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第六幕 闇の者達の談合。 3

 ルブルは、客室にデス・ウィングを案内する。

 天井には、シャンデリアが燦々と輝いていた。


「素晴らしいな。ロシアン・ティーか。このジャムの味は良いな」

 メアリーの淹れた紅茶を、デス・ウィングは口にして賞賛の言葉を述べた。

「木苺を使っているの。お口に合ったのなら、光栄ね」


「しかし、ここはあれだな。マルキ・ド・サドの『悪徳の栄え』の世界だな。背徳的な肉欲の代わりに死体愛で塗り固めているみたいだがな? 処で、サド文学は好きか? 私は『食人旅行記』が一番、好きだな」

「サドは読まないわね。私はラブ・ロマンスの方が好きなの。ブロンテの『嵐が丘』が好きね」

「斜め読みしかしていないが、確か、愛憎劇じゃないか。お前らしいな」

 メアリーも、紅茶を口にする。

「好きになる文学は、どうしても偏るものね」

「まあな、違いない」


「ルブルから聞かされているわ。貴方はドストエフスキーの悪霊に登場する”スタヴローギン”になりたいのだとか。その作品の、その登場人物って“神に対する反逆的な思想を伝える人物”なんでしょう? まだ”スタヴローギンごっこ”を続けているのかしら?」

「さあ? どうだろうな?」

 彼女は含むように、唇を笑みの形に変える。


「さてと、ミントという女にお前は興味を示しているみたいだが。私の彼女には興味を持ったんだ。サドの『美徳の不幸』のヒロイン、信仰に盲信的な女、ジュスティーヌみたいな奴は大好きだ。私なりの方法で破壊したくなるからな?」

「それは、とても、……同感ね。よく分かるわ」

 メアリーも、ジャム入りの紅茶を口にした。


「それにしても、デス・ウィング。御本の話は詳しいわね?」

「これでも、昔、文学少女だったんだ。ふふっ」

 死の翼は、二杯目の紅茶を口にする。


 死の翼と、魔女の召使いの邂逅は、険悪な雰囲気を見せる事無く穏便に話を続けていた。どうやら、二人共、少しずつ、打ち解けているみたいだった。

 ルブルは、席に付いて、二人の様子を伺っていた。


「処で……、デス・ウィング。ミントは私のモノよ。貴方も眼を付けているみたいだけれども、この私に譲って貰えないかしら?」

「私も彼女に興味があるんだ。なあ、シェイクスピアを読み直していたんだ。『ペリクリーズ』という作品があってな。両親と娘が離れ離れになる話なんだが、その娘マリーナが、父である領主ペリクリーズと生き別れになって、娼館に入れられ、純潔を奪われそうになるが。頑なに純潔を守り通して、見事、生き別れの父と再開する。ハッピー・エンドだ」

「ふうん?」

「『ペリクリーズ』のヒロインである、苦境にあっても、純潔を守り通そうとする少女マリーナと、あのミントが少し重なったんだ。なあ、ミントの両親が何者なのか、今、私は調べている処だ。もし、突き止める事が出来れば、メアリー。お前にも教える」

「デス・ウィング。随分、回りくどかったけれども、私達と、共闘したいというわけね?」

「そうだな。つまり、そういう事だよ」

 デス・ウィングは、茶菓子に手を伸ばす。上等なマフィンだった。

「共闘というよりも、協力関係にならないか? お互いの利益で争い合わないように、私とお前達で情報の共有がしたい。私は知っている事を、なるべく包み隠さず話すつもりでいるよ」


「ふふっ。デス・ウィング、私達がルクレツィア国を破壊し、侵略している事を知っていて、その発想が素晴らしいわ」

「ああ、お前達の行動で、どんなに死体が転がろうが、私にはどうだっていいんだ」

「さて、そろそろ、情報の交換をしましょうか。先に私は地図を渡すわ」

 メアリーは指を鳴らす。

 奇形のアンデッドの一体が奥の部屋から現れて、大ピラミッドまでの地図を、デス・ウィングの前に置いた。彼女はそれを手に取ると、満足そうな笑みを浮かべた。


「私はミントの父親の方は、竜王イブリアだと考えている。……根拠はなく、推理だけどな」

「根拠の乏しい情報はいらないわ。混乱を招くだけよ」

「そうか。そうだな。…………、ルクレツィアの国王と大悪魔ミズガルマが繋がっている事は知っているか? 大悪魔が小さな村に怪物を放ったのは、軍事産業を拡大化させる為らしいぞ」

「あら、それは初耳ね」

「それから、ルクレツィアの国民は来世や輪廻転生を信仰しているみたいだが。墓所に行ったが、彼らの言う来世とは、死後に、国王の奴隷として従う事だったみたいだ。ミイラ姿のゾンビに襲われたぞ」

「そうなの? この国は私達が手を下すまでもなく、邪悪な陰謀に満ちていたのね。とても素敵だわ」

「人間の根源的な邪悪さって奴だな。無知は残酷を生むんだ。みな、希望を持って死んでいき、飢えに苦しむ者達や、病に倒れる者達は、絶望のまま死んでいき、その常態は、国民によって、賛美されているんだ。来世で、幸福になるのだと」

 彼女は初めから、徹底して、ルクレツィアの宗教を訝しんでいた。

 彼らの思考の中にある、希望に満ちた教義をだ。

 その実態が、いかにまやかしであるのかを、彼女は先日、確認する事にもなった。


「私は思うんだ、宗教は人間を堕落させる。そして、国家を衰滅させるってな」


 デス・ウィングは、背を伸ばして、おもむろに屈伸運動を始めた。


「さて、そろそろ、私は行くよ」

「玄関から帰って欲しいわ。デス・ウィング。貴方も少しはマナーを考えた方がいい。私が送るわ」

「まあ、そうだな。悪かったな。今度からそうする事にするよ」


 メアリーは訝しげな表情で、死の翼を見るのだった。



 ジェドは、悪夢の中にいた。

 彼はメアリーの気まぐれと、少しの慈悲で生きているに過ぎなかった。彼は目的を達する事も出来ずに、ただひたすらに、メアリーから虐待を受け続けていた。あるいは、自らの人生に翻弄されているのかもしれない。彼はこのままでは、死を待つばかりだった。あのメイドが気分を変えるだけで、ジェドの命は終わるのだ。

 一筋の光のようなものが現れる。

 どうやら、部屋の扉が開かれたみたいだった。

 

「生きている人間をいれているのか?」

 冷たい声音だった。


 ジェドは震える。


 現れたのは、髪の色がくすんでいるが、かなり美人の女性だった。

 スタイルも抜群だった。

 巨乳で、細い腰。そして高い身長の女性だ。

 ……ああ、女神様なのかなあ。


 ジェドは立ち上がる。



「あら、クラウディ・ヘヴンの幻覚の悪夢の世界から脱出したわ」

 メアリーが面白そうな顔で立っていた。


「なんなんだ? こいつは?」

 長い金髪の女性は、あまり興味が無さそうな顔で、ジェドを見ていた。

 だが、ジェドは女に飢えていた。彼の生きる渇望は、元々は、帝都で成り上がって、様々な女性から求愛される事だった。


「デス・ウィング。なんなら、貴方が引き取ってくれないかしら? こいつ、何の役にも立たないの」

「別にいいが…………」


 ジェドは立ち上がる。

 そして、平身低頭で、現れた金髪の美女に向かってお辞儀をした。

「すみませんっ! この俺を連れていってくださいっ!」

 …………、生き伸びる為のチャンスだ。

 しかも、金髪美女が導いてくれるかもしれないのだ。

 彼の妄想は膨らみ始めていた。


「まあいい。よろしく、この私はデス・ウィングと言う。お前、名前は?」

「ジェドです……、よろしくお願いしますっ!」

 金髪の美女は、微笑んだ。

 

 ……なんか、クールそうな人だなあ。美人だなあ。俺にデレてくれないかなあ。この人、クールデレっぽそうなだしなあ……。


「処でメアリー。こいつは何処で拾ってきたんだ? 何者なんだ?」

「ああ、クレリックの付き人だったけどねえ…………」

 魔女のメイドは口元を手で押さえる。


「ああ、ミントの?」

「そうね」


 ジェドは、ミントという名を聞いて、二人に訊ねる。

「す、すみませんっ! ミントさんは御無事なんでしょうかっ!?」


「生きているわ。中々、手こずっているの」

「い、生きているんですかっ!?」


 ジェドはミントの顔を思い出す。帝都に来て、彼をギルドに誘ってくれた少女。


「そうか、お前、あのクレリックの事が好きなのか」

 デス・ウィングは、にんまりと笑う。


「あ、いえいえ、お、俺は、彼女の事を尊敬してっ! け、け、決して、性的な感情は……っ!」

「こいつ、うわ言で、ミント、ミントって煩いのよ」

「成る程、恋心を抱いているのか」

「あ、あのですねっ! 俺は決して、彼女に嫌らしい感情は……っ!」

「あるんだろう?」

 デス・ウィングは、有無を言わせずに訊ねた。


「…………、はい……。あります……」

 ジェドは、大人しくそれを認めた。

「そうか、どうする? メアリー。恋敵だぞ?」

「そうねえ」

「私もあのクレリックは好きだ。三名共、恋のライバル同士だな? 同じ女に惚れているんだな」


「でも、ミントを犯して解体するのは私よ」

「ふふっ、言った筈だ。彼女を破滅させるのは、この私だってな」


 …………、百合なのだろうか……?

 ジェドは、少し混乱を始めた。


「まあいい。ジェド、この私に付いてこい。私なら、お前を役立たせる事が出来そうだ」


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