第四幕 竜王、イブリア 5
アジトに戻った。
デス・ウィングは、後ろから付いてきた。
アジトは見るも無残に破壊されていた。
沢山の死臭がした。
ミントは地面にへたり込み、自身の無力さに打ちひしがれる。
「……私は弱い……」
「そうだな」
ミントは両手で顔を覆い、ひたすらに泣き続けた。
「ハルシャ……、アダン……、ゾアーグ………………」
みんな、死んだ。
「なんで、なんで、ハルシャ。ねえ、ハルシャ、……答えて、もう死後の世界に行ったの? 来世にて幸せに生きているの? 貴方は本当に英雄だった。みなのヒーローだった。貴方は貴方の種族の誇りだった。転生して、死後の世界でも勇者として生きて…………」
彼女は、泣き崩れ続ける。
「ハルシャ…………、……っ!」
燃え殻の家屋から、大きな影が現れる。
「どうした!? ミントか? 無事だったのか!?」
大柄の牛頭の男が現れる。
それは、ミントが見知った人物だった。
それは、間違いなく、彼女の知っている、ミノタウロスの戦士ハルシャだった。
「ハルシャ……、生きていた…………」
彼の背後から、少し傷を負っているが、オークのゾアーグが現れる。続いて、魔法使いのロガーサが現れる。
「ゾアーグ……っ!? 生きて、私、幽霊でも見ているの? それとも貴方はアンデッド……!?」
「何を言っているか分からん。錯乱しているのか? ミント、大丈夫か?」
ゾアーグは困ったような顔をする。
「そ、そうだ。アダンとラッハはっ!?」
「二人共、逃がす事が出来た。……だが、犠牲も伴った。あの奇形の怪物を倒すには骨が折れたからな」
ミントはデス・ウィングから貰ったズックを開く。
中に入っていた、ゾアーグらしきオークの生首を、ゾアーグに見せる。
「それは、俺の三つ下の弟だ。アゾーダァと言う……。ミント、何処でそれをっ!?」
デス・ウィングが、ゾアーグに話し掛ける。
「私が回収したんだ。首だけで済まないな。首から下は無残で見れたものじゃなかったからな」
「…………、ありがとう。弟はゾンビとして使役されていると思った、本当にありがとう……」
ゾアーグは嬉しそうに、瓶に入った弟を抱き締める。
「これで『墓所』に埋葬する事が出来る。貴方のお陰だ。名は……?」
「私はデス・ウィング。覚えておいてくれ」
死の翼と、オークの戦士は固く、握手を交わす。
「私を騙したんですね…………?」
デス・ウィングは嬉々とした眼で、ミントを見下ろしていた。
「私は彼らが死んだなんて言ったか? お前が勝手に私の言葉で妄想を作り上げていっただけだろう? 本当に滑稽で、笑えたぞ?」
そう、彼女はミノタウロスの戦士の死体を回収したと言っただけだ。
若いリザードマンの死体を見たと言っただけだ。
嘘は、……付いていない。
ミントは、本当に憎らしげな眼で、死の翼を見据える。
「それにしても、行方不明のお前の仲間も探さないとな。死体も見つかっていない」
ゾアーグは言う。
「……ジェドですね。……私は、何だか、彼が生きているような気がするんです……」
「ああ、そうだといいな。彼の幸運を祈っている」
ゾアーグはハルシャと一緒に、次の潜伏先について話し合っていた。
デス・ウィングは、ミントの耳元に囁く。
「どうしても案内して欲しい場所がある。『墓所』と呼ばれている場所に、この私を入れてくれないか?」
ミントはしばらく黙っていたが、首を縦に振った。
「貴方は何を考えているか分からない……。でも、……」
ミントは泣きはらした眼で、デス・ウィングを見据える。
「私と、私の周囲の者達を守ってください。貴方からは強大な、とても強大な力を感じる。それが条件ですっ!」
「…………、ふふっ、いいよ。ただ、完全な約束は出来ない。善処はする……」
「それで、構いません……」
「そうか。じゃあ、この私を『墓所』に案内してくれるんだな?」
「ええ……」
そして、この夜の惨事は収束していった。
†
この世界は不幸と不条理に満ちている。
帝都ルクレツィア。
政治も悪く、国家はボロボロだろう。
ギルド同士の対立が酷く、貧民街も広がっている。障害者差別もあると聞く。一見、異種族同士で仲良く暮らしている平和の中には、経済が傾き掛けている国家の現実と、怪物達からの侵略に怯えている。みな、平和という甘いファンタジーを夢見て生きている。
デス・ウィングはあらゆる国家を旅してきて思うのだ。
大体、色々な国々で、貧富の格差は激しく、弱い者達にとって、その国は地獄だ。
ミント。
人々の魂を癒そうとするクレリック。
彼女は、この世界の地獄絵図に対して、どう向き合うのだろうか? デス・ウィングはその事によって、彼女に興味を示したのかもしれない。答えが欲しい。生きるだけの意味、生きていけるだけの意味。死を望む者達は、デス・ウィングだけではない。不幸な人生を送り続けている者、未来に希望が無い者、飢える者、心を病む者、身体に重い難病を持つ者、重い障害を持つ者、……彼女はそれらの重みを持って、この世界が生きるに値するものだと教え導く事が出来るのだろうか?
……それにしても、私は可能性の芽を摘みたいのか、可能性を与えたいのか、自分でも分からないな。
ルクレツィアという国は、神に守られた国だ。
宗教によって守られた国だ。
みな、輪廻を信じている。死後の世界の幸福をだ。死した者達に守られていると信じている。分派していく教義は様々だが、みな幸福を願っている。
……ミント、面白い女だな。もう少しだけ、彼女と遊ぼうか。
デス・ウィングは『墓所』という場所に、強い興味を示していた。
一体、そこに何が眠っているのかを…………。




