第七幕 砂漠の世界、巨大な樹木が聳える下で。 2
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……ルブルが言うには、オアシスと言ったか。
メアリーは、ルブルから借りた骸骨鳥の背から降りる。
彼女は顔をしかめながら、この辺り一帯に眉をひそめた。
砂漠が続いていた中、巨大なジャングルが現れたのだった。
何処までも続く、鬱蒼とした茂み。
水の音が聞こえる。
「何なのかしら? これ」
虫の鳴き声が聞こえてくる。
それも、複数だ。
彼女はジャングルの中を進んでいく。
木々がざわめく。
何か得体の知れない者達が、彼女を見張っているみたいだった。
何かが、飛び跳ねてくる。
メアリーは、斧を生み出した。
向かってくる何かを叩き落とす。
それは、バッタだった。
人間の身体程もある大きさをしていた。
「何かしら? こいつ」
空には、人間の倍程の大きさもある蛾が飛んでいた。
彼女は、しばらく歩いていく。
すると、遠くに、黄金の宮殿のようなものが見えた。
幾つもある尖塔は、丸いドーム状になっていた。
近くには、小川があった。銀の臭いがする。輝く鱗を持った魚が泳いでいた。赤や青、碧などの様々な彩色をした小さな宝石が小石のように敷き詰められていた。
小川の近くには、サトウキビやパイナップル、ココナッツなどが生い茂っていた。
近付くにつれて、黄金と宝石ばかりで敷き詰められているのが分かる。金銀財宝ばかりが犇めいているのだ。まさに、富を得たい者にとっての天の国のような場所だった。
何者かの気配が、無数に彼女を取り囲んでいく。
「情報によれば、貴方達はルクレツィアの王と繋がっていると聞いているけれど?」
メアリーは訊ねる。
「我ら大悪魔ミズガルマ様は、虫の王でもある。ミズガルマ様は代々のルクレツィア王に対して、塩と砂糖、黄金に宝石、鉄、そして灯油などの様々な資源を提供してきた」
声は遠くから聞こえてくる。
わっさわっさと、得体の知れない者達がメアリーの下へと集まってきた。
どうやら、彼らは様々な姿をした甲虫達だった。
カブトムシやスカラベ、クワガタムシのような姿をしている。
中から、頭目らしき、一体の巨大なサソリが這い出してくる。
建造物一つ程の大きさをした怪物だった。
「お前は何者だ?」
巨大な甲虫は、人の言葉を発する。
「ミズガルマに用があるわ」
サソリはそれを聞いて、尾をうならせる。
「何用だ?」
「いくつか。何故、ルクレツィアにある一つの村を襲撃したのかしら?」
メアリーが、デス・ウィングから教えられて疑問に思っていた事だった。
「アレンタの村か。あれはミズガルマ様とルクレツィア王の取り決めで、ルクレツィアから抹消する事が決まったからだ」
「あらそう? もう少し理由を教えてくれないかしら?」
「お主に教える事など無い。命が惜しければ、此処で見た事は忘れ、立ち去るがいい」
サソリは恫喝する。
「ふうん? そのルクレツィアなのだけれども、ギデリアという都市は私達が占領したわ。その事は知っているわよね?」
メアリーは斧を取り出して、柄を地面に突き付ける。
「…………、そうか。お前が二人の魔女の一人か。我々と手を組む気は無いか?」
「そうね…………」
メアリーは、少し思案する。
彼女は頭の中で、此処にいる者達全員を殺害する事を考えていた。元々の計画はそうだった。だが、少しだけ考えが変わった。
「貴方達、竜王イブリアはどう思っているかしら?」
「聞くまでもないな」
サソリは両のハサミを動かす。
「倒すべき敵だ。いつまでも奴に領土を渡しておくわけにはいかぬ。奴がいる為に、我らが“民”は、永久凍土を好きに出来ぬのだからな」
「成る程、面白そうね? では、協定を結ばないかしら? お互いにとって、有利な条件でいきましょう?」
「…………。『黒き鱗の王』の存在を知っているか?」
初めて聞く名だった。
メアリーは首を傾げる。
「何かしら?」
「この永久凍土に隣接している“別次元”の火山地帯を統べる王だ。奴もまた、永久凍土と都市であるルクレツィアを狙っている。我々、虫達は奴と、奴の副官であるドラゴン、サウルグロスと冷戦状態だ。ミズガルマ様も、黒き鱗とサウルグロスには手を焼いておる」
「ふふっ、イブリアは、その黒き鱗という者と、サウル……、何とかには手を焼いているのかしら?」
「イブリアは尊大なドラゴンだ。奴は黒き鱗の軍団など、毛ほども思っておらぬ。だが、魔女よ、お前がルクレツィアを占領したのならば、黒き鱗達はお前達に興味を持つだろう」
「あらそう?」
メアリーは不敵に笑う。
「イブリアの下に、黒き鱗からのスパイが入っていると聞く。名はグリーシャで、元々は黒き鱗の神官だったとか」
メアリーはその名を聞いて思い出す。
「グリーシャ……、褐色の肌の女かしら?」
「そうだ」
「彼女の左腕は切断してやって、私達が大切に保管しているわ」
「ほう?」
巨大サソリはメアリーに強く興味を持ったみたいだった。
「わしは、ミズガルマ様の伝令。その事を我が主にも伝えておこう。グリーシャは人間にも獣人にも深い憎悪を抱いていると聞く。あの女はどう動こうとしているのだろうな。そして、魔女、お前達はいずれ、あのドラゴン、サウルグロスからも眼を付けられるだろう」
「眼を付けられる?」
「サウルグロスは酷く好戦的だ。奴にとっての交渉は、その四足の爪と吐く炎しかない。奴の性格からして、いずれお前達を襲撃したがるだろう。我らの主は、竜王イブリアや、黒き鱗以上に、サウルグロスを警戒しておる。くれぐれも、奴と対峙した時は、真正面から相手にはしない事だ」
森の中に潜んでいる虫達は、ざわめいていた。
どうやら、彼らはサウルグロスという名に怯えているみたいだった。
「強いのかしら?」
「強いぞ、サウルグロスは。奴は残酷で無慈悲だ。部下達を情け容赦なく惨殺する事を楽しむと聞いている。奴の通った跡は、無残な屍ばかりが残るとな」
メアリーの瞳に嘲弄が灯る。
どんな存在なのか知らないが、自分とルブルの二人ならば倒せるだろう。少なくとも、デス・ウィングを相手にするよりは、遥かにマシだ。だが、怯えている者達を見ていると、滑稽に映って仕方が無い。
「ゼルサリス」
巨大サソリの遥か後ろにある、建造物の中から、二つの影が現れる。
ダイアを敷き詰めた大理石の上に、二人は立っていた。
一人は二つの角の生えた筋骨たくましい悪鬼の戦士だった。
肌は灰色で、顔は怒りや憎しみに歪んだ醜い人間のような姿をしている。背中からは黒いコンドルのような翼が生えていた。
もう一人は背中から、蝙蝠のような翼を生やした少女だった。……少女と言っても、ミントなどよりも遥かに若く見え、人間年齢で言うと12.3歳頃に見える。暑いのか、黒いビキニ姿のような格好をしている。頭からは山羊のような角を生やしていた。臀部から黒い尾が生えている。
「何を交渉しようなどと考えている? そのようなものの申し出、早く断ればよかろう」
悪鬼の戦士は告げる。
「ロギスマ様……」
「ねえ、ゼル。そんな事よりも、僕はお腹が空いたよう」
少女は、大欠伸をする。
「客人よ。失礼、あの方々はミズガルマ様の精鋭であるデーモン(悪魔)。我々、虫の種族とは違う、悪魔族だ」
「ふうん? 貴方よりも偉いのかしら?」
メアリーは訊ねる。
「役職が違う為に、綿密には違うが。デーモン達は、わしら虫よりも階級は上だ。そう理解して貰いたい」
「ミズガルマと謁見出来ないのかしら?」
メアリーは、悪魔二人を見据える。
「こんにちはっ!」
悪魔の少女が、メアリーの目の前に降り立つ。
「僕様の名前はリコット。以後、宜しくねっ!」
メアリーは、まじまじと、その少女の顔を眺める。
「あ、これ、変な格好しているけれど、僕は普段はもっとちゃんと厚着しているよ。さっきサウナに入っていたからさあっ!」
「僕様……?」
この少女の一人称か。
メアリーは少し警戒心を露にする。
「僕様は君の事が面白いと思ったよー。ロギーは嫌がっているけれども、ガルマ様と謁見して良いと思うなっ!」
何故か、明るく、天真爛漫、といった印象を受ける。
しばらくすると、メアリーは宮殿の中へと案内される。
リコットは、ビキニの上から黒いガーゼシャツを羽織る。
何となく、天然そうだな、とメアリーは思った。
服を着たリコットを見て、メアリーは少し顔を赤らめる。
……意外と可愛いわ、タイプね。
彼女の中で、少し、情欲が湧き上がる。だが、この場では隠す事にした。
……ミントもいいけど、この子もいいわ。でも、やっぱり先にミントね。
「貴方、もしよければ、個人的に私のお城に来ない? 歓迎は沢山するわ」
メアリーは、含みのある笑みをリコットに送る。
悪魔族の少女は、とても嬉しそうな顔になった。
†
「おい、リコット」
ロギスマは彼女の頭を撫でる。
「ミズガルマ様から、先ほど、命令が下ったのだが。お前、あのメアリーという女をつけてくれないか? あの女、お前には好意を持っていたみたいだからな」
悪魔族の男は、リコットの頭を、鉤爪のある大きな手で撫でる。
「さっき、招待してくれたんですっ!」
「客人として迎え入れられるのも悪くない。とにかく、あの女を調査しろ」
「はいっ!」
「丁度、ミズガルマ様がお前と話したいと言っている。大悪魔に粗相の無いようにするのだぞ」
「はいっ! 私、ガルマ様をとても尊敬しています。こんな私を優秀な精鋭の一人にしてくださったから」
そう言うと、リコットは、ミズガルマの謁見の間へと入っていく。
謁見の間で、下の者達は、大悪魔より伝言を授かるのだ。
ロギスマは微笑む。悪鬼の姿なので、人間から見れば、笑うとかなり怖いだろう。
「ゼルサリスよ」
デーモンの戦士は、サソリの賢人に告げる。
「ミズガルマ様がおっしゃられた。リコットは、あのメアリーという女に献上してやってもよいと。我々、精鋭の中でまだ未熟故、その方が使い道があるだろうとな」
ロギスマは歯を剥き出して笑った。
その両眼には、ただただ非情さばかりが灯っていた。
戦略の為に、犠牲は必要だろう……。




