第八幕 ギルドの争い、邪精霊と呪性王。 1
この章辺りから、ルクレツィアにあるギルドの話を描いていこうと思っています。
ちなみに、テンプレ系の一般的なギルドとは少し毛色が違うものだと思います。
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「お前が此処のギルド・マスターだな?」
巨大樹木の頂上は、巨大な花が生えていて、彼女は花弁の上に佇んでいた。
「いかにも、私はこの辺りの建築者達のギルドの長だが」
途中の樹木から枝分かれした巨大な枝が空へと伸びていて、巨大樹木の頂上に寄りそう形で、その枝は天高く伸びていた。
そして、その枝には頭が四つもある大蛇が巻き付いていた。
この多頭蛇こそが、此処のギルド・マスターなのだった。
「“ギルド・マスターの娘”という異名を持つ、ミントという名のクレリックに関して、知っている事は無いか?」
「知らぬ。他をあたれ」
「じゃあ、その情報を知ってそうな相手を知っているか?」
「クレリック達のギルドに訊ねてみればどうだ?」
「成る程、クレリック達のギルドか。行ってみる」
「処で、何の用事で来た。わざわざ、私を選んだ理由は何だ?」
「お前なら、気軽に謁見してくれると聞いてな。それから、この巨大樹に上ってみたかったんだ。だから、お前がちょうど良いってな」
「成る程。良い判断だ」
ヒドラは、赤い舌を出して、デス・ウィングを好意的な眼で見下ろしていた。
「クレリックのギルドのマスターならば、知っているかもしれぬ。だが、謁見の資格を別に設けている筈だぞ」
ヒドラは、場所を事細かに、デス・ウィングに教えてくれた。
標高千メートル近くある、巨大樹。
その途中は、強風が吹きぬけて、徐々に狭くなっていく道を歩く者達を、次々と地面へと突き落としていく。だから、このギルド・マスターに会う為には、この道を進む事が出来る者だけだった。つまり、それこそが謁見の為の資格なのだ。
誰にでも、道は開かれており、どんな身分の者もこの樹木の主に会う資格はある。だが、資格は身分ではなく、この道を最後まで登り切れるものだ。
文明を嫌い、自然の調和と共に暮らしているギルド『天空樹』のギルド・マスターは、外部から来る者達を歓迎する際に、ギルドの本拠地それ自体が一つの試練へと変えていた。
「じゃあな、邪魔したな」
「帰る道にも、気を付ける事だな」
「その心配は皆無だ」
デス・ウィングは、かなり下で待たせているジェドを連れて帰る為に、元来た道を戻るのではなく、空高くから飛び降りるのだった。
†
天空樹のギルド・マスター、ラジャル・クォーザ
†
「ラジャル・クォーザ様にお会いしたのですね」
ガイド役である、エルフの女性は、馬車に案内してくれた。
「ああ、あのヒドラの事か?」
「お聞きしましたが、貴女をかなり気に入っていましたよ」
「そうか、特に何かしてやったわけでは無いんだがな」
エルフは、デス・ウィングをまじまじと見る。
「何でも、謁見の際に、登頂する時間が最高記録だったとか。大樹の頂上付近は大風が吹いているのですが、何か魔法でも使ったのですか?」
「さあ、どうだろうな?」
ジェドは、エルフの女性に見とれていた。また、何かしら邪な事でも考えているのだろう。
デス・ウィングは、ジェドの妄想よりも、ギルドの在り方にも興味が湧いてきたので、そちらに関心が移っていた。
「さて、此処から数十キロ先にあるクレリック達の寺院に行って貰おうか」
「はい、商人達が使う馬車がいいと思います」
エルフはにこやかな顔をしていた。
†
デス・ウィングは胡坐をかきながら、場所の窓から、外を見ていた。
ジェドは美人のエルフ達と、どうやったら親しくなれるのか考えているみたいだった。
「もうすぐ、夕方になるな」
商人達は呟く。
「山が見えてきた。この辺りは危険だと聞いていたが……」
突然、馬車が揺れる。
護衛達が騒ぎ始める。
彼らは手に手に、剣や弓を持っていた。
「なんですかね……?」
ジェドは妄想を止めて、事態の異変に気付き始める。
馬が弓で射られたらしい。
「山賊だっ! 山賊が出たっ!」
「今、護衛達が迎え撃っているっ!」
商人達は大騒ぎになっていた。
デス・ウィングはズックの中から、タロット・カードを取り出して、何か占いをしていた。辺りの騒ぎに無関心、といった処だった。
「護衛がやられたっ!」
「もう駄目だ、命だけは…………っ!」
「デス・ウィングさん」
ジェドは半泣きになっていた。
「なんだ?」
死の翼は、ゆっくりと、水筒に入っていたコーヒーを飲み始める。立ち上がろうともしない。
「この馬車、山賊に囲まれてしまっているらしいです……。護衛達は捕虜になりました。商人達の持っている食糧や金銀を出せと言っているらしいです。中にいる者は全員出ろ、と」
「はあ? この私は窓の景色を楽しんでいたんだ。出せるものなら、力付くで出してみろ、と言っておけ」
デス・ウィングは、コーヒーを飲み始める。
「でも、……貴方がどんなに強くても、商人達の命が……」
「お前、そんな奴だったか?」
「…………。エルフの少女に一目惚れしてましてですね……。先程、色々とお話していたんですよ。気さくな子で……」
「……本当にお前はそんな人間みたいだな……」
デス・ウィングは呆れたような声を出す。
「私が最強の剣をやっただろ。おい、ヒーロー。可愛い女に良い処を見せる為に、お前が勇者になればいいだろう」
デス・ウィングは面倒臭そうに、ナップザックを背もたれにして、うたたねを始めようとする。
「み、みんな、殺されますよ」
「だから、お前が行け。最強の剣で立ち向かえ」
「使い方が分かりません。…………」
「適当に振っていれば、どんなに遠くに離れていても、人間が斬れる。だから、適当に触われ」
デス・ウィングは、いよいよ眠りそうになる。
ジェドは、しぶしぶ外に出ようとする。
破壊音がした。
デス・ウィングは大欠伸をする。
馬車の壁が破壊されて、手に山刀を持った半裸の男達が現れる。彼らは、誰かから剥ぎ取ったかのように、つぎはぎで、ボロボロの防具に身を包んでいた。
「おい、姉ちゃん。外に出な」
デス・ウィングは言われて、外に出る。
周りは手に得物を持った山賊達で溢れ返っていた。
「姉ちゃん、持ち物検査していいか?」
山賊の一人が、下卑た声で聞く。
「駄目だな」
デス・ウィングは面倒臭そうに屈伸運動を始める。
「おい、ふざけているのか? 女」
「私は馬車に戻っていいかな?」
デス・ウィングは本当に馬車に戻ろうとする。商人達は震え上がっていた。護衛達は縛り上げられている。
「おい、ジェド。渡した剣、適当に振り回せ。私を巻き込んでもいいから」
ジェドは彼女が、何を言っているのか分からなかった。だが、言われた通りに、渡された短剣を取り出すと、鞘を抜く。
綺麗な刀身だった。
ジェドは、山賊の一人に向けて威嚇しようとする。
すると。
何か、そよ風のようなものが吹き抜ける。
山賊達の背後にあった、木々が粉微塵に砕け散る。
「な、な……っ!?」
ジェドは、困惑しながらも、何度も短剣を振るう。その度に、山賊の背後にある岩や木が破壊される。ジェドは何かを強く念じる。そして、短剣を振るう。
すると、山賊達の持っている山刀が次々と破壊されていった。
デス・ウィングは、それを見て、不愉快そうな顔をしていた。彼女はジェドから、短剣を奪い取る。
次の瞬間。
デス・ウィングは、短剣を勢いよくブーツで踏み付ける。
「おい、お前、やる気無いだろ。眠るな。せっかく、この少年が敵を殺害するついでに、商人達も殺害して、罪悪感に苛まれる処が見たかったのにっ!」
彼女は何度も何度も、短剣を踏んでいく。
そして、短剣をつかむと、怒鳴り付ける。
「おい、あわよくば、あの少年が仲間と合流した後、仲間を殺害させたかったんだ。…………」
ジェドは、言い知れぬ感情に襲われる。
デス・ウィングは、話した後、強く舌打ちする。
明らかに、ミスをした、といった様子だった。
「…………、この私とした事が……。ジェド、お前といると、ペースが乱れる」
そう言うと、デス・ウィングは憎々しげな顔で、短剣をジェドに向かって放り投げる。
……ミントといる時もだ。こいつらは、本当に気に入らない。
デス・ウィングは、口の中でミントに対しても悪態を付いた。
「この短剣はなんですか…………?」
ジェドは、デス・ウィングが口を滑らして言った事を聞かなかった事にして、奇妙な短剣に付いて訊ねる。
「私の力を実体化させたものじゃないぞ。それは魔剣だ。力と引き換えに持ち主を不幸にする。昔、小銭で寿命を奪われた老婆から買った。私はこいつの事を“他人の死”と呼んでいる。たまに人間の姿で現れる」
「…………、呪いのアイテムじゃないですか……」
「ジェド、お前、力が欲しいんだろう? 代償を支払えば、そいつは力を貸してくれる。正直、私もそいつには手を焼いている」
「おい、早く投降したらどうだっ! 悪いようにはしないぞっ!」
リーダー格の男は、細長い顔に狐のような眼の細い男だった。顔に、交差した短剣のようなフェイス・ペイントが施されて、両耳に沢山のピアスを付けている。
デス・ウィングが感情を露にしているのを、ジェドは初めてみた気がする。彼は渡された短剣を見つめながら、半ば混乱していた。
山賊達は予備の得物を引き抜いて、二人に向ける。
「おい、貴様ら、いい加減にしないと、頭を射抜くぞ?」
デス・ウィングは、面倒臭そうに、人差し指の先をリーダー格の男に向ける。
しゅん、と、風を薙ぐ音がした。
リーダー格の男の頬から、血が流れる。
彼の背後にあった、大岩に巨大な孔が開いていた。
「初めから、私達を殺すつもり無いだろ? 人も殺せずに強盗なんて出来るのか? お前ら、この中には人殺しをした事も無い奴もいるんじゃないか? 馬車を壊されたから、お前らの家に案内しろ。今夜の宿にしてやる。それでこの私に対する無礼を許してやる」
リーダー格の男が、参りました、といった風情で両手を上げて、武器を落とした。




