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第一幕 永久に凍れる砂漠の下で。 2


‐我々は今の人生が苦しいから、宗教に縋る。死後の世界において、転生を望むのである。此処ではない何処か、自分では無い何かになりたがる。死は救いだ。‐



「さて。此処に、死体の山を築きましょうか」

 メアリーは、乱れた髪を直す。


 ぱらぱらと、砂漠の砂が鈍色に輝く金色の髪の毛から払われていく。


 薄青色をした、ドレスのようなデザインのメイド服が、ひらりひらりと、砂漠に翻る。

 彼女の両腕には、ワインのように真っ赤な毛皮のストールが巻き付いている。

 彼女の頭のホワイトブリムは、さながら、王冠のようなデザインだった。

 

 彼女は、メイド服を身に纏った女王だった。


 邪悪ある意志を、この世界に舞い降ろそう。

 この凍土の世界に、この世界全てに。


「ねぇ、此処の世界凄いわよ、ルブル。死んだ後は、異世界に転生して、綺麗な女神から強大な力を貰って、美少女に囲まれて暮らせるって“宗教”を信じて生きているらしいわよ。馬鹿じゃないのかしら? やっぱり、宗教ってのは、現実逃避の道具だったわけね?」

 メアリーは、明らかに侮蔑を込めた口調で相方に同意を求める。


 真っ黒なドレスの相方は、ただただ微笑していた。


 メアリーはつねに考える。

 メアリーは、この世界を闇で満たす事を考える。

 彼女は憎悪を愛する。

 何故なら、それはどうしようもなく強い愛情でもあるのだから。


 そう、愛情も憎しみも、コインの裏表なのだ。

 魔女のメイドである、メアリーはそれを知っている。

 そして、メアリーはとてつもなく歪んでいた。


 憎しみとは、愛する事だ。

 世界中の人間全てが愛を知るには、憎み合う事だ。

 だから、世界中の人間が憎み合う事は、みなが深く愛する事だと、彼女は考えていた。

 そう、憎しみという輪を、(めぐ)りを、彼女は作り出したいのだった。


彼女は異世界から来た者だった。

 無数に存在する多次元世界を闊歩する、別の世界からやってきた二人の魔人は、この場所を眼に付けていた。この奇妙な信仰が支配する世界に興味を示して……。


「ふふふっ。この世界に、とっても愛しい憎悪をっ! 私は炎が燃え移るように、振りまいてやるわ」

 彼女の瞳は嬉々として、輝いていた。


 この世界を何もかも、彼女が仕える『魔女』と二人で、踏み躙ってやろうと思っていた。


「ねえ? 彼らは第二の人生を欲しているのよ」

 ルブルが、冷たい声音で言った。

 レースとフリルをふんだんにあしらった、真っ黒なドレスが風によってはためいていく。


 調べによると、ルクレツィアの民は、みな、来世を信仰している。

 そういう宗教観だからだ。

 みな、来世に希望を持って、生きている。

 貧しき者も、報われなき者も、社会の底辺で生きている者達、敗北者達は、来世に希望を持っている。この国では輪廻転生が信仰されている。


「面白い宗教よねえ」

 魔女ルブルは艶美な唇で嘲け笑う。


 黄金と宝石の採掘が盛んなルクレツィアを、自分達のものにしたいと提案したのは、まずはルブルの方だった。

 

「ルブル。必要な“部品”が揃ったら、ルクレツィアと戦いましょう?」

 メアリーは巨大な戦斧の刃を舐めていた。


「来世が欲しいというのなら、私達が“第二の人生”を生んであげるわっ! 我々に奉仕する、新しい来世をね?」

 ルブルの力により、腐敗をコントロールする事が可能だ。だから、みな美しき死体として生まれ変わるのだ。

 彼女達の周辺には、ゾンビ達が集まってきて、彼女達の身の回りの世話をしている。

 メアリーは律義にも、アンデッドの何体かに、メイドや執事の仕事を教えていた。彼らは家具や城の一部になる以外にも、料理を作ったり、洗濯物などを手伝ってくれたり、家具の手入れなどをしてくれる。特に広い“城”を掃除するのは、メアリー一人では困難だった。だから、彼女は実質、ゾンビ達のメイド長、というわけだ。

 

 侵略の計画は考えていた。

 二人共、女王的な気質だった。

 でも、二人は性格がぶつかり合う事なく、お互いを分かり合っていた。


「ふふふっ。ルクレツィアはとっても美しい場所ね」

 魔女ルブルは笑う。

 真っ黒なドレスの裾と、真っ黒な長い髪が、砂漠の風で揺れ動いていた。


「黄金と宝石の採掘に力を入れているらしいわよ」

 魔女の召使いは、メイド服に着いた砂塵を払い除けていく。


「ルブルはお城が立てたいのでしょう? 今回作るお城は、この国の素材で作りたいんでしょう?」

 メアリーは腕組みしながら訊ねた。

「ええ、黄金色のお城を立てたいわ。美しい宝石で彩りたいの」

ルブルは、真っ黒な長い髪を靡かせる。


 ルクレツィア付近の洞窟は、宝石の産地だ。

 王宮付近、貴族達の住む街では、特に黄金と宝石が望まれている。貴族達はこぞって、宝石をギルドのメンバー達に集めさせる。

 二人は、彼らギルドの者達が集まっている、宝石鉱山の一つを横取りしようと考えていた。


 二人は死体の山を築く為に動くのだ。

 ただただ、果ての無い、無尽蔵の死体の山を築く為に。



挿絵(By みてみん)


メアリー




 神様はこの世界にいるのかな?

 ……出会ったクレリックの少女、ミントが初対面で意味深に発した言葉で、ジェドは首を傾げていた。


 窓から明かりが刺し込んでいる。

 午後の日差しは、とても気持ちがいい。


 ギルドのアジト内にて、ミントは台所でフルーツの皮を剥いていた。


 ジェドはミントが剥いてくれたリンゴとパイナップルを口にしていた。生クリームが乗っていて、とても甘い。


「美味しいです」

 ジェドはほんわかとした気分になっていた。


「ありがとう」

 ミントは微笑みを浮かべる。


「そうだ。他の冒険者達と一緒に冒険するんですよね?」

「ええ。私達はこの砂漠に点在している、色々なダンジョンを巡って、財宝を手に入れているわ」


 アダンとラッハの二人はカード遊びに興じていた。

 どうやら、ささやかな賭け事を行っているらしい。


「ジェド、宝石鉱山で宝石を採掘する仕事から始めましょうか」

 美少女ミントは、微笑む。


「その仕事なら、他の冒険者達と合流する事が出来るから、比較的簡単な筈。私達よりも強い冒険者と共に仕事をするから、ダンジョンのモンスターの危険に晒されても、多少は大丈夫だと思う」

「そうですかっ! でも、俺、絶対、活躍してみせますよ」

「そう、ジェドッ! 頼もしいわねっ! 頑張ってねっ!」

 ミントは野心たっぷりのジェドに対して、優しく返す。


「そういえば、ミントさんは、何故、ギルドを作ったんですか?」

「うーん。そうだなあ……」

 彼女は指先を口元に当てる。


「ある男の人に近付く為かな? その人と同等になりたい」


 ……まさか? 恋敵? ミントさんの憧れの人!?

 ジェドは、どぎまぎと心を震わせる。


「その人は一体、どういう人なんですか!?」

「そうね、ジェド。その人は凄く強くて、私は彼には遠く及ばない。でも、私はその人を目指して強くなる。その為に私はこんな小さなギルドを作って、レベルアップしていけたらなあ、って」

「格好いい人なんですか! もしかして、物凄くイケメンだとか!?」

「そうね。顔はかなり端正で、美形と呼んでもいいんじゃないかなあ。それにかなり強い剣士だし」

 そう言って、ミントは笑った。


 ……ミントさんの憧れの人かあぁ。クソ、どんな人なんだろ? 会ってみたいなあ。きっと、とても強い剣士で美青年なんだろうなあ。

 そう考えながら、ジェドは思わず窓ガラスを見た。

 何処にでもいる、平凡な十代の男子の顔が映っている。

 美形とは、とても呼べない。ごく普通の平凡な顔だ。

 ……ああ、なんか悔しいなあ。強くてイケメンかあ。クソ、やっぱり、ミントさん、強くてイケメンの方がいいんだろうなあ。

 ジェドは、思わず、美形の剣士とミントがいちゃいちゃしている姿を想像して、歯軋りする。

 ……しかし、男として、これは絶対に負けられない。俺だって、ミントさんに相応しい人間になってやる。見ているよ、冒険者として実績を上げていって、絶対にそいつに追い付いてみせるからなっ!


 ミントは、夕飯の支度の為に、台所の掃除をしていた。

 ジェドは……想像の中で、美形の剣士に嫉妬し、対抗意識をひたすらに燃やしていた。



「あの男には……、いつか追い付かなければならない。決して赦すわけにはいかないから」

 そう彼女は、ぽつりと言った。

 どうやら、ジェドには、彼女の呟きは聞こえていなかったみたいだった。

 彼女はナイフでリンゴを二つに立ち割る。

 そして、ブドウの一粒を思わず指で握り潰す。

 あの男の事を頭に思い浮かべるだけで、怒りと憎しみが湧き上がってくる。


 ミントは眼を閉じる。

 嘲り笑い声が聞こえてくるようだった。

 何故、奴に対して、自分は何処までも無力なのか!?

 幼い頃から、あの男を見ていた。鎖帷子の上の鎧。アンク型のペンダント。彼女と同じ金色の髪。冷たい二つの瞳。


 あの美しい顔には、とてつもなくドス黒い感情が秘められている。

 あの剣士とは、いつか彼女が戦わなければならない。


 ……ミント。この俺がいつか、この世界を支配するよ。それは約束されているんだ。

 彼のような人間が支配する国。

 ミントは絶対に、それを認めるわけにはいかなかった。


「ジャレス。いつか、絶対に殺してやる」

 彼女は極めて物騒な事を、他の三名に悟られないように呟いた。




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