第七幕 砂漠の世界、巨大な樹木が聳える下で。 1
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……何かの策略に私を利用したがっているかもしれないなあ。
死の翼は、そんな事を考えていた。
デス・ウィングは、以前の宿を引き払い、別の街で宿を取る事にした。
ギデリアの周辺で、侵略の邪魔をしないと、メアリーと約束を交わしていた。こちらからは、裏切るつもりはない。
巨大な樹木が空へと伸びている村だった。
その樹木は、幹の太さが都市の一地区程の大きさがある。
この辺りには、耳が尖ったエルフ族達が居住区を作って住んでいた。彼らは衣服に金属類が含まれているものを嫌い、絹や綿といった服装で身を固めている。そしてリザード・マンのように弓矢を武器としているみたいだった。
そして、人間やオークといった他の種族達が訪れる事を、彼らは好んではいないみたいだった。エルフにとって、彼らは蛮族のようなもので、爆破物などの余計な文明を齎す存在だった。
樹は観光地になっており、人々は、この木の木蔭で休む事を好んでいるみたいだった。そして、この樹木には通路と階段が作られていた。
デス・ウィングとジェドは、それぞれ、樹木の途中に作られたベンチで休む事にする。地上、数十メートルの高さだ。
彼女は、竜王イブリアの大ピラミッドに訪れる前に、ギルドと“墓所”に関しての情報を調べておこうと考えていた。
そして、ジェドに対しては、あらゆる事を隠していた。ミントと会い、墓所で、ルクレツィアの秘密を眼の辺りにした事も、国王に会いに向かった事も……。
自分は得体の知れない、何か、で良い。
ジェドに、買ってきた果物のジュースを渡す。
「お前も来世に憧れているのか?」
彼女は、ジェドという少年に訊ねた。
「も、もちろん、憧れていますっ!」
「異世界に転生したいのか?」
「もちろんですっ!」
「異世界に向かったら、英雄として、勇者として、栄光を手にするのか?」
「そうです……、そのように伝えられています…………」
「死んだ後は、もっと悲惨な地獄へと転生するかもしれないぞ? 別世界は、今よりも苦しいかもしれないぞ?」
「そんな事は分かりません……っ! デス・ウィングさん、貴方はこの国の宗教は馴染まないのですね…………」
「馴染まないから聞いている。そして少しずつ調べている。死後に、異世界に行けば、栄光を手にして、強大な力も手にして、更に、自分に好意のある異性が沢山、寄ってくるんだな?」
「そうです。その通りです」
「そうか、面白い宗教だな?」
デス・ウィングは、少し考えてから訊ねた。
「ジェド……、現実は辛いだろ? …………。生きているのはな……」
「…………、はい……」
少年は頷く。
「私はキリスト教やユダヤ教といった文化で育ったんだ。だから、ここの宗教は馴染まない。お前達には分からない宗教だろうが。最近は、それらの教義である新約聖書、旧約聖書を読み直しているよ。悔い改めれば、全ての罪を赦すイエスという男がいてだな。そいつは人々の為に死刑になったんだ。みんなの罪を背負うってな。私の知る限り、そいつが何千年前に生まれたせいで、様々な分派が出来て、宗教対立が起きて、戦争や他の虐殺行為の代弁者にもなったがな」
「は、はあ…………」
ジェドの反応は淡白だった。
おそらく、彼はルクレツィアの宗教だけが全てだと考えているのだろう。だから、他の宗教は邪教だと考えている。大体、何処の宗教でもそうだが、多宗教は邪教なのだ。間違った教えだ。邪教なんて認めたら、自らが不幸になり、最悪、地獄に落ちる。だから、邪教の教義を理解する事は出来ない、そんなものだ。
「お前、本は読むか?」
「あんまり、でも、俺達の宗教に関する本なら少々……」
ジェドは口篭る。
デス・ウィングの会話に、理解が追い付いていないみたいだった。
「処で、お前に面白い事実を告白しようと思うんだ」
彼女は含みを持たせながら言った。
「ちなみに、私は処女だ。男性経験が一切無い」
ジェドは、デス・ウィングの唐突な発言に、かなり意表を付かれて、固まっているみたいだった。
……変な妄想をするのかな? 私に変な期待をするのかな? 楽しみだ。
ジェドはしばし、顔を赤らめて挙動不審になるが。少し落ち着いて、別の何かを考えているみたいだった。そして、彼は口を開く。
「お、俺は、俺は、いつだって無力でした……。故郷を破壊された後も、ミントさんを守れなかった事も…………」
彼は鼻息を荒げる。
「デス・ウィングさん、俺を……、俺を、強くしてくれませんか……?」
「ほう? 何故、強くなりたい」
「俺は弱い自分を乗り越えたいんですっ! 惨めな自分を捨てて、今、この世界を生きているミントさんのお役に立ちたいんですっ!」
「そうか」
デス・ウィングは腕を組む。
そして、とても楽しそうに言った。
「お前は強くなりたいんだな?」
「はいっ! この俺を、鍛え上げてくださいっ!」
彼は深々と、デス・ウィングに頭を下げる。
「鍛え上げてもいいが、お前の自己成長にあまり興味が無いんだ。私の個人的な願望に付き合ってくれたら、構わない」
彼女は含みのある言葉を言う。
「ええっと、それは何でしょうか……?」
ジェドは、少し困り顔になる。
「ああ、それは復讐劇だ。私は復讐劇が観たいんだ。お前の自己成長に興味は無いが、お前が復讐劇を始めたいのなら、お前を鍛え上げてもいい」
デス・ウィングは満面の笑顔で言った。
ジェドは、しばし引き攣った顔になるが、また真剣な顔に戻る。
「それでも、それでも、この俺を鍛えて下さい。宜しくお願いしますっ!」
「まあ、私が楽しめれば、何でもいいがな。鍛え上げてやるよ。取り敢えず、私としばらく一緒にいれば、面白い事が起こるかもしれないぞ。そうだ」
彼女はジェドに渡したものを思い出す。
「お前、渡した短剣はちゃんと持っているな?」
「はい、持っています。かなりの力を秘めているんでしょう? ただ、俺にその使い方は分かりませんが」
ジェドは、デス・ウィングが反則的な力を持った武器と称して渡した短剣に、強い興味を持っているみたいだった。
「これは、見ているだけで力が湧いてきます」
「そうか。それはお前が大切な者を守る為に使え。約束だ。そうすれば、しかるべき結果となるだろう。お前の名は知れ渡ると思う。意味は分かるな?」
「はいっ!」
ジェドはとても嬉しそうだった。
デス・ウィングは、ジェドに気付かれないように、暗い感情を、瞳に灯らせていた。
……しかしまあ、メアリーとの約束は破っていないな。多分、私のやろうとしている事は、武器商人ごっこだよな。対立する者同士、お互いから利益を得るって事だな。二つの国の両方に同じ武器を売って、争わせる事だよな。
彼女は腕を組みながら、思考を巡らせていた。
どうすれば、自分が面白くなるのだろうかと。
「あそこを黒板代わりにするぞ」
樹木の途中にある公園には、砂場のようなものがあった。砂場の所々には、子供が遊ぶ為の遊具型の木の椅子が並んでいた。
二人は、その場所へと向かい、椅子へと座る。
デス・ウィングとジェドは向き合っていた。
「ジェド。いいか、私達は遠い別の異世界から、この世界にやってきた。ルブルやメアリーも、この世界を見つけて、ここを侵略しようと考えているんだろう」
彼女は、木の枝で砂の地面に文字を描いていく。
「まず、私達の世界には無い力を、この世界の者達は有しているみたいだな。どうやら、この世界は魔法という存在があって、魔力というものがあるみたいだな。でも、私達は違う。魔法使いじゃない“超能力者”だ」
「超能力、者……?」
ジェドは困惑する。
「まあ、便宜上、そう定義される。他にも色々な呼ばれ方をされているがな。私達は別世界から、この世界に来たんだよ、ジェド。私は“次元を超える扉”によって、たまたま、ここを訪れる事になったが、古い知り合いである、ルブルとメアリーもこの世界を訪れていたみたいだ。だから、私は彼女達に挨拶をしてきた」
彼女は、少年の知らない事を教えていく。
「ジェド、この世界は多次元世界になっていて、様々な無数の世界が存在するんだ。私は旅人で、色々な世界を回っている」
少年は、ぽかん、と口を開けていた。
「まあいい。余計な情報だったかもしれない。私がいた基本の世界の多くは、超能力というものが存在していて、それぞれ“能力者”と呼ばれている。ここの魔法とは、異なった位相の下、得られた力だ。多分、その多くの違いは、ここの魔法は、この世界において、自然や空や大地などからエネルギーを得ているものであって、私達の使用する“能力”というものは、言葉通り、個々人の持つ才能の延長線上にあるんだろうな」
デス・ウィングは、ルクレツィアについて色々、調べ上げていた。
おそらく、魔法についての概念は、この世界の者達が多く当たり前の知識として共有しているものなのだろう。
「あのメアリーや、ルブルも、能力者というわけですね」
ジェドは訊ねる。
「まあ、そういう事だ」
「とにかく、俺達の魔法、とは違う力なんですね……」
「一番の違いは、この世界の魔法は別の力を借りる技術みたいだが、私達の能力と呼んでいるものは、私達が水の中を泳げるとか、弓を引ける、とか文字が読めるとか、そんな技術によって成り立つものって事だな。自分の中から湧き出してくるものだ」
「はあ……」
「能力者の倒し方を教えて欲しいか?」
「はい、お願いしますっ!」
ジェドは深々と頭を下げる。
「よし、まず。能力者の肉体ってのは、常人よりも筋力などに優れているものが多い。それから、女の姿をしている者の方が、統計的に強力な能力者の場合が多い。そして、能力は基本、一能力だ。これが一番、重要だ、分かるか?」
「一能力、ですか?」
「そう、お前達の魔法と違って、複数の事は出来ない。たとえば、ミントは炎と稲妻と、後は回復魔法を使えるみたいだが、私達は基本的には、一能力しか使えない。特化型って奴だな。私も一つの能力しか使っていない」
「ルブルもメアリーもでしょうか?」
「そうだな。だが、私は彼女達が何をやっているか教えない。何て言うか、それが“マナー”みたいなものだからな。能力者は他人に自分の能力をペラペラと教えない。それから、他人の能力を無闇に教えたりはしない。それが暗黙の了解のマナーみたいなものだよ」
「教えてくれないんですか? 彼女達の力を……」
デス・ウィングはそれを聞いて、鼻を鳴らす。
「何しろ、私達は能力の概要がバレてしまったら、死ぬリスクが上がるからな。自分達と相性の悪い能力者がやってきた時に、襲撃されると困る。もっとも、私もルブルも、メアリーも、お前達の魔法一つ一つが出来る事よりも、遥かに応用性と柔軟性があるみたいだけどな。お前達の魔法は、少々、融通性の無いものが多いみたいだ」
「そうなんですか」
先程から、ジェドはかなり混乱しているみたいだった。
デス・ウィングは構わず、説明を続ける事にした。
「まあ、お前が解明するんだ、彼女達が何をやっているのかをな」
デス・ウィングはとても楽しそうだった。
「ええっと、まず、魔女ルブルは死体を自由に操れるじゃないですか……。メアリーが何をやっているのか、俺にはよく分からないんです……。何も無い場所から、何かを生み出しているっていうか……」
「そうか」
「うーん、分からないなあ」
デス・ウィングは、メアリーは幻影を実体化していく事について黙っていた。
「あ、そうだ、メアリー本人が言っていました。幻を作り出して、形にしているって……、蜃気楼のようなものだって……」
「なんだ、お前に話していたのか、じゃあ、対策も幾らでも立てようがないか?」
デス・ウィングは、内心、肩すかしを食らう。
「た、対策って…………」
「自分で考えるんだな、そこは自分で何とかしろ」
ジェドは言われて、本当にメアリーと戦う為に悩み始めているみたいだった。そして、様々な恐怖とトラウマが蘇ったのは、急に震えてうずくまる。
デス・ウィングはそれを見て、おそらく生涯、彼がマトモに成長する事は無理かもしれないなあと思うのだった。
†
「グリーシャは明らかに能力者ね」
城を出る際に、メアリーは思考を巡らせていた。
……別の世界から、やってきた、何かか。
いずれ、対峙する事になると思う。
奴が一体、何をやっているのか。
あの女の力の謎を解かなければ、倒せないかもしれない。
グリーシャの攻撃によって、自分の力の一部が封じられた。
彼女の力の概要を理解出来なければ、今度は敗北する事になるかもしれない……。
メアリー




