強い疑問ではありませんか?」

 二人共、席に付く。

 此処には、帝都の貴族達も気軽にやってくるらしい。

 高級店だが、手軽な気持ちで入れる場所みたいだった。一般市民も見栄を張って訪れる者も多い。


「ミントさんは人間では無いのですよ。あの子自身は自分が人だと思っているみたいですけど……」

 彼女は茶を口にする。

「……ああ、そうだろうな」

「彼女の存在は帝都のタブーなのですよ。けれども、母親の方はお教えする事が出来ます。此処から少し離れた場所に、もう一つのクレリックのギルドがあります。そこのギルドのマスターが彼女の母親です」

 デス・ウィングは、チャイを口にする。

「成る程。貴方は知っているんじゃないのか?」

「ええ。けれども、私自身を危険な眼に晒すわけにはいきませんの」

 サレシアは事も無げに、デス・ウィングに告げる。


「成る程。良い心掛けだ。保身の為か?」

「ええ。貴方に教える義理もありませんし、それに、私の身に何かあればギルドに所属する者達に迷惑がかかりますので」

 二人は打ち解け始めていた。


 サレシアは、上品なマダム、といった印象だった。

 デス・ウィングは、ホウレン草のカレーを口にしながら、ふうっ、とまろやかで良質な味に溜め息を吐く。


「使いの者に、道案内を頼みたいんだが、駄目かな?」

「あの場所は“果樹園”の付近を通らないといけません。大スラムも隣接しております。おそらく、貴方は心の底から、黒い喜びを感じる事でしょうが……。私のギルドの者達は、あの場所へ向かう事を嫌がります。大スラムには、強盗も出ますので……」

 サレシアは、バイキングの料理を追加で食べる為に、料理が並んでいる場所へと向かった。デス・ウィングはチャイを飲み干す。生姜の味が口の中に広がる。


「サレシア。果樹園ってのは何だ?」

 デス・ウィングも、皿にのせた料理を全て口にした後、追加の料理コーナーへと向かった。

 果樹園、という言葉を、彼女が口にして、他の客達の多くが、とても嫌そうな顔をしていた。

 サレシアはエビの蒸し焼きを皿に盛る。

 デス・ウィングも料理を皿に入れる。

 二人共、他にいくつかの料理を皿にのせる。トレーの上に、追加の飲み物も置く。

「ふふふっ、貴方好みの場所でしょうね……」

 サレシアは席に付く。

 デス・ウィングは、果実の置かれた場所に行き、パイナップルやメロンを小皿に入れていく。その後、席に付く。

「フルーツが沢山、生っているのか?」

「行けば分かります」

 サレシアは答えなかった。

 多分、“観光スポット”なのだろう。デス・ウィングは彼女の言わんとする事を察して、それ以上、訊ねなかった。


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