第六幕 闇の者達の談合。 4
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グリーシャは巫女だった。
巫女という事は、つまり、神官でもあった。彼女の行っている事は神職なのだ。
つまり、それは彼女が本来“仕えている者”の下でも、彼女は神官を務めていたのだった。
「メアリー、腕が痛いわ。クソ。あのメイド。貪り喰ってやるっ!」
半泣きになりながら、失われた腕の付け根をさする。
「ふふぅー、でもこのグリーシャさんは、まだまだイブリア様の下で仕えようと思うんですねー。“我が主”の為にですねえ」
彼女は独り言を呟き続ける。
この永久凍土の砂漠では無い世界。
彼女は自身の故郷へと向かっていた。
それは、とてつもなく野蛮な大地であり、ジャングルによって覆われている場所だった。グリーシャの父親は人間の男だった。そして、母親は獣人族の娘だった。禁断の恋愛の末、グリーシャは命を授かった。ライオンのような頭を持つ女に恋をした父親は同じ人間から蔑まれ、人の子を宿した母親も、一族から迫害を受けた。
彼女は生まれ故郷の大地へと向かっていた。
巨大な火山の下に、彼女はいた。
「主殿っ! 主殿っ! この大火山の主殿っ!」
彼女は片手を高々と掲げる。
そして、失われた左腕の切断部位も、天空に向かって掲げた。
空は暗雲に覆われていた。
上空には、何か巨大な者達が飛び回っていた。
何名かのサルの姿をした者達が、ジャングルの中から現れる。使いの者達だ。
「グリーシャ。貴様は何の用だ? お前はこの地より放逐された筈だぞ?」
マンドリルやオランウータンのような姿をした番人達が、火山の頂上に向かって懇願する、グリーシャに侮蔑の感情を向ける。
「『黒き鱗の王』である主様、我が主様とお会いしとう御座います」
「ふざけるなよ? 人間種と交わったフリークスがっ!」
マンドリルの一体が、叫ぶ。
「ふふっ、……くくっ、でも私、竜王イブリア様の情報を沢山、ご提供致しますわ。この大地の者達は、紅蓮の竜王の大地、永久凍土を欲しているわけじゃないですか?」
突然、雷雲が鳴る。
稲光が舞う。
「まあ良いだろう。『黒き鱗の王』に謁見する資格は、今の貴様には無いが、この俺が、貴様の話を聞いてやろう」
そいつは、天空から舞い降りてきた。
類人猿達は、頭を低くした。
「あ、貴方様はっ!?」
グリーシャは恐れ慄く。
「俺の名前はサウルグロス。グロスでいい。この領土を『黒き鱗』に代わり、収めている。俺はこの領土を一時的に預けられているというわけだ」
真っ赤な炎に包まれた、闇のオーラを身に纏ったドラゴンだった。
イブリアの神聖なオーラとは正反対に、このドラゴンは、極めて獰猛であり、邪悪なエネルギーをその身に纏っていた。頭にある角は悪鬼を彷彿させた。緑の鱗が煌びやかに光り輝いている。
「おい、貴様ら。客人に馳走も無いのか?」
ドラゴンは咆哮するように、
捕えられた蛮族のような姿の人間種の男達が、サルの怪物達によって引きずり出されてくる。
「さあ、今宵は聖餐だ。存分に食べるがいい」
そう言うと、サウルグロスは、口から吐き出す炎によって、人間種の男達を火焙りにしていく。
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「人の肉を食べたのは、久しぶりで御座います」
そう言いながら、グリーシャは、肉をほうばっていた。薬草などで、ふんだんに味付けされた肉だ。
彼女の頭から、獣の耳が生え、尻からは獣の尾が伸びていた。
しかし、この場所は何も変わっていない。
ここは、グリーシャにとって、本来ならば、故郷と呼べる場所だった。
彼らは人間種を、深く憎悪していると同時に、単なる食物としてしか考えていない。
ルクレツィア国の“移民”となった、トロールやオークなどに対して、強い軽蔑の感情を向けていた。ルクレツィアの守護者を名乗っていたミノタウロスも嫌っていた。
彼らにとっては、文明はある種の野蛮なものであり、生命を腐敗させるものだと考えていた。
だが、この地では、力こそが全てだった。
力無き者達は喰われ、奪われていくだけだ。
そして、この地でも、人種同士の対立は終わりが無かった。
サウルグロスは、人間を生きながらにして食べていた。
骨が辺りに飛び散っていく。
それを片付けるのは、召使いである類人猿達であった。
「ドラゴンを頂点とした、獣人達の軍団を作りたいと、我らが主は考えている。そして、我らが主は、オークやトロール、ミノタウロスといった種族を大量処刑したいと考えておられる。無論、ここに残り、未だ誇りを守る者達を除いてな。ルクレツィアは滅ぼす。それが、我が主の望みだ」
「ははあ、私が探りを入れている、竜王イブリア様もルクレツィア国をどうするべきか考えておられます。元々はあの場所は、あの方の領土でした故に……」
「大悪魔ミズガルマも不愉快だ。ルクレツィア国と結託して、富を得ていると聞く。奴も我々は滅ぼしたい」
邪悪なドラゴン、サウルグロスと、その主である『黒き鱗の王』。
竜王、イブリア。
大悪魔、ミズガルマ。
あらゆる者達にとって、ルクレツィアという国は、重要な場所だった。
グリーシャ
グリーシャの暗躍も徐々に始まる予定です。
邪悪なドラゴン、サウルグロスが仕えている『黒き鱗の王』は”ドラゴンでは無い”という設定を考えています。今後、明らかにしていこうかと。




