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第九幕 次元 『ボルケーノ』 4

 深夜の出来事だった。

 

 ハルシャは、エルフの戦士から借りた宿の中で眼を覚ます。

 何かが、近付いている。

 胸騒ぎがする。


 ミントは何か悪夢でも見ているのか、うなされていた。

 ミノタウロスの戦士は、宿の外に出る。

 此処は木々の上に作られた住居だ。

 何か異変があれば、高くから周囲を見渡す事が出来る。

 

 ……何かが近付いてきている?


 どうやら、それは空から近付いてきているみたいだった。

 ハルシャは眼を疑う。

 そして、思わず、呟く。


「なんだ? あれは?」

 それは、翼を持った爬虫類だった。


 ドラゴン。

 十数メートルもの巨体だ。

 それも一体だけではない。

 数十体はいる。


「なんだ? 一体? ドラゴンという種族はルクレツィアにおいて、イブリア様を除いて絶滅したと聞いたが?」

 彼は唸る。

 

 ドラゴンの群れは、明らかにこの村を狙っている。

 

「どうしたのですか? ハルシャ?」

 ミントは寝間着のまま、宿の外に出る。

「空を見ろ。ドラゴンの群れが、こちらに向かっている」

「ああ、はい…………、しかも、あれ……」

 二人は言葉を失っていた。

 ドラゴンの背は馬車の幌みたいなものが覆い被さっている。

 何者かが、乗っているのだ。


 エルフの弓兵達が、矢を放っていた。

 だが、それらはことごとく、ドラゴンの堅い鱗によって弾かれていく。


 更に、ドラゴンの口から放たれる炎の吐息によって、森は焼かれ、エルフ達は火ダルマにされていく。その光景を見て、ミントがうずくまった。

 …………、ギデリアの残虐な光景がフラッシュバックしているのだ。

 自分達は、余りにも無力だった。

 メアリーという女の行った殺戮を思い出しているのだ……。


「ミント。お前は宿の中に入っていろ。此処は、この私が迎え撃つっ!」

 ハルシャは一度、宿に戻り巨大な戦斧を手に取る。

 ドラゴンを撃ち倒す。

 だが、あの数に勝利出来る自信はまるで無いが……。


 村の家々は次々と焼かれていく。

 この村には、ミントと同じ種族である人間達も多い。彼らが殺されていくのだ。

 また、殺戮が行われている。

 ルクレツィアはいつだってそうだ。

 ギルド同士の対立。

 残忍な見世物。

 貧困者の餓死。


 ミントの心を苦しみ続けたもの。

 ハルシャは彼女の為に、何度でも立ち上がるしかなかった。


 ドラゴンの一体が、地上に降り立つ。

 そして、幌の中から、何名もの兵士達が現れる。どうやら、彼らは猿の姿をした亜人みたいだった。手に手に、様々な得物を持っている。森の中にも降り立つ。彼らを降ろしたドラゴンは、まるで役目を終えたとばかりに、元来た場所へと飛び立ち、引き返していく。

 ……役目を終えたのだろう。


 ドラゴンの中の一頭が、ハルシャに眼を付ける。

 そのドラゴンは、ハルシャのいる樹木の上へと近付いてくる。

 角と虹色の彩色を持つ、トサカが特徴的なドラゴンだった。


<お前が噂に聞く、ミノタウロスの勇者か?>

 ドラゴンの声は、地響きとなって周囲に反響していく。

「いかにも、私の名はハルシャ。帝都を守る者だ」

 彼は斧を構える。


<我々は”黒き鱗の王”という者に仕える戦士達だ。黒き鱗の王の副官であるドラゴン、サウルグロス様の命令により、ルクレツィアの帝都は滅ぼす。黒き鱗は、ルクレツィアの文明を嫌っている。人間種も、獣人共もな。我々は純粋な自然の食物連鎖を作る事を計画している。ミノタウロスの戦士、貴様はかつて、人間と獣人がいがみ合っていた歴史を知っているな? 黒き鱗は、かつての過去を正しきものとして、再び、人間と獣人が争い合う歴史を作り出そうと考えている>

「…………っ! 貴様らは何がしたい? 何の為に!?」

<分かりやすく言うぜ。ルクレツィアの異なる種族(じんしゅ)の共存が不愉快だからだ。ミノタウロスよ、貴様は、人間がミノタウロスという種族をモンスターとして討伐していた歴史を知っているだろう? 俺達は、その歴史に戻そうと思っているんだ。人間とミノタウロスがいがみ合い、エルフとオークが殺し合う世界が見たいんだ>

「ふざけるなっ!」

 ハルシャは、今にも、眼の前にいるドラゴンの頭蓋を割る事を考えていた。

 眼の前にいる、ドラゴンは翼を広げ、上昇していく。


<貴様が何を守りたかろうが、無駄だなっ! 文明が壊れれば、またその楽園が巡ってくる。その時は、我々、ドラゴンが支配する世界が訪れるな。ドラゴンは食物連鎖において、最強の種族だ。文明は法律を作り、我らとは相容れないっ! 文明は自然の掟という本来の法に反するだろう? 故に、我々、ドラゴンは文明を嫌っているのだからなっ!>

 そのドラゴンは、天空へと飛び立っていく。

 他のドラゴン達は、次々と、背中に乗る者達を降ろしていた。

 ハルシャは眼を疑う。


 どうやら、それは檻だった。

 檻の中に人間がいた。ぼろ布を纏っていた。

 檻が開けられていく。

 中にいる人間達が、村の家々へと向かっていく。

 

 村に火種が広がっていく。

「ハルシャ……」

 ミントがクレリックの服を着て出てくる。

「家の中にいろと…………」

「私も戦いますっ!」

「……分かった。この村を守るぞっ!」

 

 二人は、樹木の上から飛び降りる。


 村は火に焼かれていた。

 多くの人々が逃げまどっている。

 此処には、主にエルフと人間が多い。

 力の強い種族が少ないのだ。

 つまり、……極めて、侵略の為には、弱点となる地点だった。


 類人猿達が、人間の女を犯している姿が見えた。

 子供を槍で突き刺して遊んでいる猿もいた。

 ハルシャは、次々と、類人猿の亜人の頭に斧を突き立てていく。

 ミントも炎と稲妻の魔法を放って、類人猿の侵略者達を倒していく。

「ハルシャ! 貴方は先程、ドラゴンと話していましたねっ! 私は奥で準備をしていたので聞こえませんでした。奴は何て言っていました!?」

「…………、人間とミノタウロスを争わせる、と……。種族同士の争いを引き起こしたいと言っていた……」

「何が目的だと思います?」

「…………、俺は最近、分かってきた。この手の事を考えている奴の思考がな。あのドラゴンに命令している奴の思考が……」

「はい……、私もです」

 ミントは、炎の魔法によって、女子供を襲う猿を焼いていく。

 ハルシャは、ミントが助けた者を安全な場所へと誘導しようと動く。


「あの手の手合いは”面白いからやるんだ”。思想や信念なんて持っていない。口実が必要なだけだっ!」


 大型の類人猿の首をはねとばした後、ハルシャは大きく溜め息を吐く。

 悲鳴が聞こえた、家の中へと入る。


 血塗れだった。

 ボロ布を纏った大柄の人間の男が、家の中にいた同じ人間の女を生きながらにして、腹を裂いて内臓を引きずり出して麺のように啜り、食べていた。

 その近くでは、ボロ布を纏った女が、生まれたばかりだと思われる赤ん坊の頭蓋骨を、クルミの殻のように割り、中の脳を果物のように貪り喰っていた。

 彼らには、理性の眼が無かった。

 ただただ、獰猛な獣として、腹が減ったから食べているだけ、といった様子だった。


「何が……、人間とミノタウロスを殺し合わせるだ……っ! 人間と人間同士を殺し合わせているではないかっ!」

 ハルシャは吐き気の余り、一瞬、その光景に眼を背けた。

 ……ミントには、見せられない。

 ハルシャは、深い怒りに満ちた眼で、この家の者を喰った二人のボロ布の男女の首を斧ではね飛ばした……。



「ひひひひゃははっはははっ、やりましたねっ! はははあっ!」

 鎧を纏ったグリーシャは、集落にいるエルフの長の一人を、長剣で一突きにして殺害して、壁に突き刺していた。壁は血に塗られ、床は黒づんでいく。

「この部屋の中に見つけたわっ! 私の左腕を再生させるエルフの秘薬をっ!」

 彼女は狂喜していた。

 グリーシャの背後には、老獪クルキスパルが杖を持って座っていた。


「グリーシャよ。こやつの家の中は宝物だらけじゃぞ。金銀財宝も持っておる。サウルグロス様に献上すれば、さぞや褒めてくださるじゃろうなあああああああっ!」

「ひひひひひひひひっ。私達はグロス様に褒めて貰えますねえっ! 私は腕も治せて一石二鳥っ! うひひひひっ! グロス様に褒めて貰える。ばんざーいぃっ!」

 グリーシャは、サウルグロスと性行為をする事を頭の中で考えていた。

 ドラゴンの子供を生んでやる。

 イブリアが駄目なら、サウルグロスだ。

 

 ドラゴンは最強の生き物だ。

 自分を見下してきた、人間も亜人共も、共に自らが見下す事が出来るっ!

 最高の復讐が出来るのだ。

「さて、オランウータンの賢人っ! これから、どうする?」

「ひひっ。もう少し、我らの兵士の略奪を見ておこうかのうっ!」

「それは最高ねっ! あはははっ!」


 二人はエルフの長の家の中で、散々、略奪を行った後、この家に火を点けて出ていったのだった。

 


 夜が明ける。


 戦いは惨敗だった。

 夜間に襲撃を受け、しかもこの村は非戦闘要員が多すぎた。

 元々、牧畜を中心とした村であった為に、武力に乏しかったのだ。


 エルフの戦士である、バルーサは全身に負傷して、医療所の寝台にいた。

「…………、この俺がいながら、すまない……」

 彼は、眼をやられたらしい。顔に包帯を巻いていた。

「バルーサ、俺とミントの二人は、村の人間達の集落にいた。お前達、エルフの集落は森だ。森の中で何があった?」

「……猿だ。猿達が、木の上から降ってきた。そういう戦術を得意としているのだろう。奇襲を受け続けた為に、我々の部隊は壊滅的だ。沢山のエルフが殺された……」

 ハルシャは握り拳を作り、床に撃ち付ける。

 彼は自らの無力さが悔しかった。

 ミントも同じ気持ちだった。

 結局の処、ミントは苦渋の選択として、人肉を喰らい続ける言葉の話せない野蛮人達を、魔法で焼き殺すしかなかった。……そうする事でしか、村の人々を守る手段が無かった。……人殺しなんて、したくなかった……。


 

「ハルシャ……、私は罪を犯しました…………」

「それ以上、考えるな! この私が悲しむ。ミント、奴らはゾンビみたいなものだ。言葉を話せず、知性も無く、貪欲に人肉を喰らい、欲望のままに異性を犯していた……、私は思うっ! 人間とは、思考出来るからこそ、人間足り得るのだと……」

 ミノタウロスの勇者は、必死で、清らかな心を持つ、クレリックの少女を励ましていた。

 それでも、ミントのショックは大きいみたいだった。

 ハルシャ自身、割り切れるわけではない。

 彼は屈強な戦士であるが、同時に、粗暴ではなく、正義感の強い、質実剛健な性格をしていた。


「相変わらずだな……、ハルシャ…………」

 バルーサは、苦しそうに呻く。

「もう喋るな。お前は腹も裂かれているではないかっ!」

 ぜいぜいっ、と、エルフの戦士は酷くむせいでいた。

 顔色が酷く悪い。

 傷口に治療薬が塗られ、ミントが回復魔法を唱え続けている。

 だが、治らない……。

「毒を、塗られているんだ。あの猿達……。戦っている最中、毒を塗り直している奴を見た。俺は傷口から強い毒に侵されている…………、何の毒か知らないが。……しかも、解毒薬の多くが略奪されていたらしい…………」

 ハルシャは深く、溜め息を吐いた。

 そして、自らの角を弄る。……焦燥感に駆られている時に、よくミノタウロスが行う癖だ。彼は深呼吸を繰り返して、自らを落ち着かせようとする。

「待っていろ。今から、クレリック達のギルドに向かう。彼らなら、お前を治療してくれるかもしれん……」

「俺の事はいい……、それよりも、この村に住まう者達を避難させてくれ。あの知性の無い人間達は、何名か仕留め損ねて森の奥に入り込んでいる。猿達の多くにも逃げられた。この領土はあのサウルグロスと黒き鱗とかいう連中に占領されるかもしれない……」

 そう言うと、エルフの戦士は、口から血を吐き出す。


「ハルシャ! 天空樹のギルド・マスターに助力を求めましょう! あの噂に聞くヒドラとお会いした事はありませんが、ギルドに所属する者達が、こうも殺戮されたとあっては、彼も動く事でしょうっ!」

 ミントに言われ、ハルシャは首を縦に振る。

「そうだな。ミント、お前はゾアーグと共に天空樹の本拠地へ迎え。あの空へと伸びる大樹木を登れっ! ラジャル・クォーザに動いて貰うしかあるまいっ!」

 バルーサは、ハルシャの太い腕をつかむ。

「…………、駄目だ。先程、急使からの手紙があった。我らのギルドに所属している、ハヤブサの獣人だ。ラジャル・クォーザ様は、この村の者達を守る事に関して、動かない、とおっしゃっているそうだ…………」

 それを聞いて、ハルシャは納得がいかない、といった顔をする。

「何故だ? 自らの配下を守らぬのか!?」

「…………、いや……。あの御方は既に、動いている。先にやるべき事は、この村の防衛ではない。……天空樹というギルド全体の防衛だ。斥候(せっこう)を募って、あのドラゴン達が住まう場所を探し当てているらしい。こちらから積極的に反撃するとおっしゃられた。……、天空樹は、黒き鱗の王とサウルグロスの軍団、奴らと全面戦争になるかもしれん」

 それを聞いて、ハルシャとミントの二人は、同時に息を飲んだ。

「お前達は、この俺に兵士が欲しいと言ったな……。既に、お前達の為の武具は用意してある。武器庫の場所は分かるな、持っていけ。……俺達の事は構わない。お前はお前達の帝都を守れ……っ!」

 エルフの戦士はまた、口から血を吐いた。


 ハルシャとミントは顔を合わせる。

 自分達は負け続けなのだ。

 守りたいものを、守れていない……。

 魔女二人を倒す為に、此処に来たのだ。


「済まない。……恩に着る…………」

 ミノタウロスの勇者は、エルフの戦士の腕を固く握り締めた。



挿絵(By みてみん)


邪悪なドラゴンの王、サウルグロス

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