第五幕 来世への信仰。死の先にある者達。
ジェドのエピソードを最初に持ってこようと考えましたが。
なんか、マジで嫌い過ぎるので、このエピソードの後にしようかなあとw
1
「ミント、今日こそは、この国ルクレツィアにおいて、来世を願って死んでいった者達の下へと行かないか?」
デス・ウィングは相変わらず、飄々とした口調で言う。
先日のアジト襲撃の騒動で、ミントは彼女の約束を守る事にした。
この女は信用出来ないが、ただ、デス・ウィングが求め探している事に対して、自分は逃げてはいけない。そんな気がしたからだ。
「はい、私の立場でしたら『司祭』の者達のお墓になら向かえると思います。でも、彼らは死んで、魂は抜け殻となって安らかな祭壇の中に遺骸を残しているだけの筈です」
どうやら、彼女は、墓へ入る為の手続きを済ませてきたみたいだった。
「しかし、ミント。事前情報を少し調べたが、お前はただの弱小ギルドのリーダーに過ぎない。帝都で登録されているギルドの中でも最低だ。ギルドと呼ばれる程、大きな勢力ではない為に、誰もお前を“ギルド・マスター”とは呼ばない。ふふっ、それなのに、お前は何故、そんな権限を持っているんだろうな」
相変わらず、死の翼は、ミントの痛い処を付いてくる。
ミントは、やはり、彼女に心を許す事の危険性を感じていた。何を考えているのか分からない。心を除き見ようとしているだけでなく、こいつは何かを画策しようとしてくる。
†
『祝福の墓所』。
この場所は、そう呼ばれていた。
クレリックという役職と、ある権限を持っていれば、この場所に入れる。その権限に関しては、ミントはデス・ウィングに教えなかった。彼女の事だから、勝手に調べているのだろうが……。
「今日はいつもよりも、何て言うか、暑苦しそうな格好をしているんだな?」
「はい。神聖な場所への礼服ですから」
いつもの司祭のローブではなく、全身に装飾品を付け、いつもよりも動きにくそうなダボダボの服装をしていた。
そこは貧しき者達と司祭達が眠る墓だった。
門番がいた。彼は白い頭巾を頭にかぶり、ガラビアというダボダボの服を身に纏っていた。ルクレツィアの者達の民族衣装だ。……もっとも、多文化が入ってきた為に、身に付けている者達は少ないが。そういえば、いつもミントの纏う白いクレリックの服装にも、ルクレツィアの民族衣装の名残がある。特に今日は、神に仕える司祭、といった服装なのだろう。
彼女は門番に声をかける。
「私はミント。“ギルド・マスターの娘”と言えば分かりますよね?」
門番は呆けたような顔で、彼女を見ていた。
「お前は聖母様に勘当されたと聞いたが?」
「勘当されていません。私は母とは離れて暮らす事を決意したわけです」
「……『受胎告知』の僧侶か。何の用だ?」
「礼拝に参りました。来世と輪廻を望み、死んでいった者達への現世の苦しみに対し、ご教授を願う為に」
「ああ、そうなのか。なら、あんたはいいよ。行きな。…………。しかし、そこの姉さんはちょっと困るなあ……」
番人は、ミントに対しては、名目上のやり取りを行っただけだが、デス・ウィングの方は訝しんでいるみたいだった。
「彼女は司祭見習いです。礼服を用意出来ませんでした。無礼をお許しください」
「そう言う事です。私はミント・シェレディア様の弟子、というわけです」
門番は訝しそうに、デス・ウィングを見ていたが、通れ、という合図を送った。
二人は、墓所の奥へと進んでいく。
しばらくすると、大量の柩が置かれていた。
「柩の中には死体が入っているのか?」
「はい」
「腐敗臭はしないが? 火葬にしたのか?」
「ミイラにして保管しています」
「成る程な」
「デス・ウィング。まさか、柩の蓋を開けて、副葬品を取ろうなんて考えてませんよね?」
「……人を墓泥棒みたいに言わないで欲しいな。……私は戦利品は現場で入手したいし、買って手に入れるよ。盗賊みたいな事はしないよ」
「ミント」
デス・ウィングは険しい顔をする。
「彼らは私を深く憎んでいる。そして、彼らの魂は救われてないぞ。私が来た事を監視している者がいるな。誰だ?」
柩が唸り始める。
墓全体が揺れ動いていた。
「何、これ、こんな事は初めて……。不埒な者がここで不遜な事をしても、何も起こらないのに。死者からの罰はこのような形では現れない…………」
「成る程…………」
死の翼は腕組みしながら、納得する。
「ルクレツィア王か。そうだろう? 先日は無礼だったな。お前と大悪魔のビジネスの話に踏み込んでしまってな。私を始末しないといけないと考えているんだろう? そいつらはお前の“本当の兵士達”なのか? 大悪魔の放った、大巨人はお前と大悪魔が共謀してやった事だろう? 自国の村の一つを破壊させた」
彼女は、流れるように、楽しげに告げる。
ついに、墓の一つの蓋は開いた。
布に包まれた、アンデッドが現れる。
手には、剣を手にしていた。
「ゾ、ゾンビ化している…………?」
ミントは思わず、口を覆う。
「そう言う事だ。来世を願った者達は、結局は駒にしか過ぎなかったというわけだ」
「それよりも、デス・ウィング。貴方はルクレツィア王と言いましたね。なんで、その名前が……?」
ごとり、ごとり、と、柩の蓋は開いていく。
次々と、おそらくは副葬品だと思われる剣や槍、杖などを手にしたアンデッドの軍政が起き上がっていく。ミイラの怪物達だった。
「彼らはルブルの使うゾンビ達とは、また違った、闇の力を手にしているみたいだぞ?」
ミイラ達の背中からは、白く優雅な、しかし何処か禍々しい翼が生えてきた。彼らの痩せこけた全身からは光の帯が生まれてくる。
そして、彼らはそれぞれの得物を手にして、二人へと襲い掛かる。
「ははっ、天使のゾンビか。凄いな?」
デス・ウィングは、指先を彼らにあてる。
門番が騒ぎを聞き付けて、中へと入ってきた。
「何事だっ!?」
「おい、戻った方がいいぞ? 巻き添えを食らう事になるからな」
ミイラの手にする剣からは、焔のようになっている光が迸っていた。
その剣が、デス・ウィングを一刀両断しようと、空から襲い掛かる。
彼女は、指先を弾いた。
ミイラの背中から生えた、翼の片翼が砕け散る。更に、そのミイラの胸は抉り取られ、頭も粉砕された。
デス・ウィングの攻撃は、休まる事が無かった。
起き上ったアンデッド達を、次々と、指先から発射される何かの攻撃によって、頭や腕、胸や翼などを破壊していく。
「デス・ウィングッ! 貴方は死者達に何て事をっ!」
ミントは思わず、そんな事を口走っていた。
「来世を信じていた者達の末路だよ、ミント。後、そこの門番、ちゃんと見ておけよ? そのなれの果てがこいつらだよ」
天使化したミイラの一人が、杖から何かの魔法を生み出そうとしていた。そして、その魔法は凝縮した光のエネルギーだった。ルクレツィアの陽の光に似ていた。そのエネルギーの球が、デス・ウィングへと襲い掛かる。
デス・ウィングは、そのミイラを睨み付ける。
すると、生み出された光の球は、そのミイラへとはね返る。ミイラの全身が発火していき、徐々に骸骨へと変わっていく。
デス・ウィングによって、倒されたミイラの一体の首が転がってくる。
彼女はその首の頭を勢いよく、踏み砕く。干からびており、簡単に脆く崩れ去った。
彼女はとても嬉しそうな顔で、ミントと門番の表情を見ていた。
「ほら、お前らが信じていた来世がこうだ。これを操っている者に心当たりがあるが、お前達は大悪魔ミズガルマの仕業と思うか? それとも、こいつらは不敬な行動を行う、この私に対して罰を下そうと蘇ったのか? さて、こいつらを操っている者は一体、誰なんだろうなあ?」
デス・ウィングは、飽きた、といった顔をして、墓所を出ていく。
墓場の奥で、何かが動いた。
まだ、開かれていない柩だった。
<我がルクレツィアの王は不滅。お前達、知ったからには生かして返さぬ…………>
そのゾンビは、抑揚が無いが、しかし、声帯のしっかりとした、張りのある声で告げた。干乾びた顔だが、生前、施されたのであろう、文様のような、独特のタトゥーが顔に施されていた。
ミントは口元を手で押さえる。
「その刺青……、声……。貴方は……、ルディアーン……?」
「知り合いか?」
デス・ウィングは振り返る。
「はい、彼の埋葬は私もお手伝いさせて頂きました。もっとも、その時、私はこの墓所には入らなかったのですが……」
「何者だ?」
「ルクレツィア王直属のクレリックです。去年、流行り病で死んでしまったと言われていますが…………」
ミントは口篭る。
門番の男も、少し言いにくそうな顔をしていた。
「ふむ? 実際は、どうなんだ?」
錫杖を手にしていた、ミイラ姿のゾンビが冷笑を浮かべる。
<我はルクレツィア王に永遠に仕える為に、望んで供犠となった者よ。自身の身体を人身御供とし、この国の繁栄を願う為に、この墓所の真の門番となった者なのだよ>
「ふん、語るに落ちたな。このクレリックの娘と、あっちの番人の男は、私の話を眉唾にしていたぞ? お前の口から出したんだからな、黒幕はルクレツィア王だと。ははっ、愚かだな? 何が王の直属だ?」
デス・ウィングが挑発的な言葉を述べていく。
ルディアーンは錫杖の先から、魔力を迸らせる。
<どの道、お前達、全員、生かしては返さぬ。同じ事>
「さて、どうかな。殺害するのは私達だけでいいのか?」
デス・ウィングは、なおも挑発的だった。
入ってきた通路の先から、何者かの足音が聞こえてきた。
鎧に身を固めた兵士達が、次々と現れる。どうやら、みな人間種族みたいだった。この付近を警護している者達だろう。
「ど、どうかされましたか!?」
ルディアーンは、彼らを見て、何の容赦も無かった。
彼の背中から、巨大で透明な、白い翼が生え出していく。
その後、彼は魔法を詠唱する。
すると、兵士達の一人一人が発火し、次々と、黒焦げになっていく。
門番の男はすくんで、壁に寄り掛かっていた。
「あまり、この私から離れない方がいいぞ」
デス・ウィングは、門番に強い口調で言った。
ルディアーンは、更に光を帯びた炎の魔法を唱え続ける。その攻撃は、ミントの火球よりも、遥かに早く、そして凶悪な程に強い威力で、現れた兵士達を発火させ、黒い骨へと変えていく。
デス・ウィングと、ミント、墓の門番の三名はそれを見守っていた。ルディアーンの攻撃は、三名へと何度も撃ち込まれ続けるが、見えない何かによって、それらは防がれているみたいだった。
<何故、効かぬ……!? お主は何者だ……?>
先程のゾンビ達よりも、一際、巨大な白い翼を生やしたミイラ男は、明らかに狼狽を隠せないみたいだった。
「ふふっ、特別に見えるようにしてやろうか? お前らに分かりやすくな」
お前ら、というのは、ミント達の事も入っているのだろう。
特大火球が、デス・ウィングへと放たれる。
デス・ウィングは、鼻を鳴らした。
彼女の背中から、禍々しい、悪魔のような翼が生える。紫紺の色をしており、瘴気を身に纏っていた。彼女の頭の上に、邪悪なコウモリのような、牙だらけの怪物の頭部が現れる。彼女の悪魔の翼が、火球を払い除けて、宙へと霧散させる。
「そ、それが貴方の力なんですか!?」
驚愕と恐怖の感情を露わにしたのは、ミントの方だった。
「まあな。でも、私の力を分かりやすく形にしてやっただけだよ。本来なら、私の力は見えない。炎でも雷でも無いからな」
デス・ウィングは、嗜虐的な笑みを、眼の前のゾンビに見せる。残酷な笑みを浮かべていた。
「もうお前は眠れ。私の遊び相手には物足りない」
彼女は、何処からともなく、人形を取り出していた。
それは、間抜けなキコリのような姿の人形だった。どうやら、材質は蝋か何かなのだろう。彼女はその頭と足元を両の手で持つ。
ルディアーンも、他の二名も、彼女が何をしているのか分からなかった。
「もう眠れ。お前の犠牲は何の意味も無かったみたいだしな? お前の命は最後まで、この国の為に仕えて、お前は殉教した。哀れだな?」
デス・ウィングは、人形を二つにへし折った。
すると、同時に、ルディアーンの上半身と下半身が分断される。デス・ウィングは、更に人形を粉々に割る。元王直属の男の全身が、粉微塵に砕け散った。
「さて、もう出ようか。大体の事は分かったしな」
彼女は何かを取り落とす、どうやら、人形の頭だった。頭のみは破壊しなかったみたいだった。ルディアーンは、頭だけで転がっていた。
「だが、やはり、この男からは、今後の助言でも貰うとするかな」
そう言うと、彼女はルディアーンの薄らと残った髪をつかむ。どうやら、ゾンビのクレリックは未だ意識があるみたいだった。
「じゃあ、ミント。私はいつも泊まっている宿に向かうぞ。お前に教えたな」
そう言うと、彼女は焼死体となった護衛兵達を踏み潰しながら、墓の中を出ていった。
ミントは取り残されたまま、混乱していた。
……ルクレツィアの国王さまが、私達を騙していたの……?
門番も、かなり困った顔で立ち尽くしていた。
†
結局の処、デス・ウィングは、数日前に、彼女自身が実際にルクレツィア国王に会いに、幾つか確かめ終えていた事をミントに告げる事は無かった。……彼女は、この国の腐敗を変えたいといった思考を持っているわけでは無かったからだ。彼女は正義感などといったものは持ち合わせてはいなかった。ただ、デス・ウィングは、ミントの行く末に興味がある、その為に、行動を起こし、お膳立てをしているだけに過ぎなかった……。
……さて、ルクレツィア王は、私に対してどう動くのだろうな? 全て、騙されていたと知ったミントは、今後の人生がどうなるんだろうな?
堕落させてやりたい。
破滅させてやりたい。
デス・ウィングは黒い感情や、残酷な感情が止まらずにいた。だが、決定的な行動を起こすのは自分ではない。それが理想なのだ。
「私の予想では、おそらく、イブリアが何かの力によってルクレツィアに加護を与えてきたんだろうな」
彼女は一人、思考を巡らせていた。
「百年以上前、永遠にこの国が繁栄する事を、ルクレツィアの代々の国王は望んだ。つまり、永遠に国王、貴族、民衆といった階級構造があるという事だ。数百年後も、数千年後も、民衆は奴隷であるように、国王や貴族達にとっての家畜であるように、この国の宗教は作られた。そして、宗教が発展した後に、悪魔との契約が始まった」
彼女の持っている情報は断片的だったが、点と点を結んでいけばそうなるだろう。そして、実際、ルクレツィアの国王の口からも、ある程度、確認が取れた。
「だが、竜王イブリアは、それをよく思っていないみたいだな」
死の翼は、イブリアに会いに行く事を考えていた。
だが、その前に、あの二人の魔女に会いに行く事にしよう。
知己の仲だ。
邪悪な心は、互いに変わっていないのだろう。




