第八幕 ギルドの争い、邪精霊と呪性王。 3
山賊及び盗賊団の頭をしているガザディスは、デス・ウィングと二人で晩酌を交わしていた。ガザディスはジンやウイスキーといった強い酒をぐびぐび、と飲む。アルコールに強いらしく酔わないらしい。デス・ウィングはアルコールの効かない肉体なので、代わりに甘いワインを貰っていた。ツマミとして、羊の肉が生で皿に盛られて並んでいた。
木製のテーブルの上で、木の根で作った椅子に二人は座っていた。
デス・ウィングは、タロット・カードを広げて、ガザディスの運命を占っていた。
「どうかな。俺の今後は?」
「悪いな。少々、人生が停滞する。それから、友人や仲間の死も覚悟して置いた方がいい。破滅を意味するソードのカードが多い。戦いを意味するワンドのカードも。大アルカナが少ないな」
「そうか。……しかし、タロットは詳しくないが。死神のカードとかが危険なのか?」
「死神よりも、危険なカードは幾らでもある。死神は再生や復活も意味するからな。お前に出ているのは、悪魔のカードだ。お前に関係する配置の位置にある、気を付けろ。意味は堕落、誘惑などだ」
そう言うと、デス・ウィングは羊の肉を口にする。
「これは美味しいな。ワインと合う」
「鹿肉もあるぞ、取ってくるか? 生のソテーだ」
「ふむ? 鹿は寄生虫が多いと聞くが」
デス・ウィングは、羊肉を口に含んで咀嚼する。
「ああ、鹿の生肉は寄生虫が多いが、特殊な製法で殺して食えるようにしてある。羊に鹿のソテー。香料を付け、それらをワインで食す。これらは、俺の故郷である都市の手料理だ。味わって貰えると嬉しい」
ガザディスは、物憂げな顔をしていた。
「故郷か……、お前にとって、強い意味を持つものらしいな」
「ああ。俺の両親は帝都に殺された。俺の故郷は、今は奴隷商人達が蔓延っている最悪な場所だ。全てルクレツィア王と、彼に奉仕する国民や護衛兵達の責任だ。貴族達も最悪だ、彼らは奴隷商人達と仲が良いからな」
「そうか」
「ミノタウロスの戦士、ハルシャとは何度もあいまみえている。彼は不思議な男だ。いつも、俺達、邪精霊を見逃す。牢に入れて処刑するべき手合いの筈なのにだ」
「ハルシャか。直接、話した事は無いが、所謂、誇り高そうな戦士だったな。奴の友人である、オークのゾアーグとは少し話した」
「ゾアーグか。奴もだ。何故、奴らのような者達が、腐った帝都の王を護衛するのか、この俺には分からない」
「人には……、亜人だったな。意志ある者達には、色々と事情があるんだろうな。処で、ガザディス、やはり殺人や強姦は嫌いか?」
盗賊の頭は、煙草に火を付ける。
「吐き気がする。俺は無法者だが、帝都と奴らが飼っている奴隷商人達や売春組織と同じにはなりたくない。人身売買組織や、麻薬売買組織どもともな。俺達の目指すべきものは、義賊であり、貧困者の救済だ。そして、都民から金を略奪している貴族や、利潤を貪る商人達から強奪する。いや、取り返す、といった認識でやっている」
「いい心掛けだ。お前は多分、ハルシャやゾアーグと似ているんだろうな」
「そうだな。だから、遣りづらい……」
部屋の中の蝋燭がゆらめく。
「ガザディス、お前の頼みなら聞いてやってもいい。私に出来る事ならな。悪意ではなく、善意で答えてやる」
「礼を言う」
「……だが、覚えておけ。私はお前の概念では、悪人だ。それも最悪のな」
デス・ウィングは、自嘲的な含みも持たせて言う。
「分かっている、お前の心は闇そのものだ。だが、それでも、俺はお前を信用したい……」
「そうか……、まあ、後悔はさせないさ……」
デス・ウィングは、ワインを口にする。
酔えない肉体だが、味はとても彼女好みのものだった。
†
ジェドとボージョンは、再び酒を飲み始めた。
そして、記憶喪失のミントに酒を進める。
「ミントさん、ミントさん、飲んでくださいっ!」
ジェドは、飲みかけの瓶をミントに渡す。
ミントは、明らかに困惑した顔をしていた。
ボージョンの方は、ラッパ飲みを始める。
更に、二人の酔いは強まっていった。
「ミントさん、ミントさん、俺、貴方の事を始めて会った時からある、感情を抱いていたんですっ! とても邪なものですけど……」
ボージョンは、ジェドをはねのけて、ミントに寄り掛かる。
完全に、押し倒す、という形だった。
「はははっ! おい、ここは誰も見ていないぜっ! 邪精霊では強姦は禁止だが、おい、女っ! こんな酔漢二人のいる部屋にわざわざ入って、酌を取ろうとするとは、おめでたい奴だっ! これから、俺様はお前の貞操を奪ってやるぜっ! いいか、これは和姦だからなっ! ガザディス様やベルジバナ様に告げ口するんじゃねぇぞっ!」
ボージョンは、完全に下種な本性を現していた。
困り果て、嫌がるミントの服を脱がそうと、服の袖に手を掛ける。後ろでは、ボージョンの狂態を見て、ジェドは少し焦ったが、頭の中では、先駆けされた、といった悔しい顔になった。
「おいっ! ボージョン、ミントさんを、ミントさんをっ! ミントさんっ! さあ、この俺の手をっ! この凶漢は、この俺が倒しますのでっ!」
そう言うと、ジェドは部屋の隅に転がっていた薪用の丸太で、ボージョンの頭を殴り付ける。上手く力が入らず、ジェドは脚をもつれさせ、転がる。
そんな事をやっている間に、ボージョンの右手はミントの服の下を這いずりまわり、ミントの胸はじかに触られていた。
ミントの顔は、恐怖に引き攣り、泣き顔になっていく。
ボージョンは、自らのズボンを下ろしていく。
「い、いや、止めてっ!」
「ははっ! 大丈夫だぜっ! じきに気持ちよくなるさっ! 女はみんなそうだっ!」
ジェドは、酔いながら、何度かボージョンの背中を丸太で叩くが、一向にこの盗賊の青年は止めようとしない。ついに、ジェドは困惑しながら、人を呼びに行こうと戻る。そして、ここが盗賊、山賊達の根城である事を思い出す。……無法者達ばかりなのだ、迷い込んだミントの運命は、それで決まっていたのかもしれない。
「クソっ! ボージョンっ! ふざけるなっ!」
ジェドは、意を決して、手にした丸太に力を込める。
そして、盗賊の青年の頭に力いっぱいに固い凶器を振りおろす。
「ミントさんの初めては、俺が奪うんだっ!」
ジェドは、魂の奥底から叫んだ。
ミントの顔は、完全に困り果てていた。
彼女の服は、かなりはだけていた。
スカートも、破かれ、めくれている。
頭から出血しながら、ボージョンは地面に倒れる。
ジェドは、丸太を投げ捨てる。
「ミントさん、俺、やりましたよっ! 貴方を助けましたよっ! ほら、この俺の胸に飛び込んでっ!」
ジェドは、ミントの下へと駆け寄る。だが……。
途中にあった、酒瓶によって、見事に脚を滑らせる。
そしてそのまま……。
ジェドは、ミントの胸倉に掴みかかり、脱ぎかけの服を引き裂き破き、そして、スカートも、中の下着も、全て引きずり下ろしてしまった。
ミントの裸体を、ジェドはまじまじと見る。
彼女の小さな胸が見えた。
まるで、膨らみの無い胸だ。
ジェドは、そのまま視線を彼女の下腹部へと向かわせていく。
ミントの脚の付け根が、ジェドの視界に完全に映る。
ジェドにとって、生まれてはじめて、母親以外の女性の裸身を見る瞬間だった……。
………………。
ジェドは、眼を疑った。
ミントの股の付け根から、本来ならば、ある筈の無いものがあった。
…………。
それは、男性器だった。
小さいが、確かな幹がそそり立っている。
†
ベルジバナは、ガザディスに報告しようかどうか迷っていた。
一刻を争うかもしれない。
その前に、彼は魔法を詠唱する為の武器を取る為に、自室へと向かった。




